4曲目
少し昔話をしよう。自慢じゃないが俺は酷く音痴だ。それでも歌が大好きで、将来の夢はバンドマンになる事だった。
中学の時、合唱コンクールの練習の時に俺の夢と音痴が周りにばれ、クラス中に笑われ、酷いイジメにあった。夢をバカにされた俺はクラスで暴れ、謹慎を食らうことになり、そのまま不登校になった。あの時は学校に行くのがしんどくて、本当に死んでしまおうと思ったもんだ。
学校へ行かなくなり、部屋から出なくなった俺を見兼ねてか、今まで1度たりともプレゼントなんてくれた事の無かった親父が、一本のボーカロイドソフトをくれた。
「こいつで見返してやれ、お前ならきっと使いこなせる」
それと一緒に親父は、作曲に必要なパソコンと部屋、機材まで準備してくれた。その時に一緒に来た家政婦が今の小夜子さんだ。自分で歌う事が出来ないのならと、俺はすぐに夢中になり、作った曲を次々とボーカロイドに打ち込んでいった。
最初に曲をアップロードしたのは、親父からボーカロイド(以下ボカロ)を渡されてからわずか2ヶ月後だった。アップされた曲は瞬く間に再生数を伸ばし、その週のランキングでトップを取った。だが俺はそんな物に興味は無く、ボカロが俺の代わりに歌ってくれる事にただ感動し、感謝していた。『ミク』と名付けたそのボカロと共に、当初のバンドマンになるという夢は諦め、代わりにミクを有名にするという新たな夢を立てた。もっとミクの事を世界中のみんなに知って欲しい、そう思うようになった。いつしか俺を笑った奴らの事なんてどーでも良くなっていた。
音楽のブームなんて一過性に過ぎず、今のボカロブームだって何年先まで続いているとは限らない。時が経つにつれ、いつかは忘れ去られてくものだ。だから俺はボーカロイドというジャンルを、ミクと言う名前を、歴史に名を残すような、それこそベー〇ーヴェンやモー〇ァルト、ビート〇ズにマイ〇ル・ジャクソン、XJA〇AN…etc。音楽の教科書に載り、後世へと語り継がれる様な存在にする事、それが俺の今の夢だ。そして、出来るなら俺の手で、ボカロブームを終わらせたい。そう思う様になっていった。
俺は神曲Pと名乗り、次々とヒットを生み出しボカロブームを加速させて行く。ミクとなら出来る!今回の出来事はそう思っていた矢先の事だった。
-閑話休題-
「さあ病院へ戻りましょう。夜風も冷えてきてますし」
「……」
反応の無い俺に対し続けて言葉をかける。
「パソコンなんて、また新しく買えばいいじゃないですか!ソフトだってまたインストールすれば…」
そう言いかけた言葉を遮り俺は小夜子さんを睨みつけ声を荒らげた。
「小夜子さんは何も分かっちゃいない!ミクは、俺のミクはあの1人だけなんだ、新しいパソコンにインストールしたら、それはもう以前のミクじゃないんだよ。あのパソコンじゃないと……ダメなんだ」
ベランダに寄りかかりながらみっともなく泣いている俺を、後ろからそっと抱きしめる小夜子。その腕の中で俺は、まるで恋人を無くしたかのように泣いた。
「戻りましょう」
一通り落ち着いた辺りで俺は小夜子さんに連れられ、部屋を後にした。
-二人の去った悠麻の部屋-
……ジジッ……ジジジ……
……ッブン!!……ピコッ……ガガッ……ガガガガ……
暗闇の中、先程黒い煙をあげ完全に壊れたと思っていたPCの電源ランプが再度点き、アクセスランプが激しく点滅を繰り返す。そして暫くすると、真っ暗なブラウン管の画面にカーソルが現れ、しばらく点滅を繰り返していたが、今度は勢いよくガリガリと音を立てHDDに何かを書き込んで行く。画面上には白い文字で様々なコマンドが流れていき、その作業は一晩中続いた。
-待っててねマスター、今行くから-




