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堕落者の憂鬱軍師思考  作者: 淀水 敗生
悪魔の嘲笑篇
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『堕ちよ』

自分の読んでみたい小説というの物がありまして、なかなか見つからないので自分で書いてみようと言った次第でスタートを切りました。

至らぬ点が多くあるとは思いますが、よろしくお願いします。


桜田栄水(さくらだえいすい)は堕落家である。

努力を嫌い、怠惰に生活する事こそが彼の生きがいである。


故に魔法の才能があると言われ無理矢理入学させられたシーシスト学園でも、それを貫き通し見事退学をくらったのだ。

歳は15、本来であれば魔法を身につけるため学園に入り、将来は騎士や王宮魔道士を目指すため精進しなければならない歳、才能があると言われたのだから尚のことだろう。しかし、結局彼は退学となった。


不可思議な現象を引き起こす魔法、モンスターが蔓延(はびこ)る世界で彼のような人材は貴重なのだ。

それでも学園側が手放すに至ったのは彼が人並外れた堕落家だったからである。


与えられた宿舎では、呼びに行くまで起きはしない。授業は聞かずに寝てばかり。これでは彼に付き合わされる教師陣や生徒達が不利益を被る。よって下した手段が前代未聞の退学処分だった。


これが彼の学園生活の短過ぎる顛末である。

では、彼の現在はというと───


「ひひっ、やっぱり酒はうめぇよ」


───やはり、底知れぬ怠惰の沼の底に溺れていた。


「あー、やべ、目眩がしてきた。気持ち悪ぃ」


と言いながら更に酒を喉へ流す。

もうここまで来たら美味いも不味いも無い。しかし、栄水は止まることを知らない。終いにはカウンターに倒れ込み熟睡に入る。酒場の店主はため息吐き、慣れた手つきで彼の体を引きずり休憩室に放り込む。


「おー、ようやく死んだか」


客の一人が休憩室から出てきた店主に近寄って声をかける。


「えぇ、今日はグラス20杯で死にました。相変わらずですよ」


「【堕落家】の名は伊達じゃねぇって事だな」


「全くですよ。その癖して金は払っているんだがら面倒な客この上ありません。いったい何処で稼いでくるのやら」


「ん?店主さん、栄水のもう一つの渾名知らねぇの?」


男の言葉に店主は小首を傾げる。【堕落家】のもう一つの渾名、【堕落家】の収入源、興味が無いといえば嘘になる。店主は興味津々で客の男に迫る。


「【虚偽王(シュパイトス)】千年前に滅んだアケアノス王国を治めていた王の名からとった渾名だ。

アイツは【堕落家】としても有名だが、裏稼業でも有名なんだよ。特にカジノを営む奴らにとってはな」


「どういう事ですか?」


「ふらっと寄ったカジノから金を荒稼ぎして去るのさ。裏界隈の賭博場は不正が働く事が当たり前だ。堅気が行けば一日で全財産を失って奴隷行きだ。

じゃあ何故アイツが裏賭博で生き残っているか。

それは裏賭博には共通して絶対のルールがあるからよ」


男はニヤリと笑う。彼が何故それほど栄水の事を知っているか。それは彼が裏稼業の人間であることに他ならない。では何故裏稼業の人間がベラベラと語って聞かせるのか。

それは彼の顔を見れば分かる。


「いいか?裏賭博絶対のルール。

それは〝明らかに不正が施されていると分かっていても対戦中にそれを見抜けなければ不正にはならない〟という事さ。

賭博場で荒稼ぎするなんてのは不正している以外に有り得ない。しかし、不正の仕組みが分からなきゃ誰もアイツを殺せない。

どれだけ不正を施そうがそれ以上の不正で負ける」


雄弁と語る彼の瞳には子供に似た純粋さがあった。

魅せられたのだ【虚偽王(シュパイトス)】の手際に。決して見破る事の出来ない、手品のような所業に。


そして話を聞いた店主も同じ顔をしていた。雄弁と語る彼の話は荒唐無稽でありえない。手札を軽く振っただけでストレートフラッシュになる話や最初の手牌で大三元を作り上げた話などは信憑性の欠けらも無い話。しかし、嬉々として語る男の目を見ればそれが嘘ではないとハッキリわかる。


「まさか、毎日酒を浴びるように飲んでいた【堕落家】がまさかそんな凄い人だったとは、意外ですなぁ。

っと…私には仕事がありますので」


「あぁ、話し相手になってくれてありがとよ」


話がひと段落し、店主は止まっていた手を再び動かしてグラスを洗う。その時丁度扉が開き栄水が出てくる。休憩室で眠っていた間、酔いも覚めてきたのか足取りも先程よりかはマシになっている。


「店主さん、煙草あるかい?」


ニヒルな笑顔を見せる彼に煙草を渡すと数枚の銀貨をカウンターに置き、フラフラと酒場から出ていく。

虚偽王(シュパイトス)】としての話を聞いた店主はもう彼の背中が見窄らしいものには見えなかった。そこには一つの才能を携えた天才の背中がある。

そう思いながら、去っていく彼の背中を見送っているとドア手前で足を崩して倒れ込み、傍にあるテーブルを巻き込んでビールを被る。


その姿はあまりにも情けなく見窄らしい。まるでドブネズミのような彼を見た店主は先ほどの男の話が全て嘘なのだと確信した。


「まさか、アレが作り話だなんてね。荒唐無稽な話だ。そんな話を信じてしまうなんて私も歳をとったものだなぁ」


店主は先ほどの話を全て忘れて仕事に戻る。


そうして今日も夜が更けていく。外は真っ暗。酒場から出てきた【堕落家】の声が闇の中に変化をつける。


「堕落する。みーんなみーんな堕落する。義士も聖女堕落する。神も聖母も堕落する。宿屋の店主も裏稼業の男も堕落する。

人間は生き続け、堕落し続ける。

堕ちよ。どこまでも続く沼に堕ちよ。脆弱で矮小な奴らよ。堕ちよ、堕ちよ。ヒヒヒヒヒヒヒヒ」


その声は闇の中で響き続ける。


堕ちよ、堕ちよ。みーんな等しく堕ちるのだ。


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