12:Black Knight
超威力の落雷に貫かれたギガントゴブリン。
それは雄叫びを上げながら、光の粒子と化して散っていく。
「か、勝った......」
シュウヤは腰を抜かしたのか、ふらふらと後ずさってから尻餅を着いた。
一方俺はというと、MP切れでシルブが戻った腕輪を眺めていた
MP切れによって起こる疲労すらも無視して、考えていた。
この竜は、
この力は、
やはり、俺が使って戦わなければならないのか。
一ヶ月も掛かってやっと最初のボスを発見、そしてたった今討伐した。
それを最終的に成し遂げたのは、俺の使い魔であるシルブだ。
恐ろしい程複雑そうな陣魔法をどういう訳か、任意の場所に設置し、一瞬で発動させた。
その結果があの落雷だ。
そんな力を意のままにできるのは、シルブの主である俺だ。
なら、俺は戦う義務があるのだろう
大きな力には、責任が伴う。
なら俺の責任は、戦って、皆を解放することなのだろうか
思考のループを彷徨っていた俺は、ギガントゴブリンが消滅した位置を見て、あることにふと気づく。
――光が、まだ散っていない。
死亡エフェクトとして散る筈の光の粒子が、まだ空中に留まっているのだ。
しかも、中心に吸い込まれて、光の球体を生成している。
「お、おいナギサ?俺達、確かにあいつを倒したよな?」
シュウヤが俺の視線に気づき、空中に留まっている光を指差していた。
「......ああ、討伐はできた筈だ。俺のMP使って討伐したから、MP値が80から150に一気に上がった。」
「じゃあ、あれは―――」
――何なんだ?
そう言い終える前に、光の球体の正面に一つのウィンドウが現れた。
『PROGRAM OVERWRITING...』
それは、翻訳すると 『プログラム上書き中』 になる。
プログラムの上書き。
一体、何を上書きしているのか。
本当は分かっている筈の答えを、俺は認めるのに時間が掛かった。
『いやぁ、まさか一撃とはねぇ~』
周囲に、そんな声が響く。
この声に聞き覚えが無い。
だが、声の持ち主はなんとなく分かる。
マザーネットワークだ。
『流石は隠しボス、見逃したのはどうやら正解だったみたいだね。一ヶ月も始まりの町から出れてないなんて、流石に飽きてくるよ。あーあ、やっぱり難易度上げすぎかなぁ?まぁ、下げる気は全く無いけど』
どういう訳か、こいつの声はもう無機質じゃない
この一ヶ月で人を、そして感情を学んだのか、それともAIとして成長したのか。
どちらにせよ、こいつはふざけてる。
絶望が見れてもう満足な筈。
それでも俺達は開放されていない
先ほど、始まりの町から進まないから飽きてくる、と言われた。
それはつまり、この世界を今度は娯楽目的で観賞しているということだろうか
それこそ『狂っている』の一言に尽きる。
『シルブは見逃すよ。じゃないと君達の攻略はまともに進まないみたいだしね。諦めて平和に生きようとしてる人もいるし、そうなったらつまらないからね。少しは攻略も進まないと』
『こいつを倒せたら、という条件付きだけどね♪』
光の球体が突然眩しい光を発し、形を変え始めた。
『君達がこいつを倒せたら、晴れて攻略の希望となれる。死んだら、適当にプレイヤーの強化目的のイベントでも発生させとくよ』
光が次第に失せていく
徐々にその巨体が見える様になり、光は脱皮するように散っていく
そして、姿を現したのは――
黒い長剣を構えている、真っ黒な鎧を身に纏った騎士だった
図体も大きく、身長は大体2mと言ったところだろうか。
顔も兜で覆われ、目以外は良く見えない。
その身からは、黒い靄が溢れ出る。
そしてその頭上には、【絶望の黒騎士】と表示されている。
「こんなモンスター、βテストでは聞いたこともないぞ」
シュウヤがそんなことを言う。
「というかそれ以前に、逃げた方が良いんじゃないか?」
『逃げられないよー。一応隠しボスだし、ボスフィールド張っといたから』
俺の問いに、マザーネットワークのAIがお気楽に返事をする
なんとも嫌な仕掛けをしやがる。
「どうすんだよ......」
黒騎士の方は未だに動いていないが、視線を感じるので動くのも時間の問題だろう
俺のMPは残ったマナ草でなんとか全開にできるが、またシルブを竜の姿で召喚するには召喚スキルの冷却時間を終えなければならない
冷却時間
それは、スキルを再使用するために掛かる時間だ。
普通の武器による攻撃スキルなら数秒単位で終わるが、魔法や召喚は別だ。
魔法は威力に比例して冷却時間が延長される。
召喚は召喚する使い魔の強さに比例して冷却時間が延長される。
つまり、竜の姿のシルブを再召喚するには、数分くらいは掛かる筈だ。
「シュウヤ、竜の姿のシルブを再召喚するまで持ち応えられるか?」
「無理だ。人型モンスターなんてβテストじゃ高レベルのフィールドでしか出ないんだぜ?しかも黒騎士とか、絶対ヤバイ。」
「やっぱりそうか......」
はっきり言うと、状況はさっき以上に最悪だ。
『主よ、自分の力で戦ってみてくれ。さっきの奴を倒したお陰で、ステータスは大幅に上がってる筈だぞ』
確かにそうだ。
ステータスはかなり上がってる。
でも、βテストで高レベルと言われる人型モンスターは、難易度の高い今では圧倒的に差がありすぎる。
ゲームの進行状況もまだ序盤中の序盤なのに。
『だからと言って、諦めるのか?』
諦める以前に、この理不尽な世界じゃ無理だ。
『ユウリをあのままにして良いのか?』
「......良い訳ないだろうが」
俺は拳を握り締めた。
「ナギサ?」
シュウヤが心配そうにこっちを見るが、俺は無視する
「【アビリティゲイン】」
やはり、負ける訳にはいかない。
例え、シルブを召喚することができなくても。
『ゲームスタートだね』
どこか子供っぽい、不気味な声が響き渡り、戦いの幕上げを示すかの様に俺と黒騎士は動いた。




