勇者、魔物と対峙する。
さて。
川の上流へと着きました。
ここに来るまでの経過は省略します。
なぜって、特異すべきことが何もなく面白くはないからです。
敵が出てこようが、奴らに(変態2人)に一瞬で倒されて終わりですから。
ここに来るまでに、特に変わった点はありませんでした。
報告、以上!
で、話を戻します。
川の上流へと着いた私達は、草葉の陰・・・ではなく、草木の間から、源流であろう場所を見ています。
なぜそこが源流であるか、と分かったかと言うと、いたからです。
でっかい魔物が!!
「・・・デカいな・・・」
眉間に皺を寄せて、ゼイファーはそう呟きました。
「デカい・・・ですね」
「デカいね・・・」
3人の感想はそれしかありませんでした。
5メートル以上はありますでしょうか、竜の形をした魔物が源流部分を塞いでいます。
魔物退治に行った兵士達はどうなったのでしょう?
果敢にも挑んだのでしょうか、あのデカい魔物に。
「・・・行きますか」
「えっ!?戦うの!?」
リリックは驚いた表情で私を見ます。
当たり前でしょう!この話を受けたのだから、戦わず逃げるなんて出来るわけないじゃないですか!
「別に私が戦うわけじゃないんで。もし仮にあなた達が死んでも大丈夫。ちゃんと供養はしますから」
「・・・縁起でもない事言わないで下さいよ」
「マジかよ・・・」
困惑した表情を浮かべる2人を置いて、私は意を決して魔物のいる所へと歩き出しました。
「あっ!ちょ、ちょっとグリモア!!」
後ろから制する声が聞こえましたが、お構いなくずんずんと進んでいきます。
大丈夫!
いざとなったら奴らを盾にとんずらこけばいいのよ!
逃げ足だけは早い!何とかなる!!
「やい!魔物め!!!」
デカい魔物の前に立つと、そう声を張り上げます。
私に気付いた魔物が、ギロリと睨むようにこちらを向きました。
遠くで見てもデカい魔物が、目の前にいると余計にデカい。
地面に付く足が小刻みに震えます。
が、ここで怯んでは勇者の名が廃る!
負けじと睨み返しました。
「お前が源流を止めているせいで町の人は大変な思いをしているのだっ!そこをどきなさいっ!!」
『・・・誰だお前は・・・』
とてつもなく低い声で、その魔物は人間の言葉で話しました。
言葉が話せる魔物ですって・・・!?
「わ、私は勇者グリモア!困っている町の人の願いを聞き、お前を倒しに来た!!相手をするのは私ではないがっ!!!」
『勇者だと・・・!?』
勇者と聞いた魔物は、ひときわ大きな声でギャース!と鳴きます。
地を揺るがすようなその声に、私は一瞬で恐れをなしその場で腰を抜かしてしまいました。
「グリモア!!」
庇う様にリリックとゼイファーが私の前に立ち、厳しい表情で武器を構えます。
『勇者!!ようやく勇者がここに来たか!!待ちくたびれたぞ勇者よ!!』
そう言って口から炎でも出すのか、大きく開いた口の奥が光ります。
まばゆい光。
目を開けていられない!!
ダメだ、やられる!!
そう思い咄嗟に頭を抱えてしゃがみました。
が。
『・・・はい、お疲れさま。よくぞここまで来なすった』
そう言って口から現れたのは、湯気の立ったコーヒーカップでした。
「・・・は?」
突然の事に、呆気にとられる私達。
それを気にする事なく、目の前の魔物は先程までの迫力はどこへやら、穏やかな表情で私達の前にあるものを差し出しました。
『淹れたてのコーヒーだよー。疲れたでしょう?これでも飲んで落ち着いて』
デカい手で、私達にコーヒーカップを渡す魔物。
淹れたてって・・・。
口から出てきたやつ・・・。
どこで淹れたのよ、これ・・・。
飲むのを渋っていた私でしたが、残りの2人はお言葉に甘えてと言わんばかりに、普通に飲んでいます。
あれ?さっきの戦闘態勢は?
さっきまでの勢いはどこに!?
「っていうか、飲んでるし!!」
「中々美味いぞ、渋みと酸味の調和が素晴らしい。煙草が吸いたくなるな」
「これはどこ産の豆を使っているのでしょう?こんなに味に深みがあるコーヒーを飲んだのは初めてだ・・・!」
ちょ、ちょっとなんなのこいつら・・・。
なんで平気で飲めるの!!
色んな意味でドン引きしている私に、目の前の魔物はニコニコとしながら語りかけてきました。
『さて今のうちに言っとくが、私は魔物ではない。―――神竜だ』
「し・・・神竜?」
『そう、神竜。神、いわゆるゴッド』
いわゆるゴッドじゃないよ・・・。
何年前の流行を持ち出してんだ、コイツは。
「・・・で?神竜なるお方がなぜこのようなところに?」
『いや、なんとなく?ここにいれば来るかなーと思って』
・・・脱力。
そんな下らない事で人々を困らせてたって・・・。
「私達が来る前に、色んな人が倒しに来ませんでした?」
『ああ、いっぱい来たねー。でもひと鳴きしたらみんな逃げてったよ?』
・・・逃げたのか・・・。
なんとまあ度胸のない奴らなんだ・・・。
「あなたのせいで町の人が嘆いてますよ、水がないって」
『そうだよね。反省してます、そこは』
テヘ☆じゃないって!
手で頭を叩いてやっちゃったーみたいなポーズをとるな、神竜よ!
「・・・で?どうして勇者を待っていた?なんか理由があるんだろ?」
ゼイファーは煙草に火をつけながら、神竜に問いました。
テヘのポーズから、いきなり真面目な顔へと変化する神竜。
『では本題に入ろうか。ここで私が勇者を待っていたのは、魔王の住む城、その扉を開ける呪文を伝授するためだ』
「魔王の城の・・・?」
『・・・ああ。魔王の城には強力な結界が張ってあってな、生半可な力では開けることは出来ん。・・・だが、ある呪文を唱えればその扉は開かれる』
「・・・で?その呪文は?」
ごくり、と息を飲みます。
神竜は思いっきり言葉を溜め、そして口を開きました。
『古より伝わる神の呪文、邪悪な力を消し去るもの、「びびでばびでぶー」・・・』
び・・・。
私達の間に、少しの硬直時間が流れます。
「び、びびで、ばびでぶー・・・?」
『・・・そうだ』
し、真剣な顔で言った言葉が、びびでばびでぶー・・・?
どこかで聞いた夢の世界の言葉。
い、いやそれより呪文のネーミングセンスが・・・。
「・・・その言葉を唱えれば、魔王のいる場所へといけるのですね?」
ちょっとリリック!
そんな真剣な顔で聞き流すなって!
突っ込んで、その呪文のセンスのなさを!!
『だいじょうブイ!』
だいじょうブイ!じゃない!!
両手でピースを作るな!そんなお茶らけたシーンじゃないぞここは!!
『・・・私が伝えたいことはそれだけだ。では健闘を祈る勇者よ』
真剣な顔に戻りそう言うと、大きな翼を広げ空高く舞い上がって行かれました。
・・・ってそれだけ!?
それだけなのかよ!!!
「・・・行ってしまわれた・・・」
「びびでばびでぶー・・・か。覚えとけよ?グリモア」
「忘れるわけないでしょう・・・。って本当にこの言葉で結界を破れるのか、そっちのほうが不安です」
空へ吸い込まれるように小さくなる神竜を、呆然と見つめている私達。
やがて神竜が飛び立ち塞がるものがなくなると、止まっていた水がぶわりと溢れ出していきました。
「ちょ、ちょっと!水!!水が出た!!」
「おお!やったな!これであの町も安泰だ」
「・・・戻りましょうか。もうここには用はない」
こうして私達は町へと戻ったのでした。
○○○○○○
「よくやったなぁ!勇者さまよ!!これでこの町も活気が戻るぜ!!」
干からびた川に水が戻り、町の人々は両手を上げながら喜んでいます。
酒場の店主は約束通り、ただでノンアルカクテルを作ってくれました。
甘酸っぱい果実のカクテルでした。
「っかー、うめえ!身体を動かした後の酒はたまんねえな!」
ゼイファーはビールを一気に飲み干すと、仕事終わりのオヤジのようなセリフを吐きます。
リリックはと言うと、ワイングラスを片手に持ち、くるくると液体を揺らしながら上品に飲んでおりました。
・・・中身はただのぶどうジュースだと言うのに。
何はともあれ、解決して良かったとホッとしました。
しかし、びびでばびでぶー・・・。
本当に、大丈夫なのでしょうか・・・。
この先の旅がますます不安になったのは、過言ではありません。
おや、誰かが来たようだ・・・