国境壁2
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「お、お願いします!」
「うむ」
今現在城壁内では国家直属隠密部隊、千春による握手会が行われていた。
「必要か?これ」
「やる気を上げるには充分過ぎるだろう。それより作戦は決まったのか?」
「あぁ、気水奪還の人員は決まったよ。
俺とリシア、騎士団から七人と千春の合計十人だ」
「む、少なくないか?
それに貴殿が抜けた代わりは誰にするのだ?」
「お前の騎士団から一人、ペール・ボアトルに任せる。アイツには全体指揮の適正があるしな。引き際も状況判断も悪くない。
戦争の引き伸ばしくらいはやってのけるさ」
「え?!」
リシアの後ろで控えていたペールが突然声を上げて驚く。
「き、聞いてませんよ!?わ、私が全体の指揮ですか!?」
栗色のくせっ毛髪を肩まで伸ばしたソバカスの似合う女性は顔を真っ青にして慌てている。
「まぁ、そう慌てる事はないよ。全体の指揮と言っても兵士から送られてくる情報を纏めて全体に回すだけだからさ。一応俺の方でも指示とか対策を纏めて渡すからそれを見ながらやればいい」
「は、はい、それなら、なんとか」
まだ青ざめてはいるがやる気を見せるソバカス少女のペール。どうやらリシアの部下は優秀な人材が多いようだ。
しばらくして握手会が終わり、リシアは戦争のための武器の点検や総数、部下の配置の確認を行うため部屋を出ていく。
「いやー、やる事ないね、俺」
「やらないだけでごにゃろう」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら書類の裏に落書きをする栄水に千春はため息しか出ない。
書類の裏には川の上を船に乗った猫が川の近くに立っている狐の背中を刺している絵が書かれている。
首を傾げる千春だったが無視して本来話すべき事を情報を頭の中で整理する。
「それより話があるでごにゃる。先日某の部下が仕入れた確かな情報でごにゃる」
「へー、何かやらかすのかい?」
「帝国兵達が進軍の準備を始めいるでごにゃる。目標はアスタン砦の崩壊でごにゃろう。
人数は200人程度、秘密裏に行われている事から奇襲でごにゃる」
栄水の顔から笑顔が消える。
「大義名分も宣戦布告も宣言されていない」
「……本当にやる気なんだな、ジルドレ」
小声で呟いた栄水の言葉は千春に届くことなく消える。
人生最高の友であり、人生最悪の敵。
「はぁ、わかった。分かったよジルドレ。
約束は果たす。もとより逃げ場は無くなっちまったしな」
堕落者として堕ちて堕ちて、その一本の糸に縋ろうじゃないか。
栄水は強い意志を持って千春を見る。
千春はその瞳に昔の栄水を見て、片膝を付けて頭を下げる。
「直ぐに気水奪還メンバー、A班を集めろ。夜明けと共に出発する」
「ハッ!」
「それと、千春。
【千本鼠】を連れてきてくれ。久しぶりに会いたい」
「ふふっ、あやつも会いたがっているでごにゃるよ」
そう言って千春は煙となって消える。
栄水は一息ついて服の中から青い水晶の首飾りを取り出す。
『君と僕が好敵手である証みたいな物さ。約束だぞ?いつか君と僕が戦った時、先に相手の水晶を壊した方の勝利』
「果たすさ。約束だからな」
水晶をしまい、栄水は立ち上がる。
そして翌日、夜明けと共に漆黒の甲冑を身に纏う帝国兵、総数200人が帝国領土から出陣。
大きく迂回する形でアスタンを目指し、王国貴族の気水を奪還するために組織されたメンバー、栄水、千春、リシア、そしてその部下である騎士七名がアスタンを出発する。
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現在の状況
王国ペパルテルVS帝国ヒディリア
場所は王国と帝国の領土の境で行われると推測。
しかし、帝国は条約を無視した奇襲作戦を行う。
それに対し王国ペパルテルは領土内に位置する城塞都市アスタンに大貴族の一人、気水の奪還を依頼。国民の奪還を名目にコチラも奇襲を行う。
栄水の予想
帝国は恐らく奇襲に使う兵を先に出撃させ、大義名分や宣戦布告と同時に攻めてくると予想。
故に背後を取られることを警戒し、城門南側に兵を多く配置。
真っ向から攻めてくる軍を相手にしながら奇襲してくる兵の対応をするという守の布陣である。
これによって栄水が気水を奪還するまでの時間を稼ぎ、戻り次第一気に相手の軍を押し返そうという作戦である。