25曲目
突然照明が落ちた事により、先程まで騒がしかった会場は少し静まった。暗闇の中、大きく深呼吸をする音をマイクが拾い、スピーカーから発せられる。そして、儚げな伴奏と共に静かに歌が始まった。それと同時に中央に1本のスポットライトが灯り、ステージから初音がゆっくりとせり上ってくる。観客の目線は全て初音に向けらた。
(皆が私を観ている。心臓が張り裂けそう… )
(でもやるからには最初から全力で行くわよ!! )
1フレーズを歌い終わると同時にステージから爆音と花火が噴射し照明が一気に灯り、激しいイントロが流れ出す。タイミングは完璧。先程まで起きていた暴動は収まり、観客をステージに釘付けにした。なんと言っても驚いたのは初音のパフォーマンスだ。先程までとはうってかわり、身体全体を使い、激しく、可憐に、それでいて何処か機械的なミクを演じ切っていた。こうしてミク不在のまま、遂にライブの幕は開けた。
「すごい…… 」
「これ程とはな」
『未来ちゃあぁぁぁん!!!』
いつの間にかステージ袖で法被にハチマキ、両手には団扇とペンライトを持って振りかざしている悠也と真希と小春、三人の姿があった。彼らの様子に溜息を漏らしていると、俺の元へ秘書の佐藤が来てこう言った。
「流石は『初音未来』ってところかしら。正直、ここまでやる子だとは思ってなかったわ。でも、これは少しまずいんじゃあないかしら」
「……ええ。まずいですね」
小春たちが不思議そうに尋ねる。
「えっ?!何処がまずいんです??未来ちゃん凄くいいじゃあないですか!一流のアイドルと遜色ないですよ!!」
「……だからまずいんだ」
「どうゆう、こと?」
曲も中盤に差しかかろうとする時だった。初音のステージを観ている観客達が徐々にザワつき始める。
「なあ、あれってさ」
「ああ、なんか違うよな」
「確かに声とかは似ているけど」
-『あれは神Pのミクではない』-
そう、今ステージでライブをしているのは「初音未来」であり「神Pのミク」ではないのだ。確かに、未来のライブには鬼気迫る物を感じるが、それはあくまで『初音未来』としてであり、観客の大多数は『神Pのミク』を観に来ているのだ。アクシデントがあったとはいえ、ただでさえ1時間近く押している状況で、歌っているのがミクではないのでは客は納得しないだろう。
「ごらんなさい、観客達が気付き始めたわ」
「あわわわ」
「おい、どーすんだよ悠麻」
「初音…… 」
次第に大きくなっていくブーイング。罵声を浴びせられながらそれでも初音は歌う事を辞めず、遂に一曲を最後まで歌いきった。しかし、当然会場に歓声など起こらない。むしろブーイングは大きくなっていく。見かねた佐藤が止めに入ろうとするが、俺は出ていくのを手で遮った。
「これ以上あの子をあそこに立たせておくのはホントに危険だわ。直ぐに中止させないと」
「大丈夫、初音を信じて下さい」
息を整えた初音は顔を上げ、マイクを構えた。
「皆さん、初めまして。初音未来です」
「……!!!」
「アクシデントがあって、ホントはオープニングはミクちゃんがやるはずだったんだけど、まだ…… 」
「うるせーぞ!」
「俺たちは神Pのミクを観に来たんだ!!ニセモノになんて興味ねーんだよ」
「そうだそうだ!帰れー」
『か・え・れ!か・え・れ!』
ステージ袖の佐藤の元に1本の電話が掛かってくる。
「…はい。……ええ、分かったわ」
「神城さん、やはりライブは終わりよ」
「どうしたんです?」
「今の電話、本社からだったわ。『これ以上は会社の存続に関わるから、強制的に回線を切断する』との事よ」
「……!! 待ってくれ!まだ、ミクがステージに立ってない!」
「じゃあ早くアレをステージに立たせてみなさい。アイドルの管理もプロデューサーの役目じゃなくて?神Pさん」
「そ、それは…… 」
そうこうしているうちに、会場の騒ぎは大きくなっていく。遂には全体が一体となり、初音を責め立て始めた。鳴り止まないブーイングに必死に耐えていた初音だが、遂には初音に向けて観客が物を投げつけ始めた。投げつけた物が初音の額に当たり、額から血が滲む。それをキッカケにとうとう初音の堪忍袋の緒が切れた。
「……ハァ。っさいわね」
『!?』
「さっきから黙って聞いてりゃあ、神Pのミクだの、ニセモノだの」
「私は『神Pのミク』でも『ニセモノ』でもない、『初音未来』なの」
「今ステージに立っているのは初音未来なのよ!」
「ミクちゃんはちょっと寝坊しちゃてるけど、必ず来るから!」
「だから……今は…… 」
「私の歌を聴けえぇぇぇぇぇ!!!!」
その初音の一言で、先程まで収集のつかなかった会場が一瞬にして静まり返った。
「ップッ、アハハ。初音らしいや」
思わずステージ袖で俺は笑ってしまった。すると、静まり返った会場から少しずつだが、初音を応援する声が上がりだす。
「ぼぼぼ、僕は未来ちゃんを観に来たんだ」
「こここ、ここに居る人全てが神Pだけを観に来た訳じゃないんだぞ」
「そうだそうだ!初音ちゃんのファンだって沢山来てるんだ!」
『がんばれー!初音ちゃあぁぁん!』
「……ありがとう」
「初音だってずっと地下アイドルをやってきてるんだ。人を惹きつける力は十分にある」
「そうね。……でも、状況が変わった訳ではないわ。初音さんに免じて会社の方は私が何とか時間を稼ぐから、貴方は笑ってないで早くあの子をを何とかしなさい」
「ありがとうございます」
何とか暴動にはならずに済んだが、佐藤の言うように状況が良くなった訳ではない。依然ミクの不在は変わらない。PPVの同接数もどんどん減って行き、払い戻しを要求する声も上がっているらしい。佐藤の時間稼ぎも長くは持たないだろう。
俺はミクの眠るパソコンを眺めながら、ただ祈る事しか出来なかった。早く起きてくれよ……ミク……。




