勇者、達は北へと旅を続ける。
魔王がいるとされる場所に向かって、ひたすら北へと旅をしています。
今日は野宿。
有無も言わさずテントをふたつ出してもらい、ひとつは私、もうひとつはリリックとゼイファー。
あのケダモノ達と一緒になんて寝られるわけない!
しっかりとテントの入口を閉めて、就寝しておりました。
・・・朝。
やけに身体が温かい。
あらやだ、こんな温かな布団にくるまって寝ていたのかしら?
というか、誰かに包まれているような、そんな安心感。
・・・気持ちいい。
こんなに安心して眠れるなんて、いつぶりなんだろう・・・。
・・・って。
「―――はっ!!」
ばちっと目を開けると、目の前にはリリックの顔。
化粧も何もしていないのに睫毛が長くバサバサで、毛穴が見えないくらいの透き通った肌に、すっと伸びた鼻、そしてぷるっとした唇がやたらと色っぽくて・・・。
ちくしょう、私負けてる!
まだ十代なのに、この違いは何だ!スキンケアの有無か!?育ちの違いか!?
どっちにしろ神様は不公平だぞ!?
・・・じゃなくて!
「ぎゃああああああ!!!」
悲鳴に近い声を上げ、寝ていたリリックを突き飛ばします。
なぜいる!!なぜ隣に寝ている!!
「ぐあ・・・。な、何するんですか・・・」
「それはこっちのセリフです!!なんで一緒に寝ているんですか!!リリックはゼイファーと寝ているはずでしょう!?」
眉間に皺を寄せ鬼の形相を浮かべながら、私は怒鳴りました。
そして思わず自分の身体を確認してしまいます。
もしかして襲われていたりしたら、もうお嫁にいけない!!
一通り見てとりあえず服の乱れもなく、特異すべきところはありませんでした。
その事にホッとします。
リリックは突き飛ばされたダメージをほとんど気にせず、頭をぽりぽりと掻きながら少し掠れた声で話しました。
「だってゼイファーの鼾が酷くて眠れなかったんですよ。だから仕方なくこちらで寝た次第です」
「だったらもうひとつテントを出して寝たらいいじゃないですかっ!!わざわざ私の隣で寝るなこのケダモノっ!!」
「ケダモノなんて失礼な・・・。どうせあなたは私の妻になるのですから、一緒に寝たっていいじゃないですか、減るもんじゃなし」
「減る!!ライフが減るんだっ!それにリリックとは結婚しないって言っているでしょう!?」
まだ言うかそれを!
いい加減諦めやがれ!!
「ふぁああ、なんだ騒がしいな・・・って、なんでふたりで同じテントにいるんだよ!」
私達の大声で目が覚めたのか、ゼイファーはあくびをしながらこのテントへとやってきます。
そして私達を見て血相を変え、そう声を荒げました。
「おはようございます、ゼイファー。あなたの鼾が凄くてこっちでグリモアと一緒に寝ていたんですよ。しかしあの鼾ちょっと異常ですよ?鼻が悪いんじゃないですか?病院に行った方がいいのでは?」
「てめえ、なに抜け駆けしてんだ!・・・で、どうだったんだ?」
「あなたに言う事はなにもありませんが・・・。まあひとつ言うなら少し貧相かな、と。もう少し肉付きがあった方が寝心地はいいですかね」
「なんてこと喋ってんだお前ら!!!」
ふんだ、貧相で悪かったね!
鼻息を荒くしながら、私は飛び出すように外へと出ました。
外はとてもいい天気。風がそよそよと心地よく吹いております。
ぐうう、と腹の虫が鳴き、夜に焚いて燻っていた火をまたおこし、町であらかじめ買っていた肉を焼き。
赤い肉がてらっと光る茶色に変化していくにつれて、辺りにいい匂いが充満します。
「ああ、いい香り・・・」
思えばこうやって旅をしてからの方が、まともに食事をしているような気がします。
町から出られなかった時は借金を返すのに精一杯で、酷い時には水で飢えを凌いでいたくらいですから。
こんがりと焼けた肉を豪快に頬張りながら、自分の身体を改めて見下ろしました。
・・・貧相。
うん、その通り。
「食べてやろ、全部」
こうして、固まり肉をまるまる食べ満腹になった私は、食べられずに不満を漏らす二人をよそにまた歩みを進めたのでした。
別に一食食べなくても死にやしないでしょ。
こっちは貧相って言われてんだからさ、食べてメリハリのある身体になってやる!
一面鮮やかな緑が広がる草原。
こんなにのどかな風景なのに、襲う魔物たち。
この風景には全く似合わない、おどろおどろしい形の物体が襲ってきます。
「おでましか、雑魚ども!」
ゼイファーは大きな金槌をぶん回し、魔物はぶっ飛んで空の彼方へ。
「木っ端微塵に消えて無くなれ!おぞましい魔物め!」
リリックの持つ杖の先端から閃光が走り、その途端に魔物は跡形もなく消え。
なんだかんだで、息の合うふたり。
いいコンビネーションですねぇ。
私ですか?
もちろん、みをまもる!みをまもる!そしてひろう!
この戦闘に私の出る幕なんてありませんよ。
勇者は身を挺して自身を守る!勇者がいてこその、このパーティーですからね!
「お疲れ様でした、おふたりさん」
戦闘を終えたふたりへ、拍手をしながらねぎらいます。
「・・・本当に何もしない人ですね。まあ、下手に手を出してケガでもされたら困りますから、別にいいですけど」
「何言ってんですか。ちゃんとやることはやってますよ。ほら、今だってお金とアイテムの回収に余念がない」
じゃらりと袋に入れたお金と、魔物が隠し持っていた薬草などのアイテムを見せつける私です。
「薬草すげえ溜まってんな。もう拾う必要なんてないんじゃないか?」
「念には念を、ですよ。いつ私の身に何が起こるかわかりませんから」
そう言いつつも、薬草の入った袋は数えて3つ。それもパンパンに入っているっていう・・・。
持ちすぎか?いやでも、少しでも傷が出来たら使えるし・・・。
「・・・根っからの貧乏性ですね」
「・・・うるさいよ、成金にはこの気持ちが分からないんだ!」
そんなこんな話をしていると、突然ゼイファーの叫ぶ声。
「―――危ねえ!!!」
その声に咄嗟に空を見上げると、鋭い刃が私を目掛けて降ってきます!!
「!!!」
アカン!絶体絶命!!
目をギュッと瞑り、死んでしまう、さよなら!と覚悟した時。
キン!という何かが当たる甲高い音と共に、私の前に覆いかぶさる物体。
そして、どさり、と地面に倒れこみました。
どうやら覆いかぶさった物体によって、私にダメージはありませんでしたが、ぽたりと私の顔に生暖かい液体が落ちてきます。
恐る恐る目を開けると、目の前にはリリック。
魔法とリリックの身体で私を守ってくれたようでしたが、一部避けきれなかったのか頬の部分が落ちてきたその刃で切れ、そこから血が滴り落ちていました。
「り、リリック・・・!!」
「大丈夫ですか?グリモア」
顔を少し歪め痛みに耐えながらもリリックは、私に気遣う言葉を掛けてくれます。
こんなに綺麗な顔に傷が・・・!!
私の為に・・・!
「クソ!誰だ!!出てきやがれ!!」
ゼイファーは金槌を構えそう叫びますが、辺りを見回しても誰もいませんでした。
「血が・・・」
「このくらい平気です。それよりもあなたが何事もなくてよかった」
そう言うと、リリックは安心したように微笑みました。
その笑みに思わずドキッとしてしまう私。
うわ、この近距離でその笑みは反則!!
しかもこの体勢じゃ逃げられない!!
顔が熱くなって、思わず目を背けてしまいました。
「どうしたんです?グリモア。顔が赤いですよ?」
「り、リリックの血のせいでしょ!?それよりも早くどいて、治療をっ・・・!」
「ふふっ、可愛いなぁ・・・」
目を背けている間に、リリックの吐息がやけに顔にかかって。
目線を戻すと今にも唇が触れそうなくらいの位置に、リリックの顔がありました。
・・・ってこれはマズい!
私のファーストキスが!私のお初がこんなケダモノに奪われてしまう!!
そう思った時でした。
「・・・なあにやってんだよ、このムッツリスケベが」
やけに低い声に、リリックはハッと我に返り・・・。
・・・が時すでに遅し。
ばこーん
リリックは飛んでいきました。
―――その後、大量にあった薬草が役に立ったのは言うまでもありません。




