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5.談話室

移動中のスカイコード艦は、操縦室を除き忙しさとは無縁である。

依頼遂行に当たりメインとして動く戦闘班も到着までは出番がないし、

艦内の、主に機械類の整備を担当している整備班もまた、何かしら機械トラブルがない限りは出番がない。

一通りの見回りを終えて、整備班であるジルハーツが談話室なる共有スペースに訪れたときには室内はほぼ満席の状態であった。


「えぇ~! やだやだ可愛い~」


黄色い声が上がったのは、女性用談話室の一角。

部屋の中にはいくつかのテーブル・ソファが常備してあり、複数のグループごとに女性陣が輪を作っていた。

ちなみに談話室は男女別に分かれている。

お互い気をつかわずにくつろげるようにという配慮らしい。


「いいなぁ。私も買い出し組に入ればよかった~ぁ」


比較的若い年代が集まる中でも、ひときわ幼い少女が髪飾りを手に嘆いている。


「大荷物持つの嫌だって言ったの自分でしょ、ミヴィア」


隣に座る少女はそう言ってミヴィアの手から髪飾りを取り返した。

ミヴィアと呼ばれた少女はぷう、とふくれて頬杖をつく。

歳は14、5歳といったところで、幼いそのしぐさもよく似合う見目のいい少女である。


「そろそろ新しい服も欲しいよねぇ。次の街に着いたら私買い出し組になる!」

「私、もうお給料使っちゃったからなー」

「ええ!?もう!? あんたうちらよりお給料いいんでしょ?」

「そんな大きく変わらないわよ。戦闘班じゃあるまいし」


年頃の女性らしい、かしましい話が続いている。

ねぇ、と話を振られたミヴィアは不機嫌そうに相手に向き直り、


「何? 私の代わりに魔物退治してくれるの? よろこんで交代するわよ」


ジロリと睨むと、相手は『遠慮しときま~す』とスゴスゴと引き下がった。


「ま、地面の上で同じ事するよりはいいお給料だけどねぇ」


と、自分を納得させていた女性が、そこでようやくジルハーツの存在に気が付いたようだ。


「あ、ジルハーツさん。お疲れ様でーす」


にこやかに手を振ったが、ジルハーツはそれに軽く手を上げて応えたものの、一向に部屋に入るそぶりは見せない。

その場に固まったまま、眉間にしわを寄せている。


「何、このにおい…」

「へ? 何かにおいます?」


フンフンと鼻を鳴らしたミヴィアだったが特に感じるにおいはない。


「お前たち、よくこんな交じり合った甘ったるいにおいの中で平気でいられるな」


ずっと部屋の中にいた女性たちは気が付いていないようであったが、

部屋の中は、テーブルに広げられたお菓子のにおいやら、ティータイムの紅茶のにおいやらが入り混じっている。

さらには化粧直しをしているグループからはファンデーションのにおいと、さらには女性たちがつけている香水のにおいも混ざっているようだ。

1つ1つをとればいい香りなのかもしれないが…。


(た、耐えられん…)


さっさと白旗を揚げて扉を閉めたジルハーツは、少し歩いてもうひとつの扉を開く。


「邪魔するよ」


軽く声をかけて入ると近くにいた男が呆れたようにため息をひとつこぼした。


「こっちは男性用ですよ、ジルハーツさん」


苦笑交じりに声をかけるが、ジルハーツは気にせず中に入っていく。

慣れた状況であるのか、本気で咎める声音ではなかったし、他にも彼女をとめるものはいない。

声をかけてきた男―ヴァレンの隣にドサリと腰を下ろすと、ジルハーツは胸元からタバコを取り出した。


「かたい事言うな。1本やろう」

「吸わないっすから…」

「そうか」


ジルハーツは自分でタバコを1本取り出すと、足を組みながらそれに火をつけ吸い上げる。

ウェーブがかった髪が顔にかかり影を作り、妙に様になった姿であったが、

ただその衣装がところどころ汚れた作業着なのがいただけない。

大きく開いた胸元から見えるインナーのレースとその豊かな膨らみが、かろうじて女性らしさを演出している。

ふう、と煙とともに息を吐き出して


「そういやヴァレン、いつ戻ってきたんだ?」


問いかける。


「おとといですよ。昨日から整備班の仕事に戻ってます」

「しばらくいるのか?」

「さぁ、副艦長次第ですね」


ヴァレンはジルハーツと同じ整備班に所属しており、通常は彼女と同じく艦内の整備にあたっている。

が、彼にはもうひとつの仕事があり、組織の諜報員として時に各地を回って情報を仕入れる仕事をしていた。

ちょうどおととい、その諜報員としての仕事が終わり、艦に返ってきたところだった。

次の諜報員としての任務が下るまではまた整備班として活動する。


「オーレリオンは変わりなかったか?」


ジルハーツの問いにヴァレンは頭を抱える。


「なんでオーレリオンに行ってきたってバレてんすか」


諜報員はいうなれば隠密である。

同じスカイコードのメンバーにも知られず任務にあたるのが役目だというのに。


「初期メンバーがツーカーだって知ってるだろ」

「ツーカーって…」


死語だ、とヴァレンが呟く。


「どうせ旦那経由で聞いたんでしょ」

「誰が旦那だ。まだ未婚だっての」


ジルハーツはそう言い返すがヴァレンに訂正する気はなかった。

スカイコード結成当時はメンバーは10名も満たなかったらしい。

まさに少数精鋭、といったところだが、その少数で組織をまとめて大きくしてきただけあって、メンバー同士の結束が固い。

ジルハーツもその一員で、さらに同じ初期メンバーの中に恋人がいた。

組織内は暗黙の了解といった形で『組織内恋愛禁止』というものが存在するのだが、彼らは艦に乗る前からの付き合いということで黙認されている。


「ジェイクさんとはちゃんと時間作って会ってんすか?」


続いて投げかけられた質問に、ジルハーツがジロリとにらみを利かせてくる。

自分の恋愛ごとに口をはさまれるのが苦手と知っての発言だ。

そして恋愛より仕事を優先がちのジルハーツの性格もよく知っている。


「ジェイクさんも可哀想に。仕事人間の恋人をもって…」


と、嘆くジェイクだが、


「向こうだって忙しいんだよ。戦闘班のリーダーなんだから」


ジルハーツも言い返す。なにも自分ばかりが仕事優先なわけではない、と。


「はは、戦闘班のお子様たちのパパだもんな、痛っ!」


冷やかして笑おうとしたヴァイスだが、背後からのびた手に頭を小突かれ呻く。


「お子様って何だ」


不満げな顔をして背後に立っていたのはローウェだった。


「ローウェェェェェ…」


小突かれた頭を押さえつつ睨むヴァウスを気にすることなく、ローウェはその隣の席に着き、テーブルにあらかじめ置かれていたお菓子に手を伸ばしている。

もぐもぐと租借しつつ、ジルハーツをじっと見つめる。


「なんだ?」


視線に気が付いたジルハーツが尋ねると、


「お前、男だったのか…」


知らなかった、とやはりもぐもぐしながら呟く。

この部屋に掲げられた看板は『男性用談話室』である。


「何だ知らなかったのか」


さも驚いた、というように悪乗りするのはジルハーツの悪いところだ。


「見た目で判断するのはいかんぞ、ローウェ」

「そうか。悪かった」


素直に謝るローウェをにたにたと悪い笑みを浮かべてジルハーツが見ている、と


「そんなことより、ローウェさん」


ちょいちょい、とヴァイスがローウェの肩を叩く。


そちらを向いたローウェに対し、


「僕に何か言うことはないかなぁ…?」


にっこりと笑って見せるヴァイスだが、その額に青筋が浮かんで見えるのは気のせいだろうか。

ローウェはじっとヴァイスを見つめ。

…見つめ。

こてん、と首を傾げた。


「とぼけんなや。写真返せ」


辛抱たまらずヴァウスが低音ですごんでみせたところで、


「何のことかわからない」


とぼけられて終わりだった。


「っ~~~~~~!!」


ギリギリと歯を噛みしめ、憎々しげにローウェを見やるヴァレンの様子を、ジルハーツは呆れた目で見ていた。

同僚の守銭奴な性格はジルハーツも把握していたので、何かあったのかはなんとなくだが想像できる。

想像はできる、が、たいして興味もない。

ふわぁ、とジルハーツが大きなあくびをした。


「また遅くまで点検してたんすか?」


まだあからさまに不機嫌な顔をしたヴァレンが、それでも気遣うように声をかけてくる。


「ああ、サブエンジンとこの換えてまだ半月くらいだろ? 調子が気になる」

「トラブル起きたら嫌でも働き詰めになんですから、今のうち十分寝ればいいのに」

「寝てるくらいなら仕事する」

「機械オタクなんだから…」


呆れるヴァレンだが、その台詞にジルハーツからの反論は無い。

自分でも十分自覚しているのだろう。

再び、ふわぁ、とあくびをしたジルハーツの顔を、ローウェがじっと見ていた。


「何だ?」

「眠いのか?」


声をかければ、見れば明らかな質問が返ってきた。


「眠いが昼間は寝れないんだよ」


自分でもその体質を忌々しく思っているのか、やや尖った声が答える。


「見かけによらず繊細なんすよね」


にやにや、と笑うヴァレン。

その頭上に容赦なく鉄拳が降った。


「見かけによらず、はよけいだ」


言い合う2人にお構いなく、唐突にローウェが静かに右手を上げた。

何が始まるのかと、ヴァレンもジルハーツも動きをピタリと止める。

ローウェの手はジルハーツのちょうど顔の前に。


「静寂」


そうローウェが呟くと同時に、手のひらから小さく魔法陣が発動する。

突然の術の発動に、談話室内の視線が一気に集まる中、しかし魔法陣は何の変化も見せずに程なくして消失した。


「何だ、そりゃ…」


突っ込もうとしたヴァレンの隣、

バタン。

音を立てて、ジルハーツの肢体が力なくテーブルに伏した。


「うえっ!? ちょっ! ジルハーツさん!?」


慌てて揺り起こそうとするもののその体はピクリとも動かない。

どころか、その口からは、

すーーーーー…。

安らかな寝息が漏れていた。


「ええええええええ!?」


突然の事態に慌てるヴァレン。そして周囲何が起こったのかととたんざわめきだす。

と、それを咎めるように突如部屋の扉が開いた。


「ここにいたか、ローウェ。打ち合わせをするから会議室に集合」


現れたのは、扉の天井に頭がつきそうなほど背の高い男だった。

程よく筋肉のついた身体は一目で戦士のそれとわかる。


「お父さんのお迎えだぞ、ローウェ」


ヴァレンが声をかけるまでもなく、ローウェは立ち上がっていた。

それを確認して、すぐさま部屋を出ようとした男・ジェイクが上半身を横たえている女性の姿を見つけ、足を止めた。


「どうした、ジル。具合が悪いのか?」


歩み寄り、その肩を叩くが反応は無い。


「あ、寝てるだけっす。後で部屋に運んでおきますよ」


ヴァイスがそう言ったが、ジェイクは去る気配を見せず。

そのままジルハーツの身体をいとも簡単に抱きかかえた。


「俺が運ぶ」


一言だけ言って、去っていったジェイクの姿にほどなくしてヴァイスが吹き出した。


「ハハッ、仏頂面して独占欲強いんだから。おもしれぇ!!」


ケタケタと楽し気に笑い出すヴァイスに、ローウェは不思議そうな視線を向けた。

呼びに来たはずが、すっかりと置いて行かれている。


「嫉妬って何だ」


その疑問にヴァイスの笑いはピタリと止まった。


「は? まさか、お前知らないのか? あの2人付き合ってんだよ」

「……知らない」

「マジで? あんなわかりやすいのに。激ニブ」


とまで言われてさすがにローウェもムッとする。


「そんなの知らなくても生きていける」


負け惜しみの一言を残して、部屋を出て行くローウェ。

その姿を見送り、ヴァイスは再び吹き出した。


「ま、そりゃそうだ」

『静寂』…青魔術の一つ。補助魔法。相手を眠らせる。効き目は個人差があり、効きにくい相手もいる。

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