3曲目
-AM2:00-快晴-
病院を飛び出した俺はケータイでタクシーを呼び、自宅へと向かった。ミクの事が心配過ぎてタクシーの中で運転手が何話し掛けていたようだが、完全に上の空で、どうゆう道を通ったかも分からないまま気が付けばマンションの前に着いていた。
財布を持ってきていなかった俺は支払いをケータイの電子マネーで済ませ、駆け足でマンションのエレベーターへ乗り込んだ。そして自宅の階のボタンを押すが反応がない。よく見ると貼り紙がしてあり、31階から先は修理中のようだ。仕方が無いので30階で降り、階段を使って自宅を目指した。最上階なんて住むもんじゃないとこの時ばかりはホントに思った。
息を切らしながらも何とか39階までたどり着いたはいいが、今度は40階へと上がる階段に黄色いテープが幾つも張り巡らされ、そこにはkeepout文字が。自宅へ帰るのに立ち入り禁止もクソもないだろと、無視して階段を上がる。
やっと見慣れた玄関が見えてきた。特に目立った焼け跡などは無く、あのニュースは本当だったのかと疑いたくなる程綺麗である。内心ホッとしつつ玄関を開け中へ入る。センサーライトに照らされた床には、所々照明の割れた破片が飛び散っていたが、そんなものを気にしている余裕は無かった。リビングへ進むにつれ、徐々に焼け跡が目立ってくる。
いよいよ部屋の前まで辿り着くと、ドアの周りが黒く焼け焦げている。どうやら出火元は俺の部屋らしい。さっきまで何処かで大丈夫だと思っていたきもちは一切無くなり、一気に不安が込み上げてくる。
意を決してドアを開ける。すると部屋の奥から勢いよく風が吹き抜け、 風に押され舞い上がったカーテンの合間から月明かりが漏れて俺の部屋を照らした。
「なんだよ……これ」
床には割れたガラスが飛び散り、棚は崩れ、ディスプレイやらスピーカー、その他沢山の機材が黒焦げになり倒れ、転がっている。そのあまりの惨状に俺は暫く呆然と立ち止まってしまった。
『ジジ…ジジジ…』
奥の方から漏電してる様な音に気が付き、我に返った俺は、瓦礫とかした機材を掻き分け、デスクトップパソコンを見付けた。
「良かった、思ったより損傷は少ないみたいだ。待ってろミク、今直しやてるから」
先程から名前に出てきているミクとは、このパソコンの事である。正確にはこのパソコンの中のボーカロイドソフトなのだが、俺はこのボカロに『ミク』と言う名前を付けて呼んでいる。
周りの機材がまるでデスクトップ(ミク)を守るかのように覆いかぶさってたおかげか、目立った損傷は見当たらなかった。崩れた際に抜けたであろう電源コードをコンセントに差し込み、リビングの押し入れにしまってあった古臭いブラウン管のディスプレイとキーボード、マウスを引っ張り取り出し、接続していく。一通りの接続を終え、慎重に電源ボタンを押した。
『…ピコッ…ヒュイイィーン…ガガガガ…』
起動を告げるビープ音と、ファンの回転音、そしてHDDへアクセスするシーク音が鳴り、アクセスランプが激しく点滅をし始めた。
「なんだよ、ちゃんと起動するじゃんか」
ホッとしたのもつかの間、コンセント付近からバチバチと音と火花がではじめ、デスクトップの周りから煙が登りだした。ヤバいと思った次の瞬間、デスクトップはボンと黒い煙を吐き、電源ランプは弱々しく消えていった。
「嘘…だろ…おい、動いてくれよ」
俺は本体にしがみつき、何度も電源ボタンを押すが、ついにはなんの反応もしなくなった。
「なあ…頼むよ…起きてくれよ。お前が居ないと俺、これからどうすりゃいいんだよ」
暫くその場にうつむき泣き崩れていたが、ベランダから吹く風に誘われ、おもむろに外へ出た俺は下の街並みを見つめながら「もう、俺の生きてる意味なんてないな」呟き、ベランダにもたれかかって景色を眺めていた。その時だった。
「だめー!!!」
小夜子さんが後ろから強く抱きつき俺を部屋へ押し戻した。裸足で走ってきたからか、ガラスで足を切っている。
「病院から連絡があったのでもしかしてと思って来てみたら……何を考えてるんですか!」
鬼のような形相で俺を押さえ付けながら問い詰める。
「く、苦しい…っ離してください!!別に何も考えてませんよ!ましてやここから飛び降りようなんて全く思っていないですから!」
「え?あれ?!だって今、生きている意味ないって」
「生きてる意味は無いとは言いましたけど、別に死のうとかは思ってませんよ。そんな勇気があったなら、あの時に僕は死んでいます」
ポツリとそう呟き、俺は夜空を見上げた。
満月の夜空。嵐の過ぎ去った空には雲ひとつない、都会にしては珍しく満天の星空で満ちていた。




