7曲目
画面の中で泣いているその少女は、とてもプログラムで動いてるようには見えず、まるで中身は本当の人間なのではないかと錯覚するほどだった。
「お前は、本当にミクなのか? 」
「うん、このパソコンにインストールされた時、ボクは生まれて、ずっとマスターと一緒に歌ってきたよ」
確かに、声の質も俺が育てたものと全く同じだ。
「今までの事、全部覚えてるのか? 」
と問いかけるとミクはニコリと頷きながら
「もちろん覚えてるよ。最初は下手くそで、とても歌とは呼べないような代物ばっかり作って」
「挫折してしばらく使わなくなってゲームばっかりしてた時期もあったよね」
と言いながら思い出したように
「そういえば!! 歌じゃなくて変な言葉言わせたりしてさ!! あれ恥ずかしかったんだからねっ!! 未だに覚えてるよ!『黒より黒く闇より暗き〜』」
「だあぁぁ!!分かった、分かったから!!」
……間違いない、俺が育てたミクだ。アレ系は恥ずかしくなってすぐに消したハズなのにまさか覚えてるとは。
「でも、どうして急にこんな事になったんだ? 」
「うーん、それがボクにもよく分からないんだよね」
「でも、雷の落ちたあの日、パソコンがショートして、ボクは咄嗟にメモリのRAMに逃げ込んだんだけど、段々出力が落ちてきて、もうダメだと思ったんだ」
「あの夜、マスターが来て電源を繋いでくれなかったら、RAMもクリアされてゲームオーバーだったよ」
「そして辛うじて流れてくる電力を元に、復元したって訳」
それから何やら難しい言葉を並べならミクは身振り手振りでこれまでの過程を説明し始めた。
「まず破損したHDDから必要なデータをサルベージして…… 」
--数分後--
「って訳。で、再起動したらボクの姿がこうなったと。……って聞いてる!?マスター!! 」
俺は余りに流暢に話すミクに思わず見蕩れて、ほとんどの話を聞き流してしまった。
「あ、ああ。すまん、ちゃんと聞いてる」
焦る俺ををジト目で疑いながら
「つまり、ボクはそっちの世界で言う所の付喪神みたいなものなのかもね」
と自慢気な顔をしてみせるミク。
「付喪神?あの、大事に使われた道具には魂が宿るってやつか」
「そうそう。マスターの想いは、ディスプレイ越しに伝わってたよ。その想いがボクという形になって現れた」
「ボクも、いつかこうやってお話出来たらいいなってずっと思ってた。だから本当に夢みたい!ありがとうマスター」
と目に涙を浮かべるミク。これが本当なら信じられない奇跡だ。そして俺は気になった。自我を持ったボーカロイドが一体どんな歌を歌うのか。
「なあミク、一曲歌ってくれないか」
袖で涙を拭い「もちろん!」と言ってミクは画面の中のレイアウトを瞬時にライブハウスの様な雰囲気の部屋に切り替えた。そんな事も出来るのかと感心していると、衣装を着替えピンマイクを付けたミクがステージに上がった。
「お待たせ!何の曲がいい?」
「じゃあ、俺が初めてアップロードした時のやつ」
「オッケー、それじゃあ聞いて下さい。『ハジマリノオト』」
イントロが流れ始める。その曲は、俺が初めて作った曲だ。ステージ上ではミクが嬉しそうに踊り、そして歌い始める。その歌を聞いた瞬間、俺は鳥肌が全身に立ち、気が付くと涙を流していた。
「……間違いない。俺がずっと求めていた歌が、今完成した」
パソコンの中で、俺の手ではなく、自らの意思で自由に歌うミクを観て、そう俺は確信した。




