26曲目
- 一曲目が終わる少し前-SE〇A本社-社長室-
春樹もまた、法被にハチマキ、両手にはサイリウムと団扇を携えて、社長室のスクリーンでライブ会場の様子を伺っていた。すると突然、1人の社員がドアをノックもせずに開け、慌ただしく入ってきた。が、春樹の姿を見て、お互いに固まった。
「!!!」
「……社長、何ですかその格好は」
「うおっ!……コホン、田村君か。入る時はノックくらいしたまえ」
「それどころじゃあありませんよ!社長もあのライブを観ていたならお分かりでしょう!いくら社長の息子さんの企画とは言え、これ以上続けさせる訳には行きません」
「まあそう焦るな、まだメインが始まっとらんではないか。それに未来ちゃんだって頑張っとるではないかね」
「ダメです!!経営管理部の役員であるこの私の権限で、ライブは中止とさせていただきます。このまま続ければ、莫大な赤字と、会社のイメージダウンは免れません。会社を守る為です。どうかご理解して下さい」
「……くっ、……仕方あるまい」
こうして経営管理部の田村に説得され、春樹は渋々佐藤に電話を入れたのだった。それを受け、田村はネットワークを管理している管制室に連絡を入れた。
-SE〇A本社20階-ネットワーク管制室-
「経営管理部の田村さんから連絡が入ったわ。これより、ライブ中継に使われている我が社のネットワークの切断作業に入ります」
『了解』
「……」
「……」
「……あれ? 」
「どうした」
「おかしいんです。衛星ネットワーク管理システムにログイン出来ません」
「そんなはずは…… 」
「ライブ会場のコントロール基幹システムも、一切の操作を受け付けません!」
「そんなバカな……。まさか、ハッキングされた?! 」
「その可能性も考えましたが、ハッキングされた形跡はどこにも見当たらないんです。これは……内部からの操作?!」
「会場では一体何が起こっているの…… 」
-再びメイン会場-武道館-
「それじゃあ次の曲、いくわよー!! 」
「……(無音)」
「……あれ? 」
初音のMCに合わせて裏方では曲やSEを管理しているのだが、こちらも一切の操作を受付けなくなっていた。焦る小春に隼人が睨みを利かす。
「あれれれ?!おおおおかしいな、セットリストの曲流すハズなのに、ききき機材が操作できないよ(泣)」
「小春ぅ!テメェちゃんとリハん時に確認したんだろうな」
「しししししてるよ!リハーサルの時は問題なく動いてたんだもん!」
「じゃあなんで今、動かねーんだよ」
「そ、そんなの分からないよぉ」
佐藤が時間稼ぎの為に何かをしたのではと皆佐藤の方を振り向く。しかし、佐藤は大きく首を横に振った。
「私はライブの妨げになる様な事はしていないわ!本社の管理システムにちょこっと細工はしたけれど…… 」
「曲が流れないんじゃあせっかく初音さんが頑張ってくれたのに意味がないよぉ」
「テメェ、泣いてる暇があったら手ぇ動かしやがれ!」
「ひいぃぃぃ!!」
ザワつく会場。ついには初音のマイクも音を拾わなくなった。
(一体どーなってるの?)
『ピピピピ…ピピピピ…ピピピピ』
突然、まるで目覚まし時計のアラームのような音が会場全体に鳴り響く。
「何の音だ?」
「うるせーぞ!」
「早くこの音止めやがれ」
観客たちが再び騒ぎ始めるが、暫くしてその音は止まった。スタッフ達は音の原因を探っていたが、なんの音かすぐにピンときた俺はオンボロパソコンへ走って行き、スクリーンセーバーを解く。するとやはりミクの寝ていたベッドは空になっていた。余程慌てていたのだろう。掛け布団は半分ほどベッドから落ちており、床には脱ぎっぱなしのパジャマが散乱し、ミクがいつも付けていたネクタイはベッドの上に横たわっていた。
「あーあ。アイツ、ネクタイ締め忘れてやがる。ははっ、ったく、慌てん坊なんだから」
俺は安堵の笑みを浮かべ、パソコンに寄りかかってへたりこんだ。そしてボソッと
「思いっきり歌ってこい、ミク」
と呟いた。
-ステージ裏-
「くそっ!だめだ、全然わっかんねぇ」
「訳が分からないよぉ」
「おいおい、こりゃあ一体どーゆー事だ?」
「せっかく初音さんが頑張ってくれてるのに…… 」
「本人不在に機材トラブル、これ以上続ける意味はありませんね。ライブは中止に…… 」
そう佐藤が言いかけた時だった。突然、会場全体の照明が落ちた。
(いけ、ミク…… )
真っ暗な会場に響き渡るアカペラ。その歌声は寝起きのせいか少し掠れているが、その存在を示すには充分だった。初音もその声に気付き、ゆっくりと舞台袖にはける。
1本のスポットライトがステージ中央に灯り、舞台がせり上ってくる。そこには彼女が立っていた。完全に姿を表すと同時に爆音と共にイントロが始まり、ステージ全体が明るく照らされ、花火が噴射される。それは、初音の演ったパフォーマンスと全く同じ内容だった。しかし、初音のそれとは比べ物にならないほどに凄まじいものだった。
-ステージ裏-
「あわわわ!きききき機材がかかかか勝手に動いてる!?」
「くそっ!こっちからの操作は一切受け付けねぇ!」
「ダメです!完全に制御不能です!!」
「まさか……暴走? なんつって」
「バカな事言ってないで!」
「どうやら、会場は完全に彼女にジャックされたみたいね」
「どうしよう、緊急停止ボタンは一応持ってきてますけど…… 」
「あんなの観せられて止めれる訳ないでしょ!」
「それにしても驚いた。まさかこれ程とは」
「初音さんも凄かったけど……次元が違う」
ミクのパフォーマンスは観客を巻き込み、一瞬でその存在を示した。ステージ袖に戻って来た初音は、小走りに俺の元まで来るなり俺の胸に額を当てた。
「私、頑張ったんだよ…… 」
「知ってる。お前の本気のステージ見せてもらった」
「でも、やっぱり敵わないなぁ……ミクちゃんには…… 」
俺は震えながらすすり泣く初音の頭を優しく撫でた。
「お前はミクじゃない」
「分かってる!けど……やっぱりちょっと悔しいや…… 」
「お前だって充分凄かったさ。誇っていい」
「ホントに?」
「ああ、本当だ。……ケガは大丈夫か?」
「こんなのかすり傷よ」
「じゃあまだ歌えるな」
「当然でしょ!」
「その意気だ。お前とミクで、世界中を驚かせてやれ」
「うん!もう大丈夫、行ってくる」
立ち直った初音は、顔を上げもう一度ステージの方へ向かう。その背中に
「行ってこい、初音」
と声を掛けると、足を止めこちらを振り向き、少し照れたような顔で
「ねえ、名前で呼んで?」
と言った。俺は溜息をつき、少し呆れた顔をしながら
「……楽しんでこい、未来」
と言うと
「……!!うんっ!ありがとう、悠麻くん。行ってくるね!」
と、満面の笑みを浮かべ、颯爽とステージの方へと走っていった。不覚にもその笑顔にドキっとしてしまった俺は、照れた様に下を向き後頭部をポリポリとかいた。いかんいかん、俺にはミクがいるんだぞ、と心の中で念を押しながら軽やかな足取りでステージの方へと向かっていく初音を見送った。




