国境壁4
プープカ村に滞在して三日目の朝、仲間達が荷物を纏めている近くで俺は蒼い鳥の足に括られた小さな筒から紙を取り出して読んでいた。
アスタンから送られてくる最後の定時連絡である。
「予想通り、大義名分を読み上げてからの奇襲か」
今の時代、五カ国で結ばれた戦争条約がある中、無闇に戦争を起こす事は出来ない。
戦争をするには戦争を起こすに足りうる大義名分が必要であり、領民の略奪行為は禁止されている。
今回相手が行ったのはアスタンと帝国領土の国境線近くまで軍を行軍させ、大義名分を読み上げる。相手が領土境まで行軍させてきたのならばアスタンもそれに警戒して行軍させなければならない。
そうしてアスタンから兵を減らし、その隙に背後からアスタンを襲撃させるという古典的な奇襲作戦だ。
条約からギリギリの外れた戦略。
いや、教会セルバリンが許可した大義名分ではないから真っ黒だな。
「アスタンは現在王国からの支援がほとんどない。
そうなれば兵を分断させる作戦は馬鹿みたいに刺さるな」
横で聞いていたリシアは顔を曇らせる。
アスタンを囲む城塞砦は王国のペパルテル城と同等の魔力コーティングがされているため早々破られることは無い。
が、楽観視は出来ない。
「俺らが出来るだけ早く気水様とやらを助けたとしても厳しい事には代わりない。
やっぱ、多少の打撃は必要だな」
頭の中でグルグルと思考を回していく。
「打撃、ですか?」
「あぁ、現状王国が帝国に勝つのは難しい。物資の補給は見込めない。アスタンは元々防衛都市として作られているから物資はたらふく溜め込んでいるが、それでも足りない。
撤退までいかなくとも長引かせるための打撃は必要だ」
絶望的とまではいかないが戦況は良くない。
やはり、この状況を脱するためには気水という人物の奪還が鍵になってくるのだろう。
まぁ、未だに千春は気水が何者であるかを教えてはくれないが。
「団長ー!積み終わりました!」
「うむ、ご苦労」
荷物の積み上げが終わり、もうすぐ出発だという時に、村がザワザワと騒がしくなっていることに気づく。
「あぁ、まただ」
「これで三回目だぞ…」
「最悪だ」
村人達は数人のグループに固まって悩ましげに相談しているようだ。
「どうかしたんだろうか?」
リシアが俺の隣で首を傾げている。
「非常に面倒な匂いがするな」
「どうする?出発の準備は終わっているが」
「あーー、いや事情を聞こう。プープカ村は結構重要な位置にあるからなぁ。何かトラブルがあって村民がいなくなっても困る」
「そうなのか?」
「アスタンから帝国に行くまでの侵入ルートにプープカ村が被ってるからな。それなりに優遇されてんだよ」
「あぁ、そう言えば村にしては商人が多かったり施設も充実しているな」
「そういう事、ここらの森は迷いやすいし強い魔物とも遭遇しやすいしな。帝国が進軍しにくい場所ってのも重要な理由の一つだ。
とりあえず、話を聞いてみよう」
「イェッサー!!」
ノリが良いリシアと共に村長の住む家に向かう。
▼▼▼
「あのぅ、それでですな。
先日から魔物に畑を荒らされる被害がですな、、、あのぅ」
「あぁ、この人は気にしなくていい」
俺は棚の中に隠されていた煎餅を取り出してボリボリと貪りながらコタツに入る。
話を聞けば聞くほど面倒事だし、どこにでもあるような話だ。
「それで、畑が荒らされてるんですよね?
プープカ村には専属ハンターがいたはずですが」
「えぇ、森の事に詳しいハンターが一人いるのですが、わからないと言うのです?」
「わからない?」
「えぇ、彼の話では畑に残された魔物の足跡からどのような魔物かを判別し、調べていくそうなのですが、荒らされた畑には足跡も残されていないのです」
(足跡の残らない魔物かぁ。
ならオークとかゴブリンの可能性は消えるなぁ。となれば鳥とか?)
バリバリむしゃむしゃ、
ズズー、「ふぅ」
「人様の菓子と茶を勝手に飲むやつがあるか!」
「いいじゃねぇか。どうせ原因調査と解決はしなくちゃいけないしな。その報酬として食ってるだけだよ」
「おぉ、解決してくれるのですか!
騎士様!ありがとうございます!」
「それじゃあ、頑張れよー」
俺は最後の一枚を食べ終えてから立ち上がる。
「へ?栄水殿はどうするのだ?」
「寝る。
一日の活動エネルギーを使い果たしたからな」
「ま、待て!まだ会話くらいしかしてないだろう!!」
俺は大きな欠伸をしながら家を出て、馬車の中に入って荷物の隙間に入り込み寝る。
面倒事は全てリシアに任せるに限る。
「あぁ、死んだように眠りたい」
俺の特技は『どこでも一分あれば眠れる』事だったりする。