表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ショート・メルヘン

チューリップのドレス

作者: 雪 よしの

「このチューリップ、欲しい」


 買い物も終わり、スーパーから出る時、長女の春美が、立ち止まった。

出口の側の小さな花屋で、春美は、チョーリップの鉢植えにくぎ付けになってる。


「春美、家の庭にもチューリップあるじゃない。何も鉢植えで買わなくても・・」

「このチューリップがいいの。」


 春美は4月から小3になった。ちょっと気の強い次女の夏美と違い、この子は、あまり自己主張もしないおとなしい子のはずだったのに。こんなに物をねだったのは、初めてかもしれない。


「すみません、このチューリップの鉢植え下さい」と声をかけたが

店員さんに”すみません、それ、売り物じゃなくて”と申し訳なさそうに断られた。


「春美ちゃん、庭のチューリップをこうやって、鉢に植え替えましょう。それでいいでしょう」

「いや、これでなきゃいやだ」


 やれやれ、おとなしい子ほど、一旦言い出すと、頑固なものかもしれない。


「これは、お客様が通られた時、花の成長を楽しんでもらえればと、思っておいたもので・・その、球根が小さかったので売り物にもなりませんでした。」と店長らしき男性が、説明してくれた。


「まあ、そうでしたの。どうも失礼しました」

私は、軽く会釈をしてその場を離れようとしたのに、春美がテコでも動かないとばかり、その場に座り込んでしまった。


「あのチューリップ・・」

春美は、今にも泣き出しそうだ。まいったわ。他のお客さんがジロジロみてる。店長さんは、思いついたように、言ってくれた。


「じゃあ、こうしましょう。商品ではないので、この鉢植えを貸すという事で。」

店長さんは、小声で、”お嬢さんが飽きたようならこちらに戻してください”と私に耳打ちしてきた。花が終わったチューリップは、あまり見栄えがよくなく、夏には葉は枯れてしまう。そのころには、春美の心も変わっているだろう。


本当にいいんですか?と、確認する前に、春美はチューリップの鉢植えを手にして、満足気だ。


「すみません、この子が迷惑かけてしまって。いつもは、ここまで頑固じゃないんですけど。」

「いいんですよ。ああそれと、週末からは、花の苗なども置く予定ですので、よかったら見に来てください」


 私は平身低頭で、何度も頭を下げた。この花屋で、今年の花の苗を買うのは当然の結論。

庭の空きスペースを考えながら、帰った。

ー・-・-・-・-・-・-・--・-・-・--・-・-・-・-


家で、春美に聞いてみた、”花も咲いてないのに、なぜ、そのチューリップが欲しかったのか”


「お母さん、このチューリップの中から、声が聞こえたの。”一緒に連れて行って”って。」

大真面目に言う。この子って、空想好きだったかしら。。


「春美、鉢植えをテーブルの上に置かないで。窓の近くの日の当たる処においておくのよ。水やりも忘れずに。面倒をちゃんと見てね。それが出来ないようなら、お店に返すから」

買い物で買ってきた食料品を片づけながら、声をかけた。さあ夕食を作らないと。

春美は、自分の部屋で、ピアノの練習を始めた。そうだ、衣装を決めないと・・


 春美は、2年生の時から、ピアノを習っていて、2週間後、発表会があるのだ。たかだか子供の発表会とタカをくくってた私は、すごく恥をかいた。

発表会では、女の子は、皆、貸衣裳でも借りたのか、フワフワのお姫様のようなドレスを着ていた。うちの春美は、小学校の入学式に着た服だった。春美は、一人、目立ってしまった。本人は、まったく気にしてないようだったけれど、私が恥ずかしかった。


 その次の発表会では、奮発して貸衣装から借りた。春美に”どんなドレスがいいかな?”って聞いても、別にどれでもいいとかって、気のない返事ばかり。私の趣味と予算で選んだドレスは、失敗だった。ちょうど寒い日だったので、薄い生地のドレスは、春美に風邪をひかせてしまった。


 次の日の夕食後、春美は、”発表会にはチューリップのドレスがいい”と、言ってきた。食後の片づけを手伝いながら、ストーカーのように後にくっついて、何度も言ってくる。私は降参して、片づけの途中で子供用の貸衣装のカタログを見せた。


「これがいい、お母さん。これ着たい。これ来たらチューリップのお姫様に見えるでしょ?」

キラキラを目を輝かす春美だけれど、残念ながら、春美の選んだドレスは、あの子にあうサイズがない。問い合わせたが、他のサイズの入荷予定はないとの事。


「ねえ、この服じゃなきゃ、だめかな?ほら、これなんかどう?」

「この服がいい。だって、チューリップのお姫様は、こんなドレスをきてた。私、お姫様と約束したの。発表会で同じ格好で一緒にピアノを弾くって」


 ははん。そんな夢でも見たのね。女の子らしい夢だわ。

「春美ちゃん、なぜ、同じ格好じゃなきゃだめなの?」

「あのね、お姫様、一人ポッチで寂しいんだって。寂しくて元気が出ない。だから、お姫様を励ますのに、ピアノの発表会にお揃いのドレスで出ようって言ったの。とても喜んでくれた。」


 我が子のメルヘンな夢に私はほのぼのしながらも、なぜ、そんな夢をみたのか不思議だった。

春美が、夢の話しをすることはたまにあった。怖いお化けに追いかけられる夢をみた時とか、私に泣きついてきた。


 それにしても、ドレス、どうしよう。市内に住んでいる伯母に頼んでみようか。希望のドレスと似せて、”なんちゃってお姫様ドレス”でいいから。でも、間に合うかしら?

私の伯母は小さな生地屋を営んでいて、自分で洋裁もする。春美にはお出かけ用の服を作ってもらった。


「あのね、伯母さんに頼んで作ってもらうから。でも間に合わないようだったら、違う服で我慢してもらえるかな?カタログのこのドレス、お店には春美ちゃんの体にあわないの。わかる?」

春美は、エっていう顔をしてから、”お姫様に言ってみる”といって、部屋に戻っていった。


 あの子の部屋からは、シューマンの「はなうた」という穏やかな曲が、聞こえて来た。

発表会の曲だけど、親のひいきじゃないけど、まあまあの出来じゃないかと思う。もちろん、上手い子は一杯いるだろうけど、春美は春美なりのペースがあるのだし。


ー・-・-・-・--・-・-・-・--・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 発表会当日は、小さなお姫様で一杯だった。やはり、白やピンクのフワフワギャザーのドレスが多い。髪は、綺麗にセットして髪飾りをつけてる。

うちの春美は、オカッパ頭なので セットはできないけれど、赤くて細いカチューシャを、頭につけてやった。あの子の黒くてツヤツヤした髪に、それはよく似合ってる。


 ドレスは、伯母に頼み込んで、なんとか間に合った。ドレスは赤で靴が少しみえるくらいの丈。ウェストは、下が膨らむようにギャザーが入ってる。そして、赤いレースの長袖。

伯母さん、感謝です。ウチの子が一番綺麗で輝いてる。


 9時半、発表会が始まった。春美の出番は、10時半ごろ。今日は、お父さん、祖父母、伯母と、春美の演奏を楽しみにしてる。


 出番が近づいて来た。舞台袖で控えてる私のほうが、緊張した。”あの子、長いドレスを踏んでこけないかしら。はじめと終わりのお辞儀、忘れちゃわないかしら。そうだ、あのカチューシャ、演奏中に落ちてきたらどうしよう”と、急に不安になってきた。


「じゃ、落ち着いて頑張ってね」とステージに春美を送り出したけど、落ち着いてないのは、私のほうだ。あの子は平然として、もちろん転ばなかったので、私はホっとした。


 演奏はあの子の演奏の中では、一番の出来だった。舞台と袖の仕切りのドアのガラス窓から、あの子の演奏する姿を見た。


 あれ?と目をこらした。ピアノの前に春美ともう一人女の子がいる。ほぼ同じドレスで。

その子は、体が透けてる。もう一度、目をこらしたら見えない。気のせいだったのかな。

短い曲が、あっという間に終わり、あの子は立って挨拶をした。

お辞儀ではなく、ドレスを両手でつまみあげ、膝を軽くまげた。お姫様挨拶だ。あちゃー。ああいう挨拶の仕方は、教えた事ないのに。そして、春美の斜め後ろで”体が透き通ってる少女が、一緒に挨拶してる。


 もしかして、彼女がチューリップのお姫様?


 鉢植えのチューリップの花の色は、ドレスと同じ明るい赤だった。私は、店長にお願いして、そのチューリップを、貰う事にした。


 庭のチューリップがひと段落したら、日当たりのいいところに、お姫様チューリップを植え替えよう。春美にそう伝えると、嬉しそうに”これでもう寂しくないね”って。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  我が子を見守るお母親の目線で書かれており、お母さんの優しいまなざしが随所で伝わってきました。  普段あまり主張しない子がたまに自分を曲げないことがありますが、そんなときはちょっと心配しま…
[良い点] 後味がすばらしい。ぐいぐい読ませるし没頭させる。そんなに起伏がないのに、どういうことなんでしょう。 雪さんの底力かな。テクニックを超えた魅力がこの作品にはあります。人間性の問題かな? とに…
2018/07/06 11:59 退会済み
管理
[良い点] チューリップのお嬢様の正体は何だったんでしょうね?いろいろと想像させてくれる物語はよしの先生のアイアンキティーのように思えます。もちろん楽しく読ませていただきました♪ [気になる点] 何も…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ