24曲目
-3月9日-AM10:00-開演まであと6時間-
ライブ当日、ギリギリまで待ってみたがミクは目を覚まさなかった。自宅のパソコンに繋いでいたタブレットからはいつの間にかミクは自分の部屋(PC)に戻っていた。仕方が無いので俺はそのオンボロなパソコンごと慎重に部屋から運び出し、外で待つ藤原さんの車へ積み、会場へと向かった。
「ミクちゃんはまだ目をさまさないのかい? 」
「はい……。でもミクは必ず来ます」
「だが、もし起きなかったら」
「その時は、叩き起してでもミクをステージに立たせますよ」
「ハハハ、頼もしいな。でも、既にプログラムが壊れてしまってるって事はないかい? 」
「それは大丈夫です。ミクがパソコンに戻ってから部屋のベッドでぐっすり眠ってる様子は画面越しに確認してますから」
「そうか。なら後はキミ次第だな」
「はい」
-同時刻-武道館-
一足先に会場入りしていた第零のメンバーは念入りなステージの準備とリハーサルを繰り返し行っていた。
「司さん、こっちのエリアに充電パネルが少し足りませーん」
「分かった。直ぐに設置する」
「小春ぅ、セットリストの確認は済んでんのかよ」
「セットリストは神城君が来ないと分かんないよぉ」
「ったく、コッチはバタバタしてるってのにあの野郎は何してやがんだ」
ステージ裏で作業に追われているメンバーの元へ社長秘書の佐藤がピンヒールを鳴らしながら現れた。
「神城悠麻さんはまだ来てないのですか」
「『!!!』」
「誰だあいつ? 」
「ちょっと隼人君!あの人は社長の秘書さんだよ! 失礼の無いようにしなきゃ」
「佐藤さん!!お久しぶりです」
「あら、真希ちゃん。貴方も第零に居たのね」
どうやら真希と佐藤は知り合いらしい。
「それで、今日はどういった要件です? 」
「今日はここで私も観させてもらうわ。会社の命運が掛かったライブですから」
第零のメンバーに鋭い視線を向ける佐藤。
「こりゃあ今日のライブ失敗したら俺たちクビだな」
「次の仕事考えといた方がいいかなぁ」
と、そこへ遅れて到着した悠麻達。
「すみません、遅くなりました」
「あら、随分と余裕な登場ね」
「佐藤さん!来てたんですね」
「おっせーんだよ!!」
「悠麻くん、ミクちゃんは?? 」
「それが……まだ…… 」
「どーすんだよ!アイツ無しじゃあライブどころかリハすらまともに出来ねーじゃねーか」
「ミクは……必ず来ます」
「悠麻さん、セットリストは出来てますか」
「セットリストは……ありません」
『え?!』
「なんの冗談だぁそりゃ」
「今日のライブは、全てミクのやりたいようにさせてやりたいんです。わがままだとは思いますが、お願いします」
俺はみんなの前で頭を下げた。
「ちっ、しゃーねーな。じゃあステージの方はアンタに任せる」
「俺たちは裏方の仕事に徹しよう」
「そうだね、特にネットワーク関係は厳重にチェックしなきゃね」
裏方では藤原を中心に作業を進めていった。一通りの作業を終え、束の間の休憩に入る。俺は、持ってきたオンボロのパソコンの前に座り、ディスプレイを点けた。画面の向こうではベッドに頭まで蹲り、ぐっすりと眠っているミクの姿がある。その姿を見つめていると悠也と初音が隣に来た。
「おーよく眠ってるな」
「可愛いわね」
「しー、起こすなよ」
「分かってるよ。でも、このまま起きないなんて事ないだろうな」
「今日のライブを1番楽しみにしてたのは他でもないミク自身なんだ。必ず起きてくるさ」
「ミクちゃん…… 」
そこへ秘書の佐藤がいくつかの書類を持って現れる。
「神城悠麻さん、ちょっといいですか」
「何でしょうか」
「こちら、会場のチケットの売れ行き状況です。このままでは大幅な赤字になります。どうするおつもりですか」
見せられた資料には全国7会場の観客動員数が記載されていた。一番メインとなる武道館でさえ、入状況は7割程度である。
「オンラインは? 」
「オンラインのチケットは完売しております。が、それだけでは到底赤字を埋めるのは不可能かと」
「オンラインは完売……か。なら大丈夫ですよ」
不敵な笑みを浮かべる俺を見て、佐藤は顔を真っ赤にして怒りだした。
「何を根拠にそんな事おっしゃるのですか!?今日のライブが失敗したら我社の存続にも関わるんですよ!あなたのわがままで会社を潰すおつもりですか」
「大丈夫。ミクの歌声を聴けば、必ず会場に来たくなる」
「たかがいちAIにそこまで人を動かす力があるとは思えません!第一、私はアレを認めてませんから」
「アンタも、ここで観てれば分かるさ」
「……失敗した時は覚悟しておいて下さい」
そう言い放って佐藤は俺たちの前から立ち去った。
「おっかねーオバサンだな。おい悠麻よ、あんな事言ったけどホントに大丈夫か」
「大丈夫、必ず埋まるさ。ミクを信じよう」
-PM15:00-開演まであと1時間-
ミクは目を覚まさないまま、遂に開場時間になり、同時にPPVの接続も開始された。同接数はどんどん伸びていくのに対し、会場への客足は疎らで、やはり空席が目立つ。佐藤は持参したノートパソコンを開き、なにやら本社とやり取りをしている。俺達も、オンボロパソコンの前でミクが起きるのをひたすら待っていた。
しかし無情にも時間だけが過ぎていき、遂に開演時間になってしまう。佐藤がテーブルから立ち上がり、俺の元へやってくる。第零の皆も俺のパソコンの前へ集まった。
「悠麻さん、もう開演時間が過ぎてますがどうするおつもりですか」
「そうだぜ、コイツまだこんなとこで寝てやがんのか!俺が叩き起してやる」
「だだだだ駄目だよ隼人くん!そんな事してあのパソコンが壊れちゃったらそれこそお終いだよ」
パソコン向けてにスパナを振りかぶる隼人を必死に抑える小春。
「だが実際問題、ミクちゃんが起きない事にはライブは始められないぞ。どうするんだ」
「お客さんを待たせるにも限界があるわ」
そんなやり取りをしながら、既に開演から30分以上経過していた。会場の客も次第にザワつきだす。配信を待ってるユーザー達のコメント欄はどんどん荒れていった。
「拉致があきませんね。ライブは中止にします」
痺れを切らした佐藤が、ケータイを取り出し本社へ報告しようとする腕に初音がしがみつき止めに入る。
「待ってください!!……私が……私が出ます!!」
「あなた何を言っているの? それこそ悪手だわ。客は『神Pのミク』を観に来てるの。貴方のような偽物が出てきたら、悪化するだけだわ」
「……私だって、ミクちゃんと一緒に今日まで練習してきた。ミクちゃんが来るまで持たせてみせます! 」
「……無理だと判断したら直ぐに中止させてもらいますからね」
「ありがとうございます!!」
佐藤に深く頭を下げ、ステージ袖へ向かう初音。不安そうな俺の顔を見てニコリと笑う。
「初音……」
「私だってアイドルよ!ミクちゃんが来るまで何とか持たせるから、あなたは早くミクちゃんを起こしてきなさい」
「すまない」
そう言って初音は深く深呼吸をし、ステージ裏へと駆けて行った。
開演予定時刻から一時間ほど過ぎ、会場ではブーイングが起き、出口付近では会場を出ようとする人達で溢れていた。係員が必死に食い止めていると、急に会場全体が暗転する。そしてステージ上に一本のスポットライトが当たった。
-PM17:00-
遂にミクは起きないまま、ライブは幕を上げる。
「行くわよ、初音」




