虚偽王3
無意識につり上がりそうになった口を片手で抑えながら、レース場を見る。
興奮剤を散布させる穴が空いているのは最初から気がついていたのだ。一番最初の試合、ピスコの選んだ五番のクロトカゲは試合終了後も慌ただしく動いていた。あれは興奮している証拠だ。
一度使った不正は二度目も使う。必ず初戦でもう一度使うのだ。一度成功しているのだから。
となればだ。勝つのは簡単な話し、興奮剤の残りカスをコチラのクロトカゲに吸わせればいい。コッチはピスコと戦う前に23戦もやっているだ。どのクロトカゲがどういう特徴を持っているかは分かっている。終盤に力を発揮するクロトカゲを選ぶ。
相手だって勝てるなら不正なんてしない。自分のクロトカゲが勝っている状況なら興奮剤の散布はしないだろう。
散布するのは必ずコチラのクロトカゲが追い上げてきた時、そうなれば相手が散布したと同時に追い上げてきたコチラのクロトカゲが興奮剤を吸える。
俺は鋭い視線をピスコに向ける。
ヒヒヒ、お前には一戦もやらないよ。
「さ、早く二戦目を始めよう」
さて、一戦目は相手の不正を逆手に取った勝ち方だが、二戦目は向こうも興奮剤を使わないだろう。
ならばコチラが不正を用意する必要があるが、見せてあげよう。
【虚偽王】と言われる所以をね。
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流石は【虚偽王】と言ったところか。
ピスコは栄水の一挙一動を余すところなく睨みつける。
コチラはもう一度も負けることが許されないのだ。慎重に、そして相手の不正を見逃すな!
はぁ、駄目だな。心を落ち着けよう。こういう賭け事ってのは熱くなったら終わりだ。
冷静に分析するんだ。
よし、だいたい分かってきた。
栄水は俺と勝負する前に慶次と戦っている。興奮剤を散布する穴を見つけても不思議じゃないし、数十戦もやっているんだ。クロトカゲの個々の特徴を知るには充分な時間だったはずだ。
ふむ、そうなるとこれ以上興奮剤を使った不正は出来ない。スタッフを使うのもありだが、クロトカゲという賭け事には限界がある。
なぜならスタッフもやる事が限定されているんだ。客からクロトカゲを選んでもらいレース場に乗せる。
それら全ては卓上で行われ、不正が行われたとしても相手に指摘された瞬間俺の負けが確定する。
スタッフもイカサマのプロという訳では無いのだ。
〝そしてこれらは全て栄水にも言えることだ〟
……つまりここからは真剣勝負ッ!!
スタッフも使えず、レース場に設置された興奮剤の散布も出来ない。不正もできないことは無いが卓上でそれをやるにはリスクが高すぎる。
俺はクロトカゲが並べられたテーブルを見る。
そうなった場合、やはり九番のクロトカゲだな。
コイツは最初のスピードは遅いが後半に急激な伸びを見せる。扱いづらいクロトカゲであるが、賭け事の中では勝率一位はコイツだ。
「よし、じゃあ俺は九番のクロトカゲだ」
「俺は一番にしようか」
俺の言葉の後に栄水が一番を選ぶ。
一番、確か初速が異常に速い個体だ。だが、後半の失速はかなりのもので賭け事での勝率には波がある。
「それでは宜しいですか?」
スタッフがクロトカゲをスタート位置に置いて確認を取る。
「構わん」
「あぁ」
二人が返事をしてスタッフが勢いよく板を外す。
先に飛び出すのは予測通り一番のクロトカゲだ。猛スピードで九番に差をつけていく。
差はどんどん開いていくと同時に後ろで見守っている慶次達が騒ぎ出すが構わん。予想通りなのだ。
一番が一周目を走り終え、続いて九番も遅れて一周目を走り終える。そこから徐々にに九番はスピードを上げていく。
よし!最高加速だ!
ここからは直ぐに一番が失速し、九番が追い上げる。
そして徐々に九番が追い上げる中、一番が二週目を走り終わる。
〝そしてようやく違和感に気づく〟
な、なんだ。着実に追い上げているのに。
思ったより差が縮まらない?
そう、もうすぐで追いつくのだ。そして追い越す。
だと言うのにもう一番は三週目ゴールラインの手前でその一歩後ろを九番が追い抜こうとしている。
〝本来であれば三週目最後のカーブで追い抜くはずだったのだ〟
ぞくりと何かが首筋を撫でた。冷たい『死』を伴った感覚。
ゆっくりと首を上げると、薄気味悪い笑顔を浮かべる栄水がいた。
「勝者!!栄水!!!」
スタッフの声が遠くから聞こえた。