虚偽王2
クロトカゲと呼ばれるゲームがある。
ルールは簡単で、十匹いるクロトカゲの中から一匹選び、レースをさせる。
楕円形のコースで誰よりも先に三週させたクロトカゲの勝ちというシンプルなゲームだ。
不正行為としてクロトカゲが興奮するような物を食べさせるのは禁止で、クロトカゲが選ばれてからスタート位置に着くまでは全てスタッフが行う。
不正をする事が出来ない数少ないゲームであり、百パーセント天命に任せるゲームである。
「いやー、勝ち方を教えてくれてありがとう。
これで23戦23勝だ」
テーブルに積み上げられた銀貨をジャラジャラとかき混ぜながら栄水は笑う。
「な、何故だ」
男は頭で何度も自問自答する。
不正などする隙は無かったのだ。栄水がやったことと言えば、ガラス越しからクロトカゲを指さして「この三番のクロトカゲにしよう」と言っただけである。
この後も選ぶクロトカゲを変えていたがそれら全てが一着でゴールしていた。
一度や二度なら偶然で済ますことが出来ただろう。しかし、もう23戦だ。明らかに不正を行っていることは明白。
「……クソッ!」
最も不可解なのは男が負けたことである。男は事前にスタッフに金を渡し、クロトカゲに細工するように頼んでいた。ここでは当たり前のように行われる不正行為だ。
男はスタッフを睨むがスタッフの男もこの結果には困惑しているようだ。
「さぁ、もう一度やるかい?」
ニヤニヤと笑う栄水に男は再戦しようと前に出ようとした時、背後から肩を掴まれる。
「おやおや、オメェ【虚偽王】かぁ?」
「あ、兄貴!?」
「変われ慶次、テメェじゃ相手にもならねぇ」
そう言って男は椅子に座って、持っていた酒をぐびぐびと喉に流し込む。
「っぱぁ!ウメェなぁ!
さ!やろうぜ!俺の名前はピスコだ。元帝国軍人、宜しくなぁ」
「へぇ、帝国人か。
知ってると思うけど、俺は栄水、【虚偽王】なんて名で呼ばれてる」
そう言って、栄水は並べられているクロトカゲの中から三番のクロトカゲを選ぶ。
「早速やろう。俺は三番のクロトカゲだ」
「そうか。なら俺は五番のクロトカゲだな」
二人が指定したクロトカゲが楕円形のレース場に置かれる。
スタッフが前に立ち、クロトカゲの前に置かれた小さな板に手をかける。
「私がこの板を上に引き上げた瞬間スタートです。
よろしいですか?」
「もちろんだ」「さっさとやろうぜ」
「それでは」
スタッフが手に力を入れて板を引き上げる。
「スタートです!!」
クロトカゲが一斉にスタートし、走り始める。先を走るのは三番のクロトカゲだ。
楕円形のガラス板にピッタリとくっつきながら走っている。
その後ろを走るのが五番のクロトカゲだ。レース中央を走っているためなかなか三番のクロトカゲに追いつくことが出来ず、カーブで差がついていく。
「あ、兄貴ッ!ヤバイですぜ!!」
後ろで騒がしい慶次とは対照的に、ニヤニヤと笑みを崩さないピスコ。
徐々に五番が引き離され、遂には半周程の遅れとなる。誰もが三番の勝ちを確信した時、クロトカゲは勢いよくスピードを上げ始めた。
「よし!さぁ行け!」
最後の一周、驚異の追い上げを見せた五番は最後の直線で並び立つ。三番もスピードを上げるが、ゴール直前まで高速のスピードを維持し続けた五番が先にゴールの線を踏む。
「ヒヒヒ、勝負あったな。【虚偽王】」
ピスコの声と同時に周りが沸き立つ。あの裏賭博場を何度も荒らしてきた伝説の男を崩したのだ。
勝利の余韻に浸るピスコは仲間の下で酒を乾杯させている。
その中で一人、栄水はニヤニヤと不気味な笑みを崩さず、レース場の五番のクロトカゲを見ていた。
「ピスコ、もう一度やろう」
栄水のその言葉がピスコにとっては負け惜しみに聞こえたのだろう。ピスコは笑いながら席に座り直す。
「ヒヒヒ、分かったよ。もう一度だな」
「ただし!!!」
座り直したピスコに人差し指を向けて栄水は声を張り上げる。
「今回は更に賭け金を吊り上げる」
「ほう、おもしれぇ。テメェの賭け金はいくらだよ」
「ヒヒヒ、全てを賭けよう」
「ほう?」
「俺の命、財産、全て献上しよう。何なら俺の情報だって渡してやる。
そうだなぁ、俺の知り合いにリシアって女がいるんだが、ソイツの情報だって渡していい。
家が何処で、何を趣味にしていて、何処が壊れやすいのかもな」
勢いよく話す栄水の目はにごり、口は不気味な笑みを作っている。自分のためなら簡単に仲間を売る。品行方正クソくらえ、望むものはひたすら深く深く落ちていくことだけだ。
暗い、暗い、底の底へ。
ピスコはその不気味なオーラに圧倒されるも、余裕の笑みを崩すことなく笑う。
「良いだろう?それで、俺に望むものはなんだ」
「お前が組織している傭兵集団。【森嵐】をこの先の戦争で使いたい」
「ほう、俺が首領だってこと知ってたわけだ。なるほどな、テメェが王国の戦争に関わっていると情報が流れた時、嘘かと思ったがどうやら真実みてぇだな。
良いだろう。テメェが仕掛けた勝負、受けてやろうじゃねぇか!」
二人が巨大なテーブルに向かい合って座り、テーブルの上に設置された楕円形のレース場に視線を落とす。
スタッフが十匹のクロトカゲを用意する。
「さて、ルールの説明は不要ですね。
栄水様が勝てばピスコ様率いる【森嵐】は戦争に参加する。
ピスコ様が勝てば栄水様はピスコ様に全てをお渡しする。
本来であれば勝負は一度きりですが、賭け金が莫大であるため三回勝負とさせていただきます。
そうですね、勝利条件を明確化しましょう。
二回勝てばいいのです。
それではよろしいですか?」
スタッフは二人に確認の視線を向ける。
▼▼▼
「あぁ、構わねぇ」
俺はスタッフの確認に頷いてから、レース場に視線を向ける。このレース場には幾つか興奮剤を散布するスプレーが付けられている。
ここは裏賭博場、フェアな戦いなど決してないのだ。
まぁ、とは言っても相手がどんなイカサマをしてたのかは分からねぇ。用心はするべきだな。
視線を【虚偽王】の方へ向けると、負けたにも関わらずニヤニヤと笑みを浮かべている。
「それじゃあ、俺は二番のクロトカゲだ」
そう言って【虚偽王】が二番のクロトカゲを選ぶ。そこに不審な点はない。ただ指さしただけだ。
「ふむ、ならば俺は八番のクロトカゲだ」
俺はそう言って指をなるべくガラス越しギリギリまで近づけて指しながら、片方の手でテーブルの下からスタッフに金貨を一枚渡し、小さなボタンを受け取る。
指をギリギリまで近づけたのは注意を引くためだ。
ククク、教科書通りのミスディレクションだなぁ。だからこそ効果的なんだが…。恐らく気づいているだろう。
なんせ相手は裏賭博場を荒らして回ったほどの天才だ。小手先の技術など見破られて当然だ。
しかし何も口に出さないところを見ると、恐らく心の中でほくそ笑んでだろうなぁ。ククク、だがな、その慢心が命取りだ。
いくら相手が【虚偽王】といえど、どのような不正が行われているのかまでは分からないはず。
「さ、始めようぜ」
スタッフが二匹のクロトカゲをレース場に置く。二つの板に手をかけ、スタッフが勢いよく上げると一斉にクロトカゲが走り出す。
まず初めに飛び出したのは八番、ピスコのクロトカゲだ。
まずは一周目、様子見だ。栄水のクロトカゲは少し遅い気がする。どうやら最後に力を絞るタイプのクロトカゲを引いたようだ。
「よっしゃあ!!兄貴のクロトカゲが引き離していくぞ!」
周りで馬鹿共が叫ぶが無視だ。このレースは最後が勝負だ。狙うは最後の直線、そこで興奮剤を散布すれば勝ちは確実。
クロトカゲ達が二週目に入る。
まだだ、もう少し、もう少しだ。
八番のクロトカゲが二週目最後の曲がりカーブを走っている時、二番のクロトカゲがスピードを上げ始める。
グングンと後ろから二番のクロトカゲが迫ってくるが八番も懸命に走り、最後のカーブを曲がる。
よし!今だ!!
俺はスタッフから渡されているボタンを押して興奮剤を八番のクロトカゲの近くに散布する。
それを吸った八番が更に加速するが、思った以上に二番の追い上げが凄まじい。
だが俺の勝ちだ!!
勝ちを確信した瞬間、思わぬ事態が起きた。
二番のクロトカゲが更に加速したのだ。
「なにィ!!!」
更なる加速をした二番が八番を追い抜き、ゴール線を踏む。
初戦勝者、栄水。