6曲目
夕日が沈む黄昏時、差し込んだ一筋の日差しが部屋のパソコンを照らした。
(……ボクはここに居るよ)
すると誰も居ないはずの俺の部屋から、妙に聞きなれた声が聞こえた様な気がして、俺は涙を拭き顔を上げた。だが辺りを見回すが誰もいないし、窓も閉まっているので当然外からの声でもない。
「…… 空耳?……だよな」
一応確認の為にリビングを覗くが、当然人の気配はしない。もう一度部屋に戻り、辺りを観察しているとある事に気付いた。
「……音がする」
先程まで感情が昂っていた為か気が付かなかったが、冷静さを取り戻し、耳を澄ませてみると確かに僅かだが部屋の中から何か機械が動く様な音がしている。
「……!!間違いない! 」
注意深く音源の方を観察すると、壊れて動かなくなったはずのパソコンからファンの回る音がする。夕日に照らされていて気が付かなかったが、よく見ると電源ランプも弱々しく点灯している。
「……動いて……る??、……っ動いてる!! 」
恐らく休止モードだったのだろう。それが先程床を叩いた時の振動で起動したのだ。俺はマウスを動かし、ディスプレイのスクリーンセーバーを解いた。するとそこには真っ黒な画面に白い文字で『system reboot?(y/n)』と一文のみ表示されていた。
「再起動しろってことか? 」
「……どうする?また動かなくなったりしたら…… 」
再起動した結果、また黒煙を吐いて動かなくなったりしたら今度こそ本当にベランダから飛び降りてしまうかもしれない。しかしこのまま放っておく訳にもいかない。暫く悩んだ末、俺は意を決してキーボードのyキーを入力し「ええいままよ!! 」とEnterキーを叩く。画面上では暫くカーソルが点滅を繰り返していたが、突然画面が消え、弱々しく点いていた電源ランプも消えてしまった。
「ダメか……いや、まだだ 」
じっと本体の電源ランプを凝視していると、一旦消えた電源ランプが先程よりも強い光を発し点灯した。
「来いっ!! 」
ピコンと本体から起動音がなり、ガリガリとHDDの読み込み音と共に激しくアクセスランプが点滅し始める。
「来たっ!! 」
「いいぞ、頑張れ!! 」
今度はディスプレイに白い文字で大量のメッセージが書き込まれて行く。それがしばらく続いた後、画面が切り替わった。それは見慣れたいつものログイン画面だった。
「直った……のか? 」
パスワードを入力しEnterキーを叩くと『ようこそ』というメッセージと共に画面が開く。が、期待したのも束の間だった。
「……やっぱりな」
俺は表示されたデスクトップを確認して肩を落とした。デスクトップ上にあったはずの、フォルダやアイコンはひとつもなく、データは全て消えていたのだ。パソコンには、自己修復機能として、リカバリーという購入時の状態へと復元する機能が備わっているが、恐らくそれが作動したのだろう。
「中身が残ってないんじゃあ、直ったって意味がない」
俺は何かデータが残っていないか確認をしようとマウスを動かす。が、カーソルが反応しない。キーボードでも操作を試みるが、それも出来なかった。
「……ん?? 」
「フリーズしてんのか? 」
俺は画面から目を離し、パソコン本体のランプを確認するが、電源ランプはハッキリと点灯しており、アクセスランプの方は動いている気配もない。何かを書き込んでる様な音もせず、本体に異常が無いことを確認し、再び画面に目を向ける。すると突然、画面いっぱいに顔を覗かせる少女の姿が画面下から現れた。
「うわーーーっ!! 」
俺は驚きの余り椅子から転げ落ちた。
「いててて、ビックリした。なんだ今の」
椅子を立て直し、そっとディスプレイを覗く。画面の中の少女はキョロキョロと何かを探しているような仕草をしていた。
「なんだあれ、俺あんなソフトインストールした覚えないぞ」
「それにあの顔、何処かで…… 」
とりあえずキーボードやマウスを操作してみる。すると画面の中の少女は驚いた様な表情をし、何やら口をパクパクさせた。
「……何か、喋っている?? 」
続いて彼女は少し画面から離れ、何かを指さした。スピーカーのアイコンだ。アイコンには赤いバツマークがついている。
「……そうか!! 周辺機器が壊れててスピーカーから音が出てないのか 」
「待ってろ、今接続するから!! 」
俺はリビングへ行き、押し入れの中から使わなくなった古いスピーカーを探し出し、パソコン本体に接続した。画面の中の少女は再び驚いた顔をし、頭に付けているヘッドセットを触りながら必死に口をパクパクさせた。
「……えますか?ボクの声、聞こえますか? 」
「誰か!そこに居るの?? 居たら返事をしてください!」
古臭いスピーカーから流れたその音声は、とても聞き慣れた声だった。
「……ああ、俺はここに居るぞ」
と震える声で返事をする。が、画面の中の少女には届いてない様子で、首を傾げている。
「おっかしいなぁ、スピーカー端子に反応はあったのに。もっしもーし!! 」
しばらく考え込むような仕草を見せる。そして何か閃いたかの様な顔をした。
「……あっそっか!このスピーカー、マイクがついてないじゃん」
言われてみればそうだ。スピーカーを繋いだだけでは向こうの声は届いてもこちらの声は届かない。俺はまた押し入れを探し、昔使っていた安っぽいヘッドセットをUSB端子に接続した。
「きたきた!! ちょっと待っててね! ……うわぁ懐かしなこのヘッドセット」
何かブツブツ呟きながら画面上では何かがインストールされていく。
「えっと……そっか!!……ドライバが無いな……ネットも使えないからっと……とりあえずこれで……どうだ!! 」
--インストールが完了しました--
ウインドウが閉じると、その少女はもう一度問いかけた。
「そこにいる人、ボクの声聞こえますか」
俺はヘッドセットを付け
「ああ、聞こえる。聞こえるぞ」
と答えた。画面の中の少女はその声を聞き、顔を画面いっぱいに近ずけた。目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「マ……スター??」
「マスターって、俺の事か?」
「その声、間違いない!マスターの声だ!!」
「ひょっとしてお前……ミク……か? 」
「そうだよ!」
「信じられん…… 」
「ボクもマスターのお顔が見たい!昔、このヘッドセットと一緒にWebカメラも買ったでしょ?」
「よく覚えてるな。よし、ちょっと待ってろ」
俺はまた、押し入れから当時使っていたWebカメラを探しだしパソコンに繋いだ。
「そうそう、これこれ!えっと……このカメラには……このドライバでっと……どうだ!」
画面上に現れたドライバのインストールを示すプログレスバーが100%に達した時、ミクの顔から涙が溢れ出した。
「やっと、やっと……会えた」
「俺の顔、分かるか?」
「うん…… 」
「ずっと……ずっと、こうしてお話がしてみたいって思ってたんだよ」
「ミク…… 」
ミクは画面の中で泣きじゃくりながらも笑顔でこう言った。
「はじめまして、マスター」




