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(1)

 女子高と呼ばれる空間を花園やら聖域、神聖な夢の楽園などという救いようのない理想。煌びやかな女子達がお上品に、華麗に、それでいて可愛らしさを余すことなく舞い踊らせるなんてありえない日常。

 思春期の無知な同年代の男子達はおそらく、そんな素敵で愚かな妄想を描いて人生を無駄にしているだろうが、実際はそっくりそのまま全てが対極で、現実を知れば、そんな誇大妄想を描く男子達など泡を吹いて卒倒するような世界こそが女子高という閉鎖空間なのだ。少なくとも、香椎美恵かしいみえにとってはそうだった。

 義務教育で中学までは共学の世界でしか過ごしてこなかった美恵は、高校にして男子のいない世界に身を置く事を決めた。

 大した理由はない。女子高を選んだのは、馬鹿な男子達を見るのにほとほと呆れ疲れ果てたからで、その中で一ノ瀬高校を選んだのは最も距離が近かったからだ。

 偏差値的にもそこまで苦労するようなものではなかったので、普段の学習レベルで受験勉強に特に精を出す必要もなくすんなりと入学が決まった。



 新しい生活が始まる事を前に、誰しもが少なからずの緊張を抱いているように美恵には映った。

 割り振られた1-Aのクラスに足を踏み入れ、指定の座席に腰を下ろした瞬間ようやく、ああ、また始まるんだなという気怠さが足元から全身を覆い始めた。


 初対面に囲まれた生徒達は、早速自分の居場所を見つけるための友達作りを始めた。

 滑稽だな、なんて思いながらも、距離を窺いながら周りとの当たり障りのない友達関係を演出する事にした。それは決して本心をみせる事のない、うわべだけの関係性。


 そして滞りなく日常が流れていく。

 話題はある程度決まっている。

 流行りのドラマやアイドルやラブソング。

 どこに居ても一緒。

 誰しもが流行りという名の先行者に振り落とされないように必死だった。

 そんな話題にも美恵は適当に順応する。

 少し耳をそばだてておけば、今の流れを理解するのはたやすい。


 ――何がそんなに楽しいんだろう。



 どこでこうも擦れてしまったのだろう。

 周りのやりとりが無味で不毛で、ひどく愚かしく見えるようになったのはいつからだろう。

 そんな心の暗雲とは裏腹に、美恵は現実世界でその他大勢として振舞う事を選んだ。

 それが美恵にとって心地よかったからだ。

 くだらないと思いながらも、そんな世界を難なくこなしている自分をどこかで気に入っていた。

 周りに染まっているようで、その全てを見下ろしている感覚。

 いつしかそんな黒く淀んだ感情を当たり前のように持ち歩いて、一ノ瀬での一年間は過ぎ去った。





「美恵、明日ひまー? 暇だったらコイカノ観に行こうよー」


 だらしない口調がよく映える痛んだ金髪と瞳を何倍も大きくするのに必死な濃いメイクが美恵に口を向ける。


「コイカノ? ああー、未来君が主演のやつ? 好きだねーえみり」

「いやいや、あれは見ないとだめっしょ」


 あんな一辺倒な恋愛ものの何がいいんだ、なんて毒はもちろん零さない。

 まるで興味はないが、イケメンの男子高校生とその男子に恋したお嬢様育ちの女子が繰り広げるドタバタ学園恋愛コメディーという、コンスタントに排出されるまたか、と思わざるを得ないコイカノという映画が今同年代の女子の中で絶大的な人気を博している。

 その要因の一つとなっているのが今作で主演をつとめる結城未来ゆうきみらいという今注目の若手俳優の存在だ。美恵からすれば良くも悪くもどこにでもいそうな今時のイケメン顔だなという程度の印象だが、えみりを始めとする世の女子達は彼が笑うだけで簡単に幸せを感じる事が出来るらしい。


「どうせする事ないし、いいよ」

「オッケー。レイトショーだけどいいよね?」

「いいよ、その方が安いし」

「じゃあじゃあまた連絡すっから」


 えみりが背を向けた瞬間に、美恵は笑顔をすっと引っ込める。


 ――めんどくさ。


 一見平和に見えるやり取りも、ないがしろにすると更なる災厄にみまわれる引き金にもなりかねない。事この女性だけの異質な環境においてそういった小さな積み重ねがいかに大事かという事は、入学してすぐに分かった。

 孤立はある種の「死」といっても過言ではない。どこにも属せないあぶれ者に人権はなく、存在意義を失くす。


「さきー、来週の宿題お願いねー」

 

 えみりのあのだらしない声が教室の端で聞こえる。

 ここで生きていく上で絶対必要条件の流行りに置き去りに去れ、二度と乗車する事を拒否された、野暮ったい三つ編み姿の女子が席で縮こまりながら、えみり達に囲まれていた。

 

 ――私は、絶対あんな風にはならない。


 この世界をうまく歩む為にも、くだらない現実を、美恵は今日も高みから見下ろす。


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