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人を惑わす魔物に出会った女の子のその後の話。  作者: 飴屋


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2/2

願い事

麗らかな木漏れ日の下で、目の前に置かれたイチゴの載った白いケーキを見ながらコーデリアは困っていました。


盗賊に追われて魔物の城に迷い込み、対価として家族に置いていかれてから一週間が経っていました。


「申し訳ありません。主は忙しいみたいで…」


魔物の召し使いは申し訳なさそうに言いながら、香りだかい紅茶を白磁のティーカップに注ぐと、コーデリアのまえにそっと置きました。


「…」


あの日、魔物は言いました。


『では、もっと惑わすためにお前に与えてやろう。山ほどの食事と、誰にも劣らぬ服に、暖かな寝床を。もちろん、慈悲と…慈愛を』


その通り、着心地の良い服に、暖かい寝床。食事は一日三回で、おまけに一日に一回はこんな素敵なおやつがありました。

確かにここに来て戸惑うことが多くありましたが、それは想像と違います。

さらに、あの日以降、魔物には一度も会っていませんでした。


「あの、私は十分に頂いたので、もう…」

「おや、甘いものの気分ではありませんでしたか。それでは他の物を用意いたしましょうか」


この一週間ずっと、こんな調子でした。


「あぁ、ここにいたか」

「!」


そこへやって来たのは、この城の主の魔物でした。

大きな狼のような口に、鳥の羽の混ざった毛並み。体が大きく、声も地を這うような低い声なのに、動きはしなやかです。


魔物はコーデリアの隣の席に着くと、召し使いが出したビールを一気に飲み干しました。


「どうだ? この城の住み心地は」

「…とても良くしていただいて…」


コーデリアが答えると、魔物は眉をひそめました。


「あまり快適ではなさそうだな。どこが不満だ?」

「いいえ! 良すぎるくらいです!!」


しかし、魔物は納得していていないのでしょう。首をかしげます。


「だが、お前は困っているように見える」

「あ、あの良すぎるくらいで。ですから、困ってはいます…」

「…? お前に全てを与えると言っただろう。受け取るのがお前の役目」

「やくめ…」


コーデリアは、小さく口の中で繰り返しました。


「旦那様、コーデリア様が困っていますよ」

「なぜだ?」

「まだ、慣れていらっしゃらないのでしょう」


召し使いの言葉に、魔物は考え込んでしまいました。


「惑えとは言ったが、…ふむ」


腕を組んで何かを考え込みました。


「そうだな。では一度、練習してみるか」


練習?


コーデリアは首を傾げました。


「何か、俺に願い事を言ってみろ」

「…?」

「どうやら、俺の言葉を信じきれていないようだ。俺はお前に全てを与えると誓った。だから、お前の願いを叶えて見せよう」

「………。…ありません」


今だって、信じられないくらい恵まれた環境にいるのですから、それ以上何を望むのでしょう。


コーデリアは、迷いながらも小さな声で答えました。


「そうか」


すると魔物は椅子から立ち上がり、コーデリアの元へとやって来ました。


「…?」


コーデリアが見上げると、そのままコーデリアを抱き上げてしまいました。


「きゃあ!」


急なことで驚きはしたものの、抱き上げるその手は優しくしっかりしていて、安定感がありましたので、コーデリアは怖いとは思いませんでした。


コーデリアが暴れないと確認してから、魔物はそのままコーデリアを自分の顔の高さまで持ち上げました。


狼のように長い鼻が目の前にあります。


「…」


大抵の生き物の鼻は敏感です。ですから、コーデリアはぶつかってしまわないように、ほんの少し身を引きました。

すると、魔物はニタリと笑って口を開きました。


「本当に願いはないと?」

「はい」


コーデリアが答えると、魔物は、それなら、と言いました。


「それなら、お前はこう言うがいい。“その恐ろしいケダモノの顔を変えろ”とな」

「えっ…?」


どういう意味だろう?


コーデリアが困っていると、魔物が急かします。


「ほら、早く言ってみろ」


軽く揺すられて、コーデリアは何がなんだかわかりません。

しかし、「言え」と命じられたのですから、コーデリアは小さな小さな声で言われた通りに言いました。


「あの…、お顔を変えてください…?」


すると、驚くことがおきました。


「…!」


まばたきをする一瞬で、魔物の顔は獣のような顔から人の顔に変わりました。

きらきら光輝く銀色の髪に、多色の瞳。二十代半ばくらいでしょうか。今まで見てきたなかで一番美しい人だ、とコーデリアは思いました。


「どうだ?」

「…すごいです」


コーデリアは素直に驚き、感想を述べました。


「…あまり気に入らぬか。では、こうか?」


すると今度は、黒目黒髪、よく日焼けした肌。港にいるような屈強な男性の姿に変わります。


「!」

「うーん。違うか?」


驚くコーデリアに、魔物は少し困ったように呟くとまた、姿を変えました。


コーデリアと同い年くらいの赤髪の青年。

父親くらいの年の、禿頭の眼鏡。

ふっくらもちもちの人に爽やかな騎士。

白い髭が特徴的なおじいさん。


「…一体、お前の好みはどんな顔だ?」


変身を何度も繰り返した後、美しい亜麻色の髪の女性になったままの魔物が聞きました。


それで、コーデリアは気付きました。

この魔物は、コーデリアの好きな顔になってくれるつもりだったのだ、と。


「…最初のお顔に戻って頂けますか?」

「最初…。銀髪の?」


魔物の質問に、コーデリアは首を振ります。


「いいえ。獣のお顔です」

「…?」


魔物は女性の姿のまま訝しげな顔をしつつ、コーデリアの願い通り獣の姿になりました。


「…あ、頭に触れてもいいですか?」

「いいぞ」


許しを得て、コーデリアは魔物の頭に触れました。


「…思ったよりも、柔らかいんですね…」


魔物の三角の獣耳の後ろを撫でます。

すると、魔物は気持ち良さそうに目を細めました。

しかし、すぐにはっとして、コーデリアを下ろします。


「…お前は、獣のこの姿は怖くないのか?」

「…初めてお会いしたときは、恐ろしかったです」

「では、今は?」

「今は優しい方だと分かったので、恐ろしくなくなりました」


ふむ、と魔物は考え込んでから言いました。


「だが。醜いよりも美しいほうが良いだろう?」


それは、初めて会ったときの問いかけのようでした。


「別に怒らないし、それでお前が失うものは何もない。ただ、好みを言ってみろ」

「…。では、このままが良いです」


下ろされてしまったので、手を伸ばしてももう魔物の顔には届かないでしょう。

ひっそりと、コーデリアは手を握りしめました。


「私を救ってくださったのは、この方だから…」


あの日コーデリアも姉のプリムラも、魔物を見たとき、驚き怖がりました。


人間は(じぶん)を恐れる。


そう思うことは、どれだけ悲しいことだろう。

コーデリアは届かないと分かりつつも、そっと手を伸ばしました。


「ごめんなさい、怖がって」

「無理もない。これは、」

「あなたは、とても優しくて美しいかたです。だから、姿を偽らないでください」

「…」


そっと、コーデリアはお願いしました。


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