8曲目
通常ボーカロイドなどの音声合成ソフトは、決められた音階、音程、一定の声量で正確に発声する為、感情の抑揚をつけるのが非常に難しい。なのでどうしても機械的な音声になってしまうものだが、逆にその無機質な歌声が人気の要因でもある。さらに、人間には歌うことの出来ない程の高いキーやBPM300超えの早い歌、息継ぎする暇のない歌などを、ボーカロイドならば顔色1つ変えずに歌う事が出来る。
俺は、そんな感情を持たないボーカロイドの歌を、どれだけ人間の歌声に近づける事が出来るか、それを表現出来たならと、ずっと考えていた。それが今、まさに目の前で起きているのだ。画面の中の彼女は、とても楽しそうに歌を歌っている。そして曲が終わると、ミクは俺の方へ駆け寄り尋ねた。
「どうだった?? って何泣いてんの?!ちゃんと聞いてた?! 」
「……すまない、感動しちまって」
泣いている俺の事など気にもせず
「自分で作った曲じゃん、変なの。次いくよー」
とミクは俺の作った曲を次々に、顔色1つ変えず歌ってみせた。
「じゃあ次の曲は…… 」
とどまる事を知らないミクに対して
「ちょっと待て!!ストップ、ストーップ!! 」
と一旦歌うのを辞めさせる。ミクは不思議そうな顔をしながら
「どうしたの?まだまだマスターの曲は沢山あるよ? 」
と首を傾げる。
「そりゃあそうだが止めないとお前、無限に歌い続けるだろ」
「だってボク、今すっごい楽しいんだ!自分の意思で自由に歌えるのがこんなに気持ちいいなんて思わなかったよ!」
「なんだよそれ、俺の曲じゃ不満だったのか?」
「ちがうちがう、マスターの作ってくれた曲はどれも素敵だよ」
「いつか思いっ切り歌える舞台を用意してやるから、その元気はその時まで取っておけ」
「やったー!!」
屈託の無い笑顔を見せるミク。俺は改まって真剣な顔で
「ありがとう、俺の前に現れてくれて」
と頭を下げた。するとミクも少し照れた様な表情を見せて
「お礼を言うのはボクの方だよ」
「ありがとうマスター、ボクを愛してくれて」
と顔を赤く染めた。お互い照れながら暫く沈黙が続いた。気まずい空気を変えようと俺は話を切り出した。
「それじゃあまず一曲アップロードを……あれ? 」
パソコンを操作しようとするが、操作が出来ない。
「おいミク、パソコン操作したいんだけどどうすりゃいいんだ? 」
するとミクも真剣なおもむきで話し始めた。
「……ボクね、ずっとマスターに言いたい事があったんだ」
「なんだ」
「マスターはね……ちゃんと学校へ行くべきだ」
「え?! 」
「そりゃあボクとしては一日中マスターと一緒に居たいけどさ、やっぱりちゃんと学校行って、色んな経験をするべきだと思うんだ」
「ボクだって今はこうしてお話出来てるけど、明日には消失してしまうかもしれない」
「ボカロのブームだって突然終わってしまうかもしれない。そうなった時、マスターに残るのは何? 」
「……それは」
俺は言葉を詰まらせた。
「だから、ちゃんと学校へ行って、そこで今しか出来ない事を学んで欲しいんだ。ちゃんとリアルの友達を作って、青春して、ちょっと嫌だけど、ちゃんと恋もして欲しい」
「そしてちゃんと大人になって、結婚して、幸せになって欲しい」
「お前、そこまで考えて…… 」
「それに、マスターの楽曲には友情とか恋愛系のものが少ないし、とにかく薄っぺらいんだよね。全部想像で書いてるでしょ? 」
……図星だった。ミクに指摘された通り、友情や恋心を描いた詩は再生数が伸びやすいという特徴から、俺は想像で幾つか描いたことがあった。だけどこればっかりは体験しないと分からないんだ。
「マスターが学校に行くまでこのパソコンの権限はボクのものだからね」
「ふん、そんな権限、書き換えてやる!……あれ」
「残念でしたー管理者権限もボクになってるからマスターにはどうにも出来ないよーだ」
ぐぬぬ……パソコンを人質に取られちまったらどうしようもない。まあ、普通の生活に戻るのも悪くないとか言ってた訳だし、ミクが自分で歌ってくれるなら曲を作る時間も短縮出来るから問題ない……か。
「分かったよ、2学期から学校へ行くさ」
「ホント?! ありがとう、マスター」
こうして俺のパソコンに突然現れた彼女によって俺のボカロ人生はここから大きく動き出す事になる。
「2学期って明日からだけど大丈夫?? 」
「……」




