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STEP80「処刑の日を迎え」

「さぁ、出ろ」


 荒々しい口調で乱暴に私の躯を動かす兵士に嫌悪感を抱く。重厚な鎖から解放されたのはほんの束の間、新たな(かせ)が手首に嵌められ、自由を奪われる。それから私は数人の兵士達に連れられて牢獄から出た。


 地下から宮廷内へと上がると、窓から差し込む陽光に顔が照らされ、思わず私は目を(すが)めた。朝日の光なんて何度も浴びているが、今日は恐ろしいほど眩しく感じる。本来光を目にすれば安堵感を抱くものだが、今の私には牢獄での暗闇の方が生きている心地を感じた。


 ――一睡も出来なかった。


 出来るわけがない。翌日に処刑されるというのに寝られるわけがない。……そう、私は処刑が決まったのだ。ジュエリアの正体まで行き着いたというのに、当人を捕まえられず、タイムリミットを迎えた。


 リミットの零時を過ぎると、すぐに私は兵士達から捕らえられた。そこに殿下との絆やアッシズの厚意などで救ってもらえるような甘えに縋れるものはなかった。リミットを過ぎれば、どんな弁解も通用しない。


 殿下やアッシズ達と話をさせてもらえる機会は一切なく、ウルルともすぐに引き離された。私は為す術が無くなり、地下牢獄へと引きずり込まれたのだった。この時点で私はジュエリアと見做され、罪人となった。


 ――何故、私が処刑場へと連れて行かなければならないのだ!


 あと一日、いや半日だけでも早くアイツの正体を暴いていれば! 今後悔したところで、なにも状況は変わらない。決して鎮められない怒りとやるせない気持ちがドス黒い感情を生み、心が支配されていた。


 私は兵士達から強制的に連れて行かれ、建物の外へと出た。ここは……広場にでも出たのだろうか。いや何処かのテラスだ。式典でも催せるほど馬鹿広い。そこに豪奢な椅子に座って、無遠慮にこちらに視線を向ける者達いる。


 そこに天蓋付きの椅子に腰をかけるヴァイナス王太子とルクソール殿下の姿が見えた。殿下はこちらを見つめているが、その表情は無機質であり恐ろしかった。殿下の目にはもう私は罪人としてしか映っていないのだ。


 そして嫌でも目につくものがある。全長五メートルの高さをもつ二本の柱の間に吊るされた巨大な刃、ギラりと鋭く光っていた。さらに丸い穴が空いた箇所があり、それは人間の顔を通して固定するもの、顔を固定された後は上部の刃物で首を切断される、あれは執行装置(ギロチン)だ!


 それを見た瞬間、私はこの世の終わりを目にしたかのように戦慄が駆け巡った。頭の中が混沌し、躯が麻痺して、その場から動けなったのだが、無理やり兵士から引っ張られて連れて行かれる。


 私は操り人形(マリオネット)になったように神経の感覚を感じなくなった。ズルズルと足を引きずる形で断首装置の方へと進んで行く。逃げ出したい、本能が全身に危険を知らせる。恐ろしい、恐ろしい! 恐ろしい!!


 西洋の映画の作り物とはわけが違う。本物の断首装置は一瞬にして人の気を狂わせるほど、恐ろしい姿をしている。これを目の前にしてまともでいられるわけがない。うっ、嘔吐を催す。錯乱によって胃が抉られているような感覚だ。


 逃げ出したいのに躯は全く動かない。完全に躯は恐ろしさに支配されていた。そんな麻痺した私の躯を拘束するのは容易だった。兵士達は素早く私の躯をギロチンへと押し出す。


 私は声にならない声を発し、力の入らない躯でもがき抵抗を示したが、あっという間にうつ伏せの体勢にさせられた。強引に丸い穴に顔を通された後、枷で躯全体を拘束される。私の頭上にはあの巨大な刃が吊るされていた。


 視線を彷徨わせると、ギロチンの周りには数人の兵士が立って私を注視している。その奥にはギャラリー達が優雅に腰を掛け、こちらを興味深げに見ていた。彼等にとって処刑は催しの一つにしか思っていないように見える。


 この一ヵ月間、狭き世界で過ごしてきたから気付かなかったのだが、こちらの人間の本質は極めて残酷である。もうあれらは人ではない。すべてが死神に見え、鮮やかな青空は恐ろしい常闇に見える。ここは人間が住む世界ではない。人の死を厭わない地獄だ。


「これから処刑の儀を行う!」


 辺り一面に響き渡る宣告の声。


 ――ドッグン!!


 私の心臓は衝撃に打たれて潰れたのではないかと錯覚が起きた。だが、心臓は生きている事を主張するように早鐘を打っていく。そして豪奢な椅子から一人の男性が立ち上がって、こちらへと向かって来た。


 男性はギロチンの近くまで来ると、私と同じ方角に躯を向け、腕の裾から絵巻を取り出す。巻かれている紐をゆっくりと解いた後、絵巻を手の平へと広げる。それから男性はスッと内容に目を通すと、(おもむろ)に口を開いた。


「罪人は数々の……」


 男性はこれまでジュエリアが犯した罪を述べていった。当然どれも私には身に覚えない事だ。それを私の罪として挙げられている。今ここにいるべき人物は私ではなく、


 ――アイツだ、ジュエリアの筈だ!


 私は視野の可能な限り視線を巡らせる。


 ――何処にいる、アイツは何処に!?


 何処かで高笑いしながら、私の様子を覗いているに違いない! 私は血眼になってヤツを探す。必ずアイツは何処かにいる筈だ。だってアイツは私にああ(・・)言ったのだから……。


「よって罪人ジュエリアに斬首の刑を執行する!」


 空高く処刑の宣告が響き渡った。私は必死でジュエリアを探したが、ヤツが姿を見せる事はなかった。現れない……だろうか、そう諦めかけた時だ。


 ――カツカツカツ。


 鋭い足音が私の方へと近づいてきた。私は息を凝らして靴音の方へと視線を向けると、躯が硬直した。魂を揺さぶるほどの妖しげな美貌、陽射しに照らされた雪のように輝く長い銀髪、長身で存在感が半端ない。どこもかしこもが完璧な子の人物は……。


 ――グリーシァンだ!


 紫色の魔導師のローブを着た今のヤツは死神に見えた。そして私の目の前にまで来たヤツは、


「口を塞ぐ前に言う事はある?」


 なんの感情も表さない無機質な顔をして問う。ヤツの手には真っ白なテーピングが握られている。それで私の口を塞ごうとしているのだろう。


「処刑前に喚かれると不快だから、これで口を塞がせてもらうよ。最後の慈悲だけど、言いたい事があるならどうぞ」


 ヤツの抑揚のない声が如何に私を蔑んでみているのかがわかる。コイツのこの態度は最初から最後まで変わらなかった。


「私はジュエリアじゃない」


 私は吐き捨てるように言い放った。


「今となってはそれを証明するものはないよ。刑は実行される。あぁ、君なりに最後まで頑張ったのにね」


 嫌味にしか聞こえない。態度も口調も言葉もヤツのすべてが。私が目線を上げると、ヤツと視線が鋭く交わる。その瞬間、グリーシァンはフッと口元を緩め不敵な笑みを浮かべた。それから軽やかな仕草でフードを深く被る。


「斬首した時、返り血を浴びると不快だからね」


 何処までも人を滑稽な扱いをするグリーシァンを私は睨み上げる。そんな私をヤツはなんの躊躇いも見せずに、手元に持っていたテーピングで私の口を塞いできた。その時、ヤツが妙な事を言い出した。


「そうそう忘れるところだった。君との約束を果たさなきゃだね」


 私は眉根を寄せる。ヤツの言う約束とは……?


「君が処刑される前に、正体を教えてあげるって約束したよね? ジュエリアの……」


 ――!?


 間近でグリーシァンの顔を目にして、私は酷く驚いた。何故ならヤツ銀色の髪が色素を深め、陽光のような金髪へと変わったからだ。髪だけではない、瞳もグレイから琥珀色へと変色し、肌もよりきめ細やかな純白色となった。


 さらに背丈が縮んでいるように見えるが、ローブの厚みによって周りにの人間から気付かれていないだろう。私の目の前に「花の妖精」「美の女神」という名に相応しい美女が映っていた。


 目下に影を落とすほど長い睫、スッと筋の通った鼻、苺色の膨らみのある唇、魂すら吸い取られるような完璧な美の化身。だが、それは美を被った恐ろしい悪魔なのだ。そう、コイツは数々の悪名を残した、あのジュエリアなのだから。


 ――やっと現れた、ジュエリアが!!


 アイツは確かに言った。私が処刑にされる前に正体を明かすと。だから必ず現れると思った! 人を馬鹿にして快感を得るコイツが現れないわけがないのだ!


「だからあれほど忠告してあげたのにね。貴女には私を捕まえられないと」


 あの鼻につく甘ったるい声で悠々と話しかける。ヤツの顔を見て聞くのはこれが初めてだった。


「それなのに貴女は自ら徒労の道を選んだ。可哀想に。でも最後に私の正体をわかっただけでも、スッキリした気持ちになれたでしょ?」


 悪魔だ。人間の良心を受け渡した恐ろしい悪魔がいる。どの(つら)下げて言える? スッキリした気持ちなったなんて!


「だからもう安らかに眠っていいのよ。私の身代わりにされた気・の・毒・な・ジュ・エ・リ・ア・ちゃ・ん♪ ふふふっ、あはははっ」


 ゾッと凍り付くような悪魔を目の前にして見た。人の死を厭わないトチ狂った悪魔。コイツはこうやってずっと私を近くで見ていて笑っていたのだ。怒りや憎悪より、何よりも恐怖に戦慄いた。


「さようなら、ヒナちゃん。私は本当に貴女の事を感謝しているわ」


 そう最後にヤツは言葉を残し、私から顔を離す。そしてジュエリアの姿のまま手を空高くへ(かざ)す。それは処刑決行の合図であり、私の頭上からギリリッと刃物が動く音が聞こえた……。


足をお運び頂き、有難うございました。

またブックマークと評価を下さったユーザー様、本当に有難うございます!

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