国境壁5
村長の話を聞きながら私は荒らされた畑に来ていた。
「ここがそうです。
酷いものですよ。作物は根こそぎ聞い散らかされてボロボロ。
残りカスは殆どが傷んでいて食べられるものもありません」
「ふむ、確かに。
正純、何かわかるか?」
私は騎士団の中でも元ハンターだった正純に協力してもらい、何か分かったかを尋ねる。
「うーん、姉御。こりぁ難しいですぜ。
ハンターってぇのは足跡から魔物を特定するのが殆どなんです。足跡が無いんじゃあっしも手のつけようがいりぁせん」
長く伸びた黒い前髪で右目を隠した正純は騎士らしからぬ口調と軽装備のまま畑を見渡している。
「そうか」
正純でも分からないとなると面倒だな。
……少なくともこの事件に関われる時間は一日程度、魔物の種類を判明し、行き先を調べあげ討伐するまでとても一日では足りない。
しかし騎士として困っている民を放って置く事はできない。これは騎士としての誇りもそうだがアスタンそのものへと信頼にもなるのだ。
「うーん、村長さん。他になんかありゃァせんかねぇ」
「そうですなぁ。
あの日の夜は妙に風が強かった覚えがある程度ですな。窓を何度も叩きつけるようなような風で参っていました」
「風ねぇ」
私は一度『風でやられたのでは』と考えてみたが、無いだろう。風で飛ばされたのであれば作物も周囲に転がっているはずだ。
「翼の持つ魔物のかもしりぁせんが、ここらには翼の生えた魔物なんて滅多にきやぁせん。
『ゴースト』なんかは足跡を残しやせんが、『ゴースト』は畑なんか荒らさんし、食べることもせん」
正純が頭を絞って考えているようだが一向に答えは出ない。
私も考えてみるが答えは出ない。
今までずっと鍛錬と知識を増やしてきたが、やはり実践経験はハンター達よりも浅い。
もちろん正純と戦って負ける気はしないが、今回のような経験がものを言う仕事には私はあまりにも頼りなくなってしまう。
「はぁ〜、いかんな」
今はそんなことを考えている暇はない。
「一旦戻って他の者達と情報を共有する必要があるな」
「そうみたいやなぁ」
私達は一旦馬車に戻り、仲間達と情報を共有してみるが答えは出なかった。
「チャンスだな」
唐突に馬車の中から栄水殿が現れる。
「何がチャンスなんですかい?悪魔の旦那」
「なんだよ悪魔って…。
まぁいい。今回の件、帝国側にある程度の打撃を行える」
「ちょ、ちょって待て!
話についていけん!畑が荒らされた事と帝国に打撃を与える事となんの関係があるんだ?」
「はぁ〜、マジで分かってねぇのかよ。
無能、畑が荒らされた事件の情報を整理しろ」
「コッチ指差して無能は勘弁してくだせぇよ。
あっしは元ハンターでもそういうのには不向きの役割だったんですから。
えーと、整理でやしたね。
と言っても畑が荒らされてて討伐をお願いされやしたけど足跡が無くて魔物を特定できないってぇのが現状ですぜ」
「おい、もう一つあるだろう」
「へ?あぁ、村長の風の話ですかい?」
「あぁ、それを聞けば分かるだろう」
「もしかして、野鳥とかの話をしてやすか?
それは考えが浅いですぜ」
「お前と一緒にするな」
「酷いですぜ!悪魔の旦那!」
栄水殿は馬車の荷台に腰掛けて荷物に体を預ける。
「正純、今回は間違いなく魔物の仕業だ。
しかし、足跡が無い。ならば翼の生えた魔物しか考えられん」
「いやー、だからここら辺には翼の生えた魔物は来ないんですって」
「畑が荒らされたのは一日前、その時に風の強さを感じたか?」
「そりぁ、……あれ?
そう言えばあんまり感じやせんでしたねぇ」
私は栄水殿の話を聞いて思い返してみれば確かに風の強さは感じなかった。
いや、強風が吹いていると思ったが打ち付ける程じゃなかったはずだ。
「ふむ、てぇっことは魔物の仕業だったってことですかい?でもここらには翼の生えた魔物はいないはず」
正純が再度考え込む。
それを見てから栄水殿は荷物の中から取り出したジャガイモを片手で弄び興味無さそう視線をジャガイモに移す。
「ヒントをやろう。
俺達が泊まった宿屋から畑までの距離を考えてみろ」
距離?そう言えばかなり離れているな。
この村は畑の区画と住居区画と分けられているため、荒らされた畑まではそれなりに遠いのだ。
「……距離?あぁそういう事だったんですかい!でもなんで、…いや!時期!そう!時期や!」
何かに気づき、顔を蒼白にさせた正純がブツブツと小声で話す。
「ど、どういう事だ!正純!」
「姉御、あっしは気づきましたよ。いいですかい?
今回の畑荒らしの犯人は間違いなく魔物の仕業になりやす。肝心はそれがどんな魔物かなんでありやすが。
先ず注目すべきは風だったんだ。
村長さんの言っていた風は魔物の羽ばたきによって起こった風、そして更に注目すべきはその強さ」
「強さ…」
「そうです。
ここから畑まではかなりの距離がありやす。
でも風は聞こえていた!あっしらにも『強風』と思える風がですぜ?!
こんな距離まで届く風を生み出せる魔物は限られてくる!!」
「飛竜種ワイバーン」
その単語に私達は全員驚愕する。
飛竜種、それは誰もが恐れる空の王者。
飛竜種の一体が国を滅ぼしたとの伝説も残るほど私達にとっては悪魔的存在だ。
「で、でも!ワイバーンがこんな所にいるんですか!?」
二ーシャが顔を青くしながら叫ぶをように話す。
「考えても見てくだせぇ。
もうすぐ夏が始まりやす。夏はワイバーンの繁殖時期なんです。だからこそ、繁殖のために体力を付けようと餌を求めてワイバーンの移動が始まる。
本来なら【フェアルウルフの大移動】のあとの生き残り、繁殖したキルラビットを捕食しようと向かってきたんでしょうが…」
「そう言えば、私達が殆ど狩り尽くしてしまったわね。となるとワイバーンが食べるはずだった食料は殆ど残っておらず、ワイバーンはアスタンを通り過ぎてここまで来てしまったと…」
「そういう事だな。本当はキルラビットでお腹を満たしたワイバーンはそこで引き返して繁殖するための準備をするはずだった」
「でも繁殖するためのエネルギー、つまりキルラビットを得ることはできなかったから、餌を求めてアスタンを通り過ぎ、ここまで来てしまった。そういうことですか」
正純の説明に私も部下達も考え込んでいる。
「……ん?待ってくれ。
今回事件がワイバーンによって引き起こされたことは分かったが、それと帝国に打撃を与える話とどう繋がるんだ?」
私の疑問に他もうなづいて栄水殿に視線を向ける。
「よし、やっと本題だな」
そう言って栄水殿は面倒くさそうに呟いた。