STEP39「仕組まれた罠」
私はあまりの驚愕に声を失う。いや、なにがなんでも私がチェルシー様のドレスに細工をしたなんて、それは無理やり過ぎるだろう! なんで矛先を私に向けているんだ! この人、本当に気が狂っている!
「何故、私が犯人になるのですか! いくら姫君でも濡れ衣を被せる行為は度を越えています!」
私は掴まれている腕を振り払いながら、チェルシーへと言葉をぶつける!
「下っ端の女中如きが口答えをするなんて生意気よ!」
「姫君であれば、なにをしてもいいわけではありません! むしろ姫君らしく民草の手本となる振舞いをされるべきです!」
「身分を弁えなさいって言っているのよ! 私は!」
チェルシー様は私の躯をガクガクッと揺らしながら、理不尽に非を糾弾する。そして一際大きく揺らした後、ドンッと私の躯を突き放した!
「ひゃっ」
躯のバランスが崩れた私は重力によって後ろへと引っ張られる。
――ガタッ!! ガシャガシャガシャンッ!!
「きゃぁあっ」
耳を劈くような派手な音が自分の悲鳴と共に、広間へと響く。一瞬、記憶が飛んだ。何故なら背中から鋭い痛みに襲われ、瞼を深く閉じたからだ。突き飛ばされた時、テーブルに並ぶ料理の上へと落ち、ひっくり返ったのだ。
私は不格好に座り込み、しかもドロドロとしたドルチェを頭から顔、そして躯にも浴び、全身がベタベタになっていた。酷すぎる。いくらなんでもこれはやり過ぎだ! 私はギッとチェルシー様を睨み上げる。
「ドレスは付き合いが長く信頼のある老舗で作ってもらったのよ! そんな店が王家の人間に対して、細工をするとは思えないもの!」
「だからといって何故、私のせいにするんですか!?」
いくらなんでも私を犯人にするには無理があるだろう!
「貴女が私のドレスを届けたからに決まっているじゃない! 貴女が宮殿に届けられたこのドレスを侍女に届けに来たのは知っているんだから!」
「え?」
チェルシー様から叩きつけられた言葉に、私はハッと息を呑む。
――なにそれ……まさか?
「このドレスと同じ花柄の包装カバーに身に憶えがあるでしょ?」
「……っ」
私は蒼白となる。確かにチェルシーが着ているドレスの花と同じ模様の包装カバーを運んだ記憶がある。届けられたドレスの殆どが無地のカバーで包まれていたが、やたらド派手な花模様のカバーがあった。
――あの派手な包装カバーの中身はチェルシー様のドレスだったって事!?
ドレス等を運んでいる時も何処となく不思議には思っていた。荷物を届ける仕事は単純そうに見えて実はとても重要だ。下っ端の私がその仕事を手伝っていいものなのかと。
てっきりパーティの準備で侍女さんが人手不足となり、運びの仕事が私に回って来たのだろうと、あまり深く考えてはいなかった。でも今思えば、その仕事を回したのは……紛れもなく目の前にいるチェルシー様だったのだろう。
彼女は私をドレスの細工をする犯人に仕立て上げる為に、予め仕組んでいたんだ! ヤラれた! さすがに仕事の内容にまで嫌がらせが含まれているとは誰が気付くか! 驚異的な事実に気付いた私は茫然となる。
「あと細工の可能性があるとしたら、貴女しか考えられないって事。わかった?」
そしてチェルシー様から追い打ちの言葉を掛けられる。私は完全に犯人扱いだ。冗談じゃない! 即座に抗議にかかろうとした。その時だ。
「あの女中、普段からチェルシー様に粗相を犯していたコよね?」
「そうそう。毎回チェルシー様のお怒りを買って、注意されているのを何度か目にした事があるわ」
「じゃぁ、今回の事件は逆恨みかしら?」
「いくらなんでもこれはやりすぎよね。相手は一国の姫君だし断罪は免れないでしょうね」
「命に代えて償ってもらう事になるかもしれませんわね」
私にとって不利な状況が招かれる。ざわざわとしている周りから次々に不吉な言葉が入ってきたのだ。「断罪」? 「命に代えて償う」? これか! 私はガッと目を大きく見開き、強く拳を握る。
――これは死亡フラグのお・知・ら・せ。
ジュエリアが言っていたあの言葉。パーティという公の場で、私に失態を起こさせた既成事実を作り上げ、断罪までもってこようとしたのか! 冗談じゃない! 冗談じゃない!!
「確かにチェルシー様のドレスを運んだのは私ですが、その後、お付きの人がドレスに触れた事も考えられます!」
お付きの人達に疑いを向けるのは心外だけど、こっちも自分の信頼と命がかかっている。少しでも罪の矛先を変えなきゃ!
自分でも苦り切った表情をして、目の前に立つチェルシー様を凝視しているのがわかる。
――ドクンドクンドクンッ。
確かな鼓動で波打つ心臓の音が耳の奥深くにまで響く。危険を知らせるかのようにして。そんな複雑な私の気持ちを見透かすように、チェルシー様から不敵な笑みが浮かんでいる。それに……。
――オカシイ。
サロメさんの姿がない。あれだけしっかりとチェルシー様の傍についていた彼女が急に姿を消している。目を離してから、ほんの数分しか経っていないのに。それが余計に不穏を感じさせた。
…………………………。
私は不躾にギッとチェルシー様を注視していた。私とチェルシー様の間には会話を交えていないが、演奏の美しい旋律が舞い踊る。
――丸二日ぶりだ。
チェルシー様と会うのは。ほんの三日前まで彼女は不必要に私の前に現れては私をとことんイビリ尽くしていた。
「そんなに怖い顔をしないでよ。なにも私は貴女を取って食べたりしないわよ?」
「……っ」
チェルシー様の方から口が開かれた。私はなんて返せばいいのか言葉に詰まり、より一層表情が複雑となる。彼女がジュエリアであれば、今この場でなにかを仕掛けてくるかもしれないのだ。それを考えれば、恐怖心からか思うように声が発せない。
周りにこれだけ多くの人達がいるのだから、直接手を掛けてくるとは思えない。だけど、なんで彼女はこんなにも余裕の笑みでいられるのだろうか。まるで予め勝利を目にしているような優越感を醸し出している。
「珍しいわね。女中の身分で、このパーティに出席が出来るなんて? どうやって特例をもらったのかしらね?」
なにも答える事の出来ない私をさらに面白く泳がそうとしているのか、チェルシー様はさらに言葉を続けた。
「どうせ今回もルクソール様に取り繕って上手くやったんでしょう?」
ツンッとして嫌味の棘を飛ばしてきた。「上手くやった」って、どうやら彼女は私が殿下から贔屓をされているものだと思っているようだ。だからか、私の存在を面白く思っていないのは。
今更気付いた私もバカだけど、ずっと彼女は私の粗相が気に食わなくて、イビッているものばかりだと思い込んでいた。嫉妬に燃える彼女から目を付けられて、どれだけ酷い目にあった事か。
「ルクソール殿下は公平な方です。一個人の感情で私を動かす事はありません」
「そう? だったら何故、女中如きの貴女がここにいるのよ? 位の高い女中ならまだしも、新人の貴女がこの場に居られる事自体が有り得ないわ。一体誰から特例を出して貰えたというのよ?」
怖い、私の全身を切るような鋭利な視線が。私は焦燥感から躯が一気に熱くなり、汗が滲み始める。
――ひ、ひるむな、ヒナ。
私は落ち着くよう自己暗示をかけて、この場をやり過ごす言葉を懸命に探し出す。
「ここで話をされていて宜しいのですか? 私に割く時間がおありであれば、殿下とダンスをされてはいかがですか?」
とんだ皮肉を込めて私は切り替えしをした。私の言葉にチェルシー様から余裕の笑みが消える。どうだ、殿下と踊りたくても、それが叶わなかったチェルシー様には痛い言葉だろう! と、喜んだのはほんの束の間で、彼女はすぐにまた笑みを広げた。
「そうね~」
声色からして余裕なのがわかる。チェルシー様は私から視線を逸らし、背後にあるテーブルから悠長にいくつかのドルチェをピックして皿に乗せる。
「思わぬ邪魔が入って踊り損ねたわ」
――ブスッ!
そしてフォークに似たカトラリーでドルチェを突き刺した! 嫉妬というよりは殺意のオーラが放たれた。ゾッとする恐ろしさだ。私はなんとか冷静さを保とうとする。
――そもそも邪魔ってなんだ?
シスル様は殿下の従姉弟に当たる姫君でしょ? 殿下の身内でもあるのに、よくそんな言葉を口に出来たものだ! しっんじらんない!
「おかげでシナリオが狂ってしまったわ」
――シナリオ? なんの話だ?
不可解な言葉が吐露された。ジュエリアとして企てていた事を実行しようとしていたのか。いや、ただ単純に殿下とダンスの輪の中心で踊りたかっただけなのか。私はこれ以上なにも言わずに、彼女の様子を窺っていた。
「ねぇ?このドレス素敵でしょ?」
――はっ? なんだ急に?
思わず声が出そうとなった。なに今の切り替えし? いきなり話題を変えられた事に面食らう。我が儘姫の考える事に全くついていけない。
「そうですね。デザインが華やかでお花の美しさが際立っていますね」
純粋に彼女のドレスは素敵だと思う。薔薇のような花のデザインに目を引くのは確かだし。チェルシー様は満足げに口元を綻ばせる。
「でしょ? 下ろし立てのドレスだもの」
彼女はその場で軽やかにステップを踏んで言葉を返す。ふわりとスカートの裾が舞い、デザインの花が躍るようでさらに目を引いた。
「ふふふっ、美しいものには棘があるのよ」
――なに今の言葉? 棘って言わなかった?
恐ろしく綻ぶ姿のチェルシー様に剣呑を感じて仕方がない。
「貴女めざといのよ。とてつもなく不美人のくせに、ルクソール様に取り繕って気に入ってもらおうとしてね」
「は? なんですか、それ」
私は反射的に問う。また意味もわからず話題が変えられ、しかもその内容は私を罵倒するものだった。ストレートに人の事ブスと言いやがったよ! 本当にこの人にはついていけない!
「でももうそんな不快にさせる貴女を見ずに済むようになるわ」
「え?」
チェルシー様から危険な言葉が零れた。
――なに? 死亡フラグを立てた?
空気が黒い剣呑なものへと変わる。彼女は私を映し出さずに、危険な何かに浸っていた。そんな状況の中、周りから歓声と拍手が沸き起こり、気が散漫する。
「あら二回目のワルツが終わったようね。次の曲は間が空かずに、すぐに始まるわ。踊ってこようかしら?」
身勝手な切り替えしに、もううんざりだ。彼女はもう私には目もくれず、この場から立ち去る。殿下と踊りに行くのかと思いきや、その辺で楽しく談話をしていた男爵をとっ捕まえ、無理にダンスの輪へと誘う。つくづく身勝手な振舞いだわ!
――♪♪♪ ~♪♪♪ ~♪♪♪ ~♪♪♪~
次のワルツはメンバーが総入れ替えとなり、すぐに演奏が流れた。チェルシー様は当然の如くダンスの輪の中心へと入り、演奏の旋律に合わせて躍動的にステップを踏んでいく。
――ダンスの腕は確かのようだ。
相手の男性が彼女の完璧さに圧されている様子が窺える。格好悪いものが嫌いな彼女だけあって、踊りは完璧に熟練されている。あれだけ華麗に踊れるのだ。さぞかし大好きな殿下と踊りたかっただろう。そう彼女の踊りに感心を抱いていた時だった。
「きゃぁああ!!」
ダンスの輪から甲高い叫ぶ声が上がった。突然に事が勃発したのだ。ダンスの輪の中心へと鋭く視線が注目される。そこにはドレスの一部がはだけ、しどけない姿のチェルシー様がしゃがみ込んでいた。胸元を隠して蹲る彼女に皆が茫然として見ていた。
大間の異変に美しい演奏の音が引いていく。出来事の豹変についていけなかった。なにがどうなっているのか、誰しも行動が起こせない状況の中で、透かさず足を走らせるのはサロメさんだった。
彼女はすぐにチェルシー様へと絹のストールを羽織らせ、真っ白な肌を綺麗に隠す。そこでチェルシーは凄い形相をして立ち上がると、唖然としていた周りからざわめきが起き始めた。
「いきなりドレスの絹糸が解けたわ! 特別な糸で作られたドレスはこうも容易く解けないのよ! これは誰かが細工したに違いないわ!」
凄い剣幕で舌を巻くチェルシー様。そしてまたとんでもない事を吐き出した。こんなパーティで醜態を晒され、気の毒には思うけど、なんの根拠があって断定的に言い放ったわけさ!
だけど、彼女の言葉で真っ先に目を向けられたのはさっきまで一緒に踊っていた男性だった! 皆からの痛い視線が集中すると、男性は大粒の汗を滴らせ、大慌てとなる!
「ち、違う! 決して私ではない! チェルシー様とは今日初めてダンスをして接したんだ! 彼女のドレスに細工する余裕なんて私にはない!」
男性はブンブンと両手を大きく振り、必死に弁解をしていた。あの様子からして、嘘を言っているようには見えなかった。私は男性に同情する。彼は絶対に嘘をついていないだろう。
――ただ運が悪く糸が綻んだだけじゃ。
日頃の行いが問題だらけのチェルシー様だ。神からのお叱りが下されたんじゃ。私は冷めた視線で彼女を見つめ、そう悟った。ところが……。
「そう、じゃあ!」
男性の否定的な言葉に、チェルシー様は次なる行動を取る。
――え?
何故か彼女がこっちに、私の方へと向かって来ているような……? そして?
「いたっ!」
気が付けば、私の目の前まで来たチェルシー様から乱暴に腕を捕まれていた!
「そしたらこの女中が犯人よ!」
――は!
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次話、追い詰められピンチを迎えるヒナ、窮地に立たされどうなる!?




