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STEP88「その後の出来事」

 ジュエリアもといグリーシァンが捕らえられた。ヤツはルクソール殿下を異空間へ飛ばし、亡き者にしたと高笑いをしていたが、その優越感も殿下の生還によって虚しく砕かれた。


 殿下が生きているとわかった時のアイツは発狂していた。自分はネープルスに追い詰められ、そして王族にとって失って一番の痛手となる殿下までもが生きていた。ヤツは何一つ目的が果たせずに幕を閉じられた……。


 ルクソール殿下の事だが、グリーシァンが生み出したブラックホールの中へ呑み込まれたのは確かであった。だが、完全に呑まれる直前に彼は救われたのだ。……王太子の手によって!


 実は王太子、魔力をもっているそうだが、魔術は苦手らしく普段ろくに使う事が出来ない。しかし、ここぞという所でオイシイところをかっさら……本領発揮するそうで、その力はルクソール殿下の力を遥かに凌ぐらしい。


 殿下が異空間へと飛ばされそうになった時、陰で戦いの様子を見守っていた王太子は「ルクソ――――ル!!」と叫んで、咄嗟に殿下を救い出したそうだ。それはさすがのネープルスさえも出来ない超難易度の高い神的魔術であったと言われている。


 という王太子の時折見せる神的な魔術によって、彼が次代の王に相応しいと言われているわけだ(納得出来ないようで出来る話だな)。なにはともあれ、王太子の働きによって殿下の命は奪われずに済んだのだ。彼に対する私の見る目も大きく変化した。


 まさに尊敬の眼差しを向けるようになったのだ。この世界で殿下という存在は私の中ですべてだ。その彼の命を救ってくれた王太子には感謝してもし切れない。私は心の底から感謝した。


 さて話をグリーシァンに戻そう。ヤツが今どうなったかというと……もうこの世にはいない。既に処刑済みであった。あまりに唐突な展開となっているのだが、私自身も話を聞いた時、暫く言葉を失っていた。


 グリーシァンは捕縛をされた翌朝には処刑されたそうだ。何故こうも性急に事が進められてしまったのか。そもそもヤツの犯した罪は当然処刑へと当たる。本来処刑は順序立てて行われるのだが、グリーシァンの場合は例外であった。


 処刑までの時間が長ければ長いほど、牢獄から脱走される危惧があったからだ。ヤツはこの宮廷の事を知り尽くしている。いくら牢獄の中が魔力を封じられているとはいえ、なんらかの方法で逃亡してしまう危険性が考えられた。


 それにあんなとんでもない罪を犯したヤツだが、魔術師の中ではかなりのカリスマ性があり、ヤツを崇拝している者達が脱走を企てる懸念もあった。隙を突かれて逃されたりでもしたら恐ろしい話だ。


 グリーシァンを捕まえた今宵はネープルス率いる魔術師の複数が一晩中、見張っていたそうだ。そしてヤツの処刑はギリチョンではなく、毒死という形で遺体はこの王宮から離れた見知らぬ地に埋められたそうだ。


 一部の人間からはグリーシァンほどの人物が王族の墓で眠る事が出来ないなんて嘆かわしいという声も上がったが、王族側からすれば同じ地に眠るなど、王族の名が穢れると許されなかった。グリーシァンの最期は意外にも呆気なく終えたのだ。


 アイツは救いようのない人間ではあったが、もうこの世にいないという事実は何処かしら私の中で喪失感を抱かせた。こちらの世界に来てから、毎日のように顔を合わせていたのもあったからだろうか。今となってはもうすべてが過去の話だ。


 ――最後に少しだけアイツと話をしたかったような……気もする。


 私をジュエリアにしようとした罪の詫びの一つでも言わせたかった。と、悪態をついたところでも時は既に遅し。ただ今回の事件、私の中でまだ腑に落ちない部分が残っていた……。


❧    ❧    ❧


 グリーシァンが処刑された翌日の事。私は殿下の心遣いによって暫くの間、王宮で休養を取る事になった。今後の事はこれから決める。今はとにかくゆっくりと回復するのを待っていた。


 昨日から私は休養をしていたが、部屋の外を出てみれば、それはもう人が忙しくなく駆け巡っている姿をチラホラと見た。まずはジュエリアの件で、宮廷内はパニックしっぱなしでごった返していた。


 それにグリーシァンはこの国だけではなく、他国の人間とも付き合いがあった為、それらからの影響も大きかった。事後処理は勿論、ヤツの代理を立てたりなど、それはもう(せわ)しさが倍増していた。


 そして私が気に留めていたチャコール長官は無事に無実が証明された。まぁ解放された時の長官は司直達に散々毒を吐いたようだけど、グリーシァンの死を聞いた時は涙を流したそうだ。


 長官はグリーシァンに対してかなり厳酷であったが、決して彼を嫌っていたわけではなかった。グリーシァンの実力は認めていたのだが、やはり長官に対する態度に問題があり、魔術師のトップがそのようでは部下にも示しがつかないと、厳しい態度をとっていたようだ。


 正直長官がグリーシァンの死に涙したと聞いた時は何かの間違いではないかと思ったぐらい驚いた。だが、長官は性格に難があるだけで、やはり根は優しい人なのだと改めて実感した。


 それから長官は自分の態度を改めるようになり、以前ほど人に辛く当たる事がなくなったそうだ。これでわだかまりがあった魔術師と長官との関係も良くなればいいなと願った……。


「ヒナ、体調は大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」


 ――心臓の音は大丈夫じゃないけどね!


 殿下がお見舞いに来てくれて、私の心臓はドッキドキと高鳴っていた。部屋でゆっくりと休養していたら、突然訪問者がやって来て誰だろうと思っていたら、まさかのルクソール殿下! 仕事の合間を縫って私のお見舞いに来てくれたのだ。


 私は寝台で上体を起こして、近くに腰かける殿下と談話する。殿下の気遣いは本当に嬉しい。だけど、私よりも殿下の顔色の方がずっと疲れが滲んでいるように見える。


「あぁ、大丈夫だ。兄上がよく頑張って下さっているからな」

「そう……ですか」


 柔らかな微笑を浮かべて答える殿下だが、それは私を安心させようと少し無理をしているように見えた。でもここぞという所で本領発揮をしている王太子のおかげで、なんとか事は回っているみたいだ。


「それに兄上の傍でサロメ侍女長も支えてくれている」

「そうなんですね」


 流れで王太子の婚約者となったサロメさんだけど、彼女は立派に王太子妃の役目を果たしている。王太子の傍らで執政も補佐しているなんて本当に凄い。今となっては彼女が王太子妃となって本当に良かったのかもしれないな。


 執政関係は王太子やサロメさんの力もあって大丈夫だとしても、私が心配しているのは仕事面よりも殿下の精神面だ。グリーシァンの最期を殿下は見届けたと聞いている。一体、殿下はどんな気持ちで最期を見届けたのだろうか。


 …………………………。


 私は気が付かない内に顔を伏せてしまっていた。


「ヒナ? ……やはり気分が悪いのでは?」

「ち、違います。あの差し出がましい気遣いだとは思うのですが、殿下のお心が私は心配なんです」


 おずおずとした様子で私は正直な気持ちを吐露した。そんな私の言葉に殿下は美しい紫色の瞳を大きく揺らした。


「それはグリーシァンの事か?」

「は、はい」


 陛下は切な気に目を細め、そして吐息を零す。


「大丈夫だ……と言えたのなら格好がつくのだろうが、生憎それは嘘でも言えないな」

「殿下……」


 グリーシァンは殿下の側近で仕えてきた。常に身近にいた人間の裏切り、そしてもう永遠の別れという事実は時の流れの助けがなければ、癒される事はない。私はなんと言葉をかけたら良いのか戸惑う。


 …………………………。


 私と殿下の間になんとも言えない沈黙が纏っていた。私は余計な事を訊いてしまったと後悔する。


「悪い。そんな顔をさせる為に言ったのではないのだが、もう少し言い方を考えるべきだったな」


 私の表情を読み取った殿下は申し訳なさそうな顔をして謝った。私の方が余計な事を訊いて謝るところなのに。


「いえ、素直なお気持ちを聞かせて下さる方がいいですから」

「そうか」


 殿下は苦笑して応えた。


「私の方こそ気を遣えずにスミマセン」

「いや、謝る必要はない。ヒナも素直に思っている事を口に出してくれ」

「はい。……あの殿下」

「なんだ?」


 殿下のお言葉に甘えて私はある事を訊こうとした。


「グリーシァンの事ですが、実力で魔術師のトップまで上がったアイツなら、あんな汚いやり方をしなくても、正当な方法で人々を見返す事が出来たのではないかと思います」


 本当にアイツは王族を自分よりも暗愚だと蔑んで、あんなとんでもない事件を起こしたのだろうか、と私の中での疑問が消えないのだ。


「それなのに敢えてあんな歪んだやり方をするというのは……ヤツは為政者になりたいというよりも、むしろ……」


 言葉を続けようにも、この先を口にしてしまえば、殿下に不快な思いをさせてしまうのではないか思って紡げずにいた。そこに……。


「王族に対する恨みや憎しみを晴らしたかったのではないかと……そう言いたいのだろう?」

「あ……は、はい」


 私は肩を竦めて答える。殿下は私の言いたい事を汲み取ってくれた。


「…………………………」


 殿下の顔が思い悩んでいるように見える。


「殿下?」

「あぁ、スマナイ」


 私のジッと見つめる視線に気づいた殿下が我に返る。


「最後にグリーシァンと話をしたが、やはり王族社会の(もと)で自分ほどの人間が仕えるなど許せないと言っていた。アイツは最後まで矜持を捨てる事はなかった」

「そう……ですか」


 私の考え過ぎなだけだったのか。「王族より自分の方が優れているのに」って、それらしい理由ではあるんだけど、なんて言うかヤツがジュエリアとして行った悪事やチャコール長官に対する逆襲とか、あういう陰湿なやり方をするのってまるで……。


 ――……いや、アイツに限ってそんな事ないか。


 今となっては当の本人はいなくなり、確認する手立てもない。腑に落ちない部分は残るが、私はこれ以上の深入りするのをやめた。今はゆっくりと自分の躯を休めよう……。


足をお運び頂き、有難うございました。

またブックマークと評価を下さったユーザー様、本当に有難うございます!

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