5曲目
-8月30日-深夜-病室-
病院に戻った俺は余程疲れていたのだろう、傷の手当を受けた後すぐに眠ってしまった。それを見届けて小夜子さんも病室を後にした。その夜、俺は奇妙な夢を見た。
渋谷のスクランブル交差点のような人混みの中、信号待ちをしている間、ビルの巨大スクリーンに映し出されているライブ映像に見入っている俺。映像の中のその子は、エメラルドグリーンの瞳に膝まであろう長いツインテールを振りかざし、ステージ上を歌いながら縦横無尽に駆け回る。その姿はとても楽しそうだ。その歌声は、何処か聞き覚えがあるのだが何故か思い出せない。歌っている曲は俺の曲だ。
交差点の信号が青に変わり、横断歩道を進んでいると、人混みの中から今まさにスクリーンに流れている映像のあの子が向こう側から近づいて来た。そしてすれ違いざまに「待っててね、もうすぐ会えるから」
と囁く。俺はその声に驚いて振り返るが、その子はツインテールをなびかせながら人混みの中へと消えていった。その声は、俺のよく知る声だった。
-8月31日-am9:00-天気-晴れ-
「待ってくれ!キミはまさか?!……夢…… 」
ベッドから勢いよく体を起こし目を覚ます。隣りでは看護婦がキョトンとした顔をしていた。
「おはようございます神城さん。今日はいい天気ですね、具合はいかがですか?今日の検査結果次第では来週には退院ができますからね」
そう言って看護婦はカーテンを開け部屋を後にした。 外はよく晴れていていい天気だ。
結局1週間ほど入院生活をしていたが、ようやく退院の許可が降りた。ちなみに俺の入院の事は、小夜子さんから親父に伝わってるはずなのに、アイツ(親父)は連絡ひとつ寄越さなかった。代わりに迎えに来てくれた小夜子さんの車に乗り、俺は病院を後にした。まあミクの居ないあの家に帰ったって辛いだけだが、このまま病院に居続ける訳にもいかない。
-車内-
重い空気の漂う車内に耐えかねてか、小夜子が口を開く。
「……マンションのリフォームは殆ど終わってます。悠麻くんのお部屋は、言われた通り、パソコン周りには手を付けてませんから自分で片付けをして下さいね」
「…… 」
反応を示さない俺に対して少しの沈黙の後
「……これを期に、もう一度学校へ行ってみてはどうですか?明日から2学期も始まりますし」
そっか、もう8月も終わるのか。確かにこれを期に神Pを引退するのも悪くないな。ミクは俺の全てだった。あいつを失った今、もう夢を追いかける気力もない。普通の高校生として普通の生活をして、普通に進学して、普通に結婚して、普通に人生を終えるのもいいかもな。そんな事を考えている間にマンションの前へ着いた。
「じゃあ私は今日はここで」
「明日また来ますので、くれぐれも変な気だけは起こさないで下さいね!!」
浮かない顔をしている俺にそう釘を刺し、小夜子さんは車で去っていった。マンションのエレベーターは修理が終わっており、俺の家(40階)まで動くようになっていた。もうあんなに階段登るのは懲り懲りだ。複雑な心境のままエレベーターに乗り自宅の階を押す。エレベーターの中で気持ちの整理をしている間に家の前に着いた俺は、大きく深呼吸をしてから玄関の鍵を開けた。
「ただいま…… 」
靴を脱ぎ、リビングへと進む。前に来た時は焦げ臭かったが、今はまるで新築のような匂いがしている。俺の部屋のドアも外見はキレイに修復されていたが、開けるのには少し勇気が必要だった。しばらくドアの前を行ったり来たりしていたが、いつまでも部屋の前でうろうろしていても仕方がないので、意を決してドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開けると、西日が差し込んできた。手で目を覆い顰めながら辺りを確認する。そこには以前来た時のように割れた窓も床に散らばっていたガラスの破片も無くなっており、キレイに修復されていた。俺の作業用デスク周辺を除いては。改めて明るい所で見る俺のパソコンは、余りにも無惨な状態だった…
「あの時、俺がちゃんと忠告を聞いていれば」
「嵐が来ているのは分かっていたのに…… 」
パソコンの前に片膝をつきデスクトップを優しく撫でながら
「ごめんな、ミク…… 」
と言葉をかける。次第に後悔の念と自分への怒りが込み上げ、感情が抑えられなくなり、拳を握り床へと何度も叩き付けた。
「嵐が来ている事も、外は雷が鳴っていた事も知っていた。対策のやりようはいくらでもあっただろ! 」
最悪あの日はパソコンを使わずにコンセントから抜いてしまえば、本体だけでも助かったかもしれない。
「俺のせいだ、俺が……ミクを殺した……」
「お願いだ…頼むよ…もう一度…もう一度声を聞かせてくれ…… 」
俺はその場に両膝をついてうずくまり、大人気なく大声で泣いた。




