先に真実の愛を見つけて下さって本当にありがとうございます
「だ、だ、誰だ!! その男は!?」
「あら殿下……」
きらびやかなパーティー会場。そこに場違いな大声で叫んだのは、他でもないこの国の第三王子クリフ殿下だった。
「なぜ貴様が婚約者の僕以外といるんだ!! 説明しろエレノア・クリーニ」
「なぜって——」
その問いにわたくしは首を傾げながら答える。
「それは当然わたくしとクリフ殿下との婚約が、とっくに解消されたからですが……」
「な!?」
随分と驚いた様子のクリフ殿下は、その動揺のまま更にこう続けた。
「そ、そ、そんな馬鹿な話があるはずないだろう、僕からの愛が得られないからとついに気が触れたか!!」
「そんな方法で気を引こうとするなんてエレノア様かわいそぉ、私みたいにクリフ様と愛し合ってないからって」
そんな王子の隣から顔を出したのは、可愛らしい栗色の髪の令嬢。クリフ殿下が前々から真実の愛の相手だと公言して、正式な婚約者だったわたくしの代わりに連れ回している子爵令嬢のマリアだった。
「ああ、そうだ、マリアとは真実の愛で結ばれている、だからどんな卑怯な手を使っても引き裂くことなど出来ないぞ!!」
「いえいえ、引き裂くなんて滅相もない……むしろ、お二人から度々聞いていた、真実の愛というものに遅ればせながら深く感銘を受けた次第ですわ」
「え」
クリフ殿下は予想外のことに弱いらしく、そこでまた固まってしまった。だからわたくしはそれに構わず、自分の隣に立つ素敵な婚約者を見ながら言葉を続ける。
「何しろ、こちらのカイト様と結ばれることが出来たのも、全てはお二人の真実の愛のお陰なんですもの」
「ああ本当に、私もクリフ王子には心から感謝しているよ」
「は、え? い、一体何を言ってるんだ……!!」
すっかり混乱した様子のクリフ殿下に、マリア様は「クリフ様ぁしっかりしてください~」と縋りついている。
「クリフ殿下にご理解頂くのが難しいようなので、僭越ながらカイト様とわたくしが結ばれた経緯についてご説明いたしますね」
すっかり会場の注目の的となり、わたくし達に集まっている視線へ、ややはにかむような笑顔を向けつつ口を開く。
「皆様の前でお話するのは、少し気恥ずかしいのですがね——」
・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。
そう、あの日わたくしは、未来の王子妃として一人で公務に向かっておりました。何故ならば、第三王子のクリフ殿下が真実の愛を深めるために、公務に参加されなかったためです。まぁそれも真実の愛の前では致し方ないこと。
そう諦めて、海を超えた先にあるミーウ帝国へと向かっておりましたが……。
「ヒャッハー!積み荷を寄越しな!!」
「めぼしい金目のものを全部寄越しやがれー!!」
なんと不運にも、我々の船は海賊の襲撃を受けてしまったのです。
「エレノア様、早くこちらへ!!」
「ええ……」
わたくしは従者から促されるまま、逃げようとしましたが……。
「うぇーんー!!」
途中で逃げ遅れた子供を見つめてしまい、逃げるのとは真反対のそちらへ向かってしまったのです。遠くでわたくしのことを呼ぶ声がしましたが、その時にはもうその子供の近くまで辿り着いておりました。
「ほら、立てる? 一緒に逃げましょう」
「うぅぅ……ひぐっ」
「おいおいおいおい」
声のした方を見ると、海賊がニヤニヤと笑いながらコチラへ歩いて来ております。
「こんな所に面白そうなものがあるぞ~ 特にこの女、身分が高そうだから人質に使えそうだ、あひゃひゃ」
「こ、来ないで……!!」
咄嗟に私は子供のことを庇うように、海賊たちの前へと出ました。
「あはは!! そう言われて聞くわきゃねぇだろ、身分の高い奴ってのは、自分が言えばなんでも通ると思ってるのかぁ? あ!?」
海賊が凄むと、後ろにいた子供は恐ろしかったのか。大きな声で泣き出してしまいました。
「うるせぇな!? ……子供の方はいらねぇから殺すか」
そう言いながら海賊が銃を構えたため、わたくしはいよいよダメかと身を固くしたところ。
——パーンッ!!
海賊の男が発砲するよりも早く、発砲音が辺りに響き渡りました。
「うぐっ!?」
今撃たれたのは銃を構えていた腕だったようで、海賊は持っていた銃を落とします。
「ああ間に合ってよかった、無事かい勇敢なレディ?」
「……あ、貴方様は」
そう、そうしてわたくしの目の前に現れたのこそ——
「ミーウ帝国海軍大佐にして、第二皇子カイト・ミーウです。貴女のような美しく心優しい女性を守れることが出来て光栄に思います」
「皇子殿下なんですか!?」
「ええ、その通りです……もっとゆっくりお話をしたいのですが、こちらの船は完全に安全が確保されておりません。ですので——」
「何が皇子だ、舐めやがってぇ!!」
「か、カイト様ぁ!?」
——パーンッ!!
背後から襲い掛かってきた海賊を、振り返りもせずに仕留めたカイト様。彼は何もなかったかのように会話を続けつつ、笑顔でわたくしに手を差し伸べた。
「十分な安全が確保された、我が軍の軍艦にお越しください。もちろん、そちらの坊やも一緒にね」
「は、はい……」
こんなに胸がドキドキするのは恐怖のせいなのか、それとも……当時のわたくしには答えを出すことが出来ませんでした。
#
その後、我々は無事にミーウ帝国に到着し、公務に励むことになったのですが……。
意外にもカイト様との接点が多く、いつの間にかわたくしたちは随分と親しくなっておりました。
だからでしょうか、わたしくしはクリフ殿下のこと聞かれた際に、ついうっかりこんな事をこぼしてしまったのです。
「実は婚約者のクリフ殿下には、わたくしとは別に真実の愛を交わす女性がいらっしゃるんですよ……だからわたくしの扱いはあまり……」
「……」
「ああ、わたくしにも、そんな相手が居ればよかったのに……」
そこまで言ってハッとしたわたくしは、慌ててカイト様に「忘れて欲しい」と頼もうとしましたが、それより先にカイト様のお手が優しくわたくしの手を包みました。
「か、カイト様?」
「エレノア嬢」
「は、はい」
「実は私は、子供を守ろうする気高いの姿を目にしたその瞬間から、貴女に惹かれておりました」
「ま、ま、待ってください。気の迷いから、このような話をしてしまいましたが、わたくしには婚約者が」
「だからこそ言いたいのです……!!」
カイト様の真剣な表情に、わたくしは思わず口を閉じてしまいました。
「貴女のしがらみが無くなったその時、自分の想いに答えて下さる気があるのであれば——」
甘く切ない表情で、彼は跪きながらわたくしに手を差し出します。
「私がこの手で、我々の関係を運命の恋人にして見せましょう……お許しを頂けますか?」
わたくしは戸惑いながらもカイト様の想いに深く感動し、そっとその手を取りました。
・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。
「そうして私は、エレノアの帰国と同時に王国までやってきて、国王陛下に直接掛け合ったんだよ」
話を引き継いだカイト様は、わたくしの肩を抱きながら晴れやかな笑顔で語ります。
「真実の愛を見つけた婚約者を持つエレノア、彼女と私の出会いは、まさに運命だったとね」
「アレは、わたくしも聞いてて恥ずかしくなってしまう程の熱弁でしたね……」
頬を赤らめながら、わたくしもそっとカイト様へと身を寄せる。
「だが既に固まってた婚約を覆すことに、流石の国王陛下も頑なだったよ」
「ええ、当然の話ですよね……」
「だが最終的に我が国との港の相互利用協定を条件にしたことで、無事了承が得られたのさ」
「両国の関係性にとって歴史的な協定ですよね。凄すぎて自分事とは思えないほどに……皇帝陛下の説得も大変だったのでしょう?」
「エレノアへの想いに比べたら大したことはないよ。他でもない君が、私に国や歴史を動かす程の強い想いをくれたんだ」
「カイト様……」
「待て待て待て!! こっちが黙っていれば、僕の婚約者といちゃつくな!?」
「おや、今の話を聞いていなかったのかい? 貴公と私のエレノアとの婚約は、国王陛下の許可の元とっくに無くなっているのだよ」
「僕はそんな話聞いてないぞ!!」
大声でそう叫ぶクリフ殿下にわたくしは「あ」と声を漏らす。
「もしかしてクリフ殿下は、数か月前に渡された封筒を開けてないのでは? 婚約解消に関する通知は、確か書面で殿下の執務室に届いている筈なので……」
彼の顔色がみるみるうちに悪くなり、先程までとは比べ物にならない小さな声でぼそぼそ喋り出した。
「だって……これまではエレノアが、必要な書類は目を通して用意して渡してくれてたし……」
「申し訳ありませんが、わたくしはもう婚約者ではございません。秘書や書記官を雇うなり、ご自身のことはご自身でしっかりして下さいませ」
「……」
クリフ殿下に反論できる部分がなかったのか、そこでむっつりと黙り込んでしまった。
「とにかくお二人が、先に真実の愛を見つけて下さったこと、心から感謝しているんです。それがなければ、わたくしとカイト様も流石に結ばれなかったでしょうから」
「ああ、本当にね」
しばらく静かだったクリフ殿下だったが、彼は急に何かを思い出したのか「え、いや、まて」などと、ぼそぼそ呟きだした。
「そ、それじゃあ。僕がクリーニ公爵家に婿入りして跡を次ぐという話は?」
「当然、婚約が立ち消えになった以上ありませんよ。そもそも婚約が無くなった時点で、こちらも後継者として優秀な遠縁を養子に迎えて、教育を始めている所です」
「……嘘だろ」
「まさか、そんな嘘は付きませんよ殿下」
自分の状況をようやく理解しだしたらしく、クリフ殿下は「ぁぁぁ」とその場に膝をついて絶望しだした。逆にまだ何も分かってないらしいマリアは「そんなことしたら、汚いですよぉ」などと呑気なことを言っている。
「そういうわけで、わたくしたちはこのパーティーを最後に帝国へ渡って帰る予定はございません。ですのでクリフ殿下とマリア様は、そのまま真実の愛を突き通して下さいね」
「私たちの関係を後押ししてくれた立役者だからね、当然応援しているよ」
わたくしとカイト様が揃ってそう言うと、クリフ殿下は明らかに動揺しているものの、マリア様はパァーと笑顔になった。
「あっ、ようやくそう言ってくれるのですね、エレノア様! 皇子様もありがとございますぅ」
「いえいえ」
さて、それじゃあこれで最後ね。今にも余計なことしそうなクリフ殿下が動き出さないうちに、次の行動へと移るわ。
「それでは、愛しき王国の皆々様もごきげんよう~」
そうしてパーティー会場に手を振ると、今までの話に感動して下さったらしい皆様は、盛大な拍手と共に見送って下さいました。
クリフ殿下の口が何やらモゴモゴと動きましたが、ここまで会場の空気を掌握してしまえば最早問題ではありません。
「お疲れ様、エレノア」
会場を後にし、馬車に乗るとここまでエスコートして下さったカイト様が労って下さった。それがじんわり嬉しくて「こちらこそ、ありがとうございます」と心からの笑顔を向ける。
またそれと同時に、今までの疲労がどっと押し寄せて来るのを感じた。ああ、でもようやく終わったのね……。
「これからは私が幸せにするから安心して、君には幸せになる資格がある」
「……本当にありがとうございます」
そうしてわたくしは長年付き合ってきた、愛しくも苦労を掛けられた祖国を後にして、カイト様のミーウ帝国へと旅立ったのでした。
【例のパーティーから数ヶ月後】
「……アレだけの立ち回りをした甲斐はあったわね」
「どうしたんだいエレノア、ん、その新聞は?」
近づいてきたカイト様は、わたくしが持っていたそれを覗き込む。
「あ、真実の愛男じゃん」
「ブッ……!! カイト様、急に変なことを言わないで下さい、お茶をむせちゃうところでしたよ!?」
「ごめんごめん。で、アイツやっぱり見捨てられたか」
「みたいですね」
その記事の内容は、かつてわたくしの婚約者であったクリフ第三王子のこと。
彼はわたくしが居なくなって以降失態を重ね、ついに王族としての資質も疑われて、何もない土地に追い出されることになったらしい。まぁそれでも廃嫡されなかっただけ、マシじゃないかしら? 個人的には、そちらはあくまでオマケだから、どうなろうと別にいいのだけれど。
「それでお相手の方はどうなったの?」
「彼女も田舎には行きたくないって、彼を捨てたみたいですね」
「へぇ彼らの言う真実の愛って、綿毛のように軽いんだね」
「まぁどちらも中身がなく軽くてふわふわですからね、大体同じ性質なのでしょう」
わたくしがそう答えると、カイト様は「確かに」と言いながらクスクスと笑った。
「でもちょっと手ぬるいんじゃないかな? だって私の大切なエレノアをあんなに苦しめていたのに」
「もう良いんですよ、カイト様が手伝ってくれたお陰でわたくしの祖国での評判も無事取り戻せましたから」
そう、この新聞で本当に確認したかったのはわたくしや、クリーニ公爵家の評判の方だったのだ。色々と手を掛けた根回しのお陰で、それも問題なさそうで安心した。
ほっと一息付きながら、わたくしは此処に至るまでの経緯に改めて想いを馳せたのだった。
・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。
クリフ第三王子との婚約中、わたくしは心底疲弊していた。というのも、あの王子は王家の不良債権とでも言うべき存在だったからだ。
我がクリーニ公爵家との婚約も政略以上に、厄介払いという側面の方が強かった。非常に迷惑な話ではあるが、王命である以上そうそう逆らえない。ゆえにクリフ王子には、少しでも素行を良くして貰おうと必死だったが、それがかえってプライドだけは高い王子の神経を逆撫でしたのか、更に素行は悪化させた……。
わたくしにとっては、まさに悪夢のような日々だった。
「皆さんこんにちはぁ、私子爵令嬢のマリアですぅ」
そんな所へ追い打ちを掛けるように現れたのが、頭の軽い子爵令嬢のマリアである。父親に溺愛され、箱入りで世間の常識を知らぬまま育ってしまった彼女は、我が婚約者クリフ王子に惚れてしまう。なんでも物語の王子に彼を重ねたらしい。
「クリフ様ってば素敵、かっこいい~」
「僕もこんなに愛らしい女性を他に知らないよ」
そうして馬鹿王子も、自分より頭が悪く自分のことを持ち上げてくれるマリアのことを気に入った。無事に真実のバカップルの誕生である。
そのまま婚約を見直してくれるというのであれば、わたくしにとっても良い話だったのだが、残念ながらそうはいかなかった。
「……貴様とのことは、王家と結んだ約束だからな」
クリフ王子は馬鹿だったが、この婚約が無くなってしまえば、自分の立場が今までより悪くなる程度の判断は出来たらしく、婚約を維持したまま浮気することを選んだ。最悪だ。
当然、王家に抗議をしたが『婚約者同士の問題なので関与はしない』というふざけた返答が届いた。要するに馬鹿の面倒は、将来の婿入り先であるそっちで見てくれということらしい。
そこで更に図に乗った馬鹿王子は、何を考えたのか堂々と浮気を『真実の愛』などと公言し始めた。正直、ここであの男の頭をかち割ってやりたかったが、悪いことはまだ続く。
「実は密かに思っていたのですが、クリフ殿下とマリア様ってお似合いですよね」
なんとクリフ王子とマリアの関係性が、一部のミーハーな若い貴族の間で、好意的に見られ出したのだ……。
なんでも人気の恋愛小説の設定と似ていたのだとか。
その内容は、性格の悪い悪女との婚約を押し付けられた可哀想な王子が、純粋で可愛らしい主人公と出会い真実の愛に目覚め、幸せになる話らしい。
現実は、頭の悪い王子との婚約を押し付けられた可哀想な令嬢が、毎日その不始末の処理に追われている訳だが、残念ながらそちらには興味がないようだった。
でも、まぁ流石に、これ以上状況が悪くなることはないだろう……半ば諦めのような感情でそう思っていたところ、なんとまだ次があった。
「クリーニ公爵令嬢は、クリフ王子殿下の寵愛を受けるマリア嬢に嫉妬し陰湿な嫌がらせをしている」
「それに引き換え二人の愛は素晴らしい!!」
「だがあんな分別のない王子が婿入りする、クリーニ公爵家に未来はないぞ……」
最悪なことに政敵がバカップルに乗っかる形で、我々の醜聞を広め始めたのである。
わたくしのことは徹底的に悪女とこき下ろし、二人の愛を称え、また別所では愚かな王子と嘲笑し、公爵家の足を徹底的に引っ張ろうとしてきた。
流石にこれは放っておけないと、クリフ殿下に事情を説明し自重を求めたが……。
「この性悪女め!! マリアと僕の関係を邪魔する気だな!?」
あの馬鹿はいつの間にか空気に飲まれ、わたくしを悪女呼ばわりするようになっていた。こうなるともう話にならない。彼は自分の考える正解だけにまっしぐらだ。
王家にも対応を求めたが、前回同様『婚約者同士の問題なので関与はしない』の一点張りで、何もしない姿勢を貫いていた。
ならば流石に馬鹿の有責で婚約をなかったことにしたいと、持ち掛ければ『王家との婚約をそう簡単に無効にはできない』と、それはそれで突っぱねる。
どうやら責任は取りたくないが、ゴミを押し付けることだけはしたいらしい。その返答を聞いた瞬間、この国の王家を滅ぼせないものかと、本気で考えかけたのは自分だけの秘密だ。
こうして我が公爵家の立場は、放っておくと延々と評判を落とし続ける馬鹿王子カップル、それを生き生きと利用する政敵、ゴミを押し付けて知らぬ存ぜぬの王家という、実質的には三勢力の敵を抱えている状況となってしまった。これには、わたくしもお父様も揃って頭を抱えた。
「このままではクリーニ公爵家が色んな意味で終わってしまうわ……何処かに活路を見出さなくては」
やる事ばかりが多く、地獄みたいな毎日だったが、何かしらの案を出さないことにはジリ貧である。そのため、連日睡眠時間を削って、状況をどうにかできないか延々と考えていた。
「ああ、もうすぐミーウ帝国にも行かなきゃいけないのに……」
この時期は丁度ミーウ帝国に公務で行く直前で、そのせいで国内で打てる手が減ることにまた頭を悩ませていた。あの馬鹿王子はどうせ来ないし、自分が居ない間の仕事もロクにしないことは分かり切っているので、そこも上手くやらなければならないのだ。
「いっそ昔言ってたみたいに、ミーウ帝国のカイト様と結婚出来ればな……」
この発言自体は、疲労からくる現実逃避の一種だった。だけど実際、幼少期に交流のあったカイト様から結婚しようと言われたこと自体は事実である。
そういえば、長く連絡をとってないものの、彼には未だ婚約者が居ないと聞いたことがある。
「……帝国の皇子と遥かに好条件かつ国益にかなった婚約を結ぶことが出来るのなら、アイツのことも捨てられるのでは?」
その時の自分はどうかしていたのだろう。子供時代のプロポーズを当てにして、ふらっと他国の皇子に手紙を書いてしまったのだから。
《お久しぶりでございます、カイト様
昔親しくさせて頂いた、クリーニ公爵家のエレノアでございます。
突然ですが、以前して下さったプロポーズのことを覚えていらっしゃいますか?
もしまだアナタ様に決まったお相手が居らず、当時の気持ちが少しでも残っておられるならば、わたくしと婚約して下さいませんか?
今現在、わたくしが結んでいる婚約については、どうにかして破棄しますので……
お返事お待ちしております。》
本当に馬鹿げた内容だった。あの馬鹿王子を馬鹿にできないほど、おかしな内容だ。特に今の婚約をこれから破棄する云々はどうかしている。
普通ならまともな返事も来ないであろう内容なのに、その返事は来た。それも予想外なほど早く。
《久しぶりだねエレノア、手紙嬉しいよ。
さっそく提案についての返事なんだけど……
よろこんで、ずっと待ってた。
それときっと困ってるだろうから、私が出来ることならば何でもするよ。今度君が帝国に来るときにでも話し合おう。取り急ぎ返信まで》
決して長くはない内容だった。でもたったそれだけの手紙に、わたくしは知らず知らずのうちに涙を流してた。
きっと自分で思っていた以上に、わたくしは今の状況で傷つき疲れ果てていたのだろう。だからこそ純粋に、わたくしへの好意を示すその短い言葉と気遣いが、深く胸に染みわたったのだ……。
それと同時に、この人の元だったら今までは諦めていた、誰かと想いあう明るい未来や、幸せで温かな幸せすら、望むことが出来るのではないかと思えた。
・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。
「エレノア、君は今何を考えているんだい」
「さぁなんでしょうね?」
正直に彼のことを考えていたと言うのも気恥ずかしくて、わざととぼけてみせる。
「うーん、その顔は……愛しい婚約者とのこととか?」
「ふふ流石カイト様、わたくしのことならなんでもお見通しですね」
「いやいや、そんなことはないよ」
「あら、そうですか?」
「うん、だからさ、エレノアの口からちゃんと教えて? 何を考えているのか」
わたくしは彼のこういう所に弱い。妙に真剣な様子でそう言われてしまったため、おとなしく観念して事実を答えることにした。
「実はこうしてカイト様に助けて頂けたことが、心の底から凄く嬉しかったんです。だから今こうして、愛する人と余計な心配もなく居られることが幸せだなって考えていたんですよ」
「そうだったんだ……私も勿論、君の側に居ることができてとても嬉しいよ」
満面の笑みでそう言ってくださったカイト様ですが、すぐに「あ、でも少しだけ不満があるかな」と口をとがらせます。
「ほら、君の評判を取り戻すためにあえて、私たちのラブストーリーを皆の前で話したことがあっただろう」
「ええ」
あの行動の真の意図は、何処かのバカップルと政敵のせいで、散々出回ったわたくしと公爵家の社交界に置ける評判を塗り替える狙いがあった。
確かに何もせずに帝国にやってくることもできたが、それでは悪評はそのままになる。わたくし自身が帝国に嫁ぐことになったとしても、生家の将来に悪影響が残ることは防ぎたい、そのためにカイト様へ頼み込み口裏を合わせたのが、あの一件だった。
ちなみにわたくしや公爵家の悪評を広めた政敵については、帝国側からの『両国の友好関係の為にも、将来の皇子妃の名誉を故意に貶めた者を厳罰を』と要請されたことによって、今までが嘘だったかのように、きっちり揃えた証拠の元で罰が下された。正直、馬鹿王子よりもこちらの方が許せないが、生家のことがあるのでグッと飲み込むことにした。
「話を盛り上げるために脚色したのは構わないんだけど、私たちの関係性ことは実話通りでもよかったんじゃない?」
「まぁ確かに一理ありますね……」
話の中では海賊の襲撃を通して初めて出会ったことになっているが、実際には幼少期に既に交流があって再会した流れになる。しかも事前に手紙のやりとりまでしている。
ちなみに海賊の襲撃を受けて、カイト様が助けてくれた流れは脚色ではなくほぼ実話通りである。むしろあの一件があったからこそ、自分たちも噂にラブストーリーで対抗する作戦を思いついたと言っても過言ではない。
「でもそれをすると、既に人気小説効果で評判の良い二人を悪者にする必要があるので、短時間でそこまで心を掴むのは難しかったかと思います」
「うーん、そうかな」
全く納得してない様子のカイト様に、クスリと笑う。
「それにわたくし自身がそうしたくなかったんです」
「え?」
「だって、自分とカイト様との思い出は何よりも大切な宝物ですから、何処かの誰かさんみたいに、わざわざ見せびらかすような真似はしたくなかったんです」
意外そうな顔のカイト様へ微笑みながら、わたくしはそっと胸に手を当てた。そこに存在する宝物を慈しむように優しく。
「宝物の扱いは人それぞれですが、少なくともわたくしは、自身の大切な思い出を人目に触れさせずに仕舞っておきたかったんです。二人だけの大切な秘密として」
そこまで言って少し不安になったわたくしは、チラリとカイト様を見る。
「……ダメだったでしょうか?」
「いや、エレノアの言う通りだ、これは私が間違っていたよ」
そう言いながら、カイト様は私の手に自分の手を優しく重ねて囁いた。
「私たちの話は二人だけの大切な宝物として、そっと仕舞っておこう」
「ええ……!!」
これから先もきっと、この掛け替えのない宝物はわたくし達だけのもの。そう考えると嬉しくて堪らなかった。それからわたくしたちは、どちらともなくキスをして甘いひと時を過ごしたのであった。
そうそう、その後カイト様と別れて一人で過ごしていたところ、ふとクリフ殿下について考えたことがあった。彼については、あれこれ悪口を言ったものの、実はほんの少しだけ感謝している部分もある。
だって彼がいくら愚鈍な王子でも、あそこまでの失態を犯さず、何より真実の愛だなんだと言いまわったりしなければ、わたくしはそのまま押し付けられた結婚を受け入れていた可能性が高かったからだ。
その場合はきっと、カイト様のことを思い出すことも手紙を送ることもせず、義務感だけで自分の役割を果たす鬱屈とした日々を過ごしていた事だろう。ついでに公爵家も任せることになってたと考えると、それだけでもう寒気がする。
だからそっと、誰にも聞こえないくらいの小さな声でこう呟いた。
「先に真実の愛を見つけて下さって本当にありがとうございます」




