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7.歌

1つの依頼が完了し、整備班は次の目的地移動のため、飛空艦の燃料補給や機械点検に入る。

反対に戦闘班は次の任務まで休息時間だ。

それでも全員が全員休みというわけにもいかない。万が一の事態に備えて艦内外の警備を交代で行うのも戦闘班の仕事だ。

戦闘班の剣士・アウォースはあくびをかみ殺しながら艦内を巡回していた。


(腹減ったなぁ…)


ちらりと時計を見やればもうすぐ正午。交代の時間がやってくる。

今日の昼飯は何食おうかな、などと不真面目にも考えていると正面から歩いてくる人影が見えた。

それが艦のトップであるグレンであるとわかるやいなや、アウォースはその場で敬礼して待つ。

グレンはアウォースにすれ違う手前で立ち止まった。


「ごくろうさん。少し早いがあがってくれ。悪いがリーレイのとこに昼飯運んでやってくれるか?」

「あいつ、具合どうですか?」

「いや、元気だよ。ただ熱がまだちょっとな」

「わかりました」


失礼します、と一礼してアウォースは去る。

その背中を見送って、グレンもまた歩き出した。

ローウェとリーレイが遭難しかけた事件の翌日、リーレイが熱を出して倒れた。

野宿などと慣れないことによる極度の緊張感に襲われ、それから解放されて気が抜けたせいだろうと思われる。

乱暴な言葉遣いからは想像に難しいが、あれで結構繊細な心の持ち主なのである。

朝は起き上がれないほどひどい状態であったが、薬が効いたのか今はだいぶ回復はしたようである。

明日には通常に戻れるであろう。

グレンは午前の仕事を終え、少し外の空気でも吸おうかと艦の搭乗口へと向かっていた。

すると搭乗口へを挟む通路の反対側からも、同じように搭乗口へと向かう人がいた。

ずいぶんと背が高い。

それだけで相手がわかった。

近づいてきたその人は、グレンの手前で立ち止まり、敬礼する。


「ジェイク」


片手を上げて声をかけたところで、その背後からローウェがひょっこり顔を出した。

ビシリと敬礼しているジェイクに対し、こちらはひらひらと手を振ってくる。

その態度のギャップにグレンの表情が緩んだ。

咎めようという意識がさらさら湧いてこないのは、艦長としてどうかとも思うのだが。


「出かけるのか?」

「はい。米が少し足りないようなので、買い出しを」


本来、戦闘班であるジェイクは休息の時間帯のはずだ。

その中での労働は基本的にはボランティアになる。

調理班の誰かに頼まれたのだろうか。


「悪いな」

「いえ、自分の買い物もありますから」


首を振るジェイクに苦笑を返し、グレンは次にローウェに視線を向ける。


「お前もついて行くのか?」

「ああ」


コックリとうなづくローウェ。


「リーレイが寝込んで暇そうだったんで」


ジェイクが補足する。


「目を離さないようにな」


グレンがそう忠告すると、ローウェは子ども扱いが気に食わないのかわずかに不機嫌そうな顔になる。

だが、ローウェが迷子になったのはつい最近の話だ。

自身も前科を自覚しているのか反論はなかった。


「体調は大丈夫か?」


グレンがローウェに問いかけると、ローウェは何故そんな質問をされたのか意図がわかっていない様子で首をかしげる。


「いや、変わりないならいい」


(この図太さがリーレイにも少しあればな…。いや、リーレイの繊細さをローウェに分けてやったほうがいいのか)


などとくだらないことを考えつつ、グレンは2人を見送った。



現在、スカイ・コードが滞在しているのはコートパスというそこそこ栄えた街だ。

ここに暮らす貴族より、盗まれた家宝を取り戻すよう依頼されたためだ。

依頼はすでに完了し、受け取るべく報酬も受け取った。

よって艦の整備が整えば、ただちに次の街へと移動する予定である。

その前に、不足した食料を調達するのがジェイクの目的だ。


「米は買ったし、野菜も買ったし、これで全部だな」


小さなメモを広げ、ジェイクは1人頷く。

彼の前には台車に詰まれた山ほどの米袋。

さらに1袋を脇に抱え、さらにはその肩の上にローウェを担ぎ上げていた。

そんな状態にもかかわらす、重さを微塵も感じさせることも無く、台車を押してジェイクは颯爽と歩き出した。


「ローウェはもういいのか?」


視線は前方に向けたまま、ジェイクが尋ねる。

まだまだ人が賑わう街に不慣れなローウェは物珍しげに出店をいろいろと見ていたものの、結局購入したのは行きがけに売っていた珍しげな花だけだった。

それも一輪。


「もういい」


それだけで満足げなローウェの様子に、大人のジェイクの方が不満げな顔だ。


「金のかからん奴だな、お前は」


つまらなそうに呟いて、歩みを進めるジェイクの前にしばらくして1人の商人が立ちはだかった。


「ずいぶんと大荷物ですな、旦那。安い労働力はいりませんかね」


ニコニコと人のよさそうな笑顔である。

しかし、それに対してジェイクは不機嫌そうに眉をしかめた。

普段は滅多に表情を変えないジェイクの反応に、ローウェは興味を惹かれてその商人を穴が開きそうなほどじっと見つめた。


「おや、ぼっちゃんの方がご興味がおありかな」


その視線を勘違いした商人がローウェを見上げてくる。

笑った目のその奥から、ギラギラとした欲望が見えた。


(金、金、金。金のことばっかり…)


ちらりと商人の後方を見やれば、人の集まったその向こうに大きな檻が見えた。中にいるのは動物でも昆虫でもなく、人だ。それも十数名。


(奴隷の売買か…)


世間に疎くとも、人が金で売買される事実はローウェも知っている。


「悪いが間に合っている」


ジェイクは素気無く返して商人の脇を通り抜けていく。

だが、クイと髪を引かれてローウェに止められてしまった。


「おい、ローウェ?」


ジェイクが足を止めてローウェを見上げる。

角度的に彼からはローウェの様子は見て取れなかったが、ローウェはただ一点、檻の中を見つめていた。

檻の中、まだ幼い少年少女たちが力なく俯いている。

その中の1人、整った顔をした15歳前後の少女だけがただぼうっと宙を見つめている。

ローウェが見ているのはその少女のようだった。


「青か…」


ローウェの口からこぼれる呟き。


「知り合いか?」


しかし、ジェイクの問いにローウェは首を横に振った。

だったら、さっさと帰るぞ、とクライフが言いかけたその時、ふいに聴こえたのは歌声。

ローウェが歌いだしたのだ。

突然のことに呆気にとられる。


「ローウェ?」


問いかける声を無視して、ローウェは歌い続ける。

そしてしばらくして歌声がもうひとつ。

ローウェの声に重なって、綺麗な和音を生み出した。

歌声は檻の中から。

歌っているのは奴隷の少女だった。

ふいに聞こえ出した澄んだ歌声に、人々の視線が集まってくる。

ふわり、と風が動いた。

ローウェの手の中の花が揺れている。

そして、次の瞬間。


ゴォォォオオオオオオオオオオ!!!!


突如突風が吹き荒れて、人々の視界を奪った。


「うわぁぁああ!」

「きゃぁぁあああ!!」


交差する悲鳴。

ようやく風がやむと、今度は商人の叫び声が聞こえた。


「逃がすなぁぁああ!追えぇぇええ!!」


大声を出して何かを追いかける商人。その後を仲間と思われる男たちが数名追いかける。


「何だ?」


我に返ったジェイクが目を向けると、奴隷たちを囲っていた檻が見るも無残に歪んでいた。

まっすぐと並んでいた鉄格子が方々に折れ曲がっている。

どうやらその隙間を抜け出して、奴隷達が数名逃げ出したのだとわかったのはそれから数秒たってから。

あの少女の姿も無かった。

ザワザワと辺りが騒がしくなっていく中、ジェイクはまた髪の毛をクイと引っ張られた。


「帰ろう、ジェイク」

「あ、あぁ」


促され、返事もそぞろにジェイクは歩き出す。


「何をした?ローウェ」


どう考えても一枚かんでいるとしか思えないローウェの行動に、ジェイクは問いかける。

しかし、返ってきたのはとぼけた返答。


「俺は歌を歌っただけだ」


確かに、ローウェが手を出したわけじゃないだろう。

術を発動した様子も一切なかった。

ジェイクとしても、何が起こったのか、狐につままれたような気持ちである。

それ以上、ローウェは何も話そうとはしなかった。


「この街は早いとこ出たほうがいいな」


そう結論づける。

この件をグレンにどう説明したものかと悩みながら、ジェイクはふと気づいた。

あれだけの突風に見舞われたというのに、ローウェの持っている花は折れ曲がることも無く元気に揺れているということを…。

【青魔術師の特性】

歌を好む。その歌は時に魔術にも似た現象を起こす。

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