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「よう」

「ああ、桧並」


 桧並が言う所のあのクソ映画の日を境にお互いを認識した事で、美恵の視界には今まで気付かなかった桧並の姿がよく映るようになった。周りの人間に興味がなかった為、ろくに人の顔を注意して見る事をしていなかったので、おそらく今までに何度もすれ違っていたのだろうが。

 かと言って多くを話す機会はなかった。すれ違う度に軽く挨拶を交わす程度でそれ以上の深入りはなかった。だが、会う度桧並はあの不器用な笑顔を見せてくれた。そこには、「くだらない毎日はお互い大変だな」といった意味合いが含まれていそうで、美恵も「本当にくだらないね」と同じく苦笑じみた笑顔で返した。

 不思議な感覚だった。どこかで捨て去った信頼やら友情やらと言った反吐の出るような感情に近いものが自分の中に再び湧き上がっているように思えた。前までならそんなものが自分の中に少しでも顔を見せた瞬間に踏みにじっていたものが、今はそうではなかった。


「あ! 美恵ちゃん!」


 もう一人、あの日を境に目につく存在があった。


「千里ちゃん」


 満面の笑顔で手を振る千里に、美恵は軽く手を振りかえす。制服姿の千里の姿はやはり幼く、とても高校生には見えず、頑張っても中学1年生ぐらいにしか見えなかった。

 この世の何も疑っていなそうな明るさが全身から溢れていた。美恵にとって、典型的に苦手なタイプだった。


「あのね、この前ひなちゃんと歩いてたら、たまたますっごくオシャレでおいしいデザートの店見つけちゃったんですよ! それでね――」


 千里はおしゃべりで会えばいつも何かしら話してきた。特に興味もないので適当な相槌でかわしてはいたが、正直鬱陶しさを覚えるレベルだった。

 千里自身の存在はどうでも良かった。ただ、千里の話を聞いている限り、桧並との間にはそれなりの親交があるように窺えた。それがとても不思議だった。桧並はどちらかと言えば美恵と同じ側の人間だろう。だったら、千里と一緒にいる事に苦痛を覚えそうなものに。千里に対して持っている興味があるとすればただその一点だった。




「帰りか?」


 下駄箱で外靴に履き替えようとしていた所に不意に声をかけられた。

 目を向けるとそこにいたのは桧並だった。

 

「うん。桧並も?」

「ああ。一人なら一緒に帰らないか? 今日はもう人間と話すのに疲れたってならやめておくけど」

「桧並なら大丈夫だよ」

「私は人外って事か。悪くないね」


 美恵と桧並は揃って校門を後にした。

 えみり達のいつものかしましい騒音のような言葉の応酬はなく、穏やかで静かな時間と共に通学路を通っていく。

 

「毎日大変だな。笑顔をつくるのも」

「ほんとに」

 

 すれ違う度に交わすお互いの本心の笑顔と貼りつけた仮面の笑顔。

 桧並との会話は言葉少なながら、どうでもいい話題にはない、心にちゃんと入り込む言葉達だった。無駄などどこにもない。同類の存在だからこそ通じるもの。美恵にとってそれはこの高校、いや、今後多分得る事などないと思っていた心地良さだった。

 

「ところでさ」

「何だ?」

「千里ちゃんと桧並って、どういう関係なの?」


 心地良さに浸って忘れかけていたが、疑問を解消するには願ってもない機会だった。


「ああ、あれか。おかしく見える?」

「とてもないじゃないけど、わたしは一番関わりたくないタイプ」

「だろうね」


 桧並はふふっと笑い、あれはな、と美恵の疑問に回答する。


「腐れ縁なんだ。小さい頃からずっと知ってる」

「幼馴染的なやつね」

「そ。まあだからってあたしもちょっと苦手なんだけどな」

「なんだ、やっぱりそうなんじゃない」

「でも、無下には出来ない」

「なんでよ?」

「あいつはすぐに、自分を殺したがるから」

「え……?」


 今日は昨日より寒いねなんて会話の調子で急に飛び込んできた物騒な言葉に美恵は驚きを隠せなかった。


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