22曲目
(…………あれ……ボクは…………何……してたんだっけ……)
(…………たしか…………マスターの作ってくれた…………ロボットに入って…………そうしたら急に…………目の前が…………真っ暗になって…………)
(…………!?声が…………聞こえる…………ボクを……呼ぶ声……)
(…………誰…………ボクを呼ぶのは…………)
(…………何処か…………聞いた事のある…………懐かしい声……)
ARで投影されていた初期型のミクのアバターが、足元から徐々に俺のよく知るミクの姿へと変わっていく。
「……ク……ミク……ミク!!」
俺の呼び掛けに答える様に、ミクの姿をしたそのロボットはゆっくりと目を開けた。そしてうつむき、自分の手のひらを見ながら握ったり開いたり、動作を確認するかの様な動きをしている。一通り動作確認が済んだのか、今度は顔を上げて目を閉じ、大きく深呼吸する様な動きをした。深呼吸が終わると正面を向き、再び目を開け、じっと俺の方を見た。そして、足を上げ一歩踏み出したが、バランスが取れないのかグラりとよろける。しかし歩みは止めず、ステージを降りゆっくりと俺の方へ近づいて来た。
「おい!危ねえぞ!! 」
止めに入ろうとする司と隼人を藤原が手で遮った。「気を付けて! 」と小春が叫ぶ。
ついに俺の所までたどり着いたそのロボットは、大きく両手を広げ、俺の胸に飛び込んで来た。そして胸に耳をあてた。
「……聞こえる……マスターの鼓動」
「……感じる……マスターの温もり」
「……ずっと……ずっと……こうしたかった」
「……やっと……やっと、会えた」
「……ミク……なのか? 」
その声は、間違いなく俺の知るミクの声だった。俺はミクを抱き返し、優しく頭を撫でた。
「ようこそ、俺たちの世界へ」
「ありがとう……本当にありがとう、マスター」
震える声でミクが強く抱きしめる。
「ちょ、ミク、痛い」
「ああ、ごめん。まだ力加減が分からなくて」
「ほら、皆にも挨拶しな」
「うん」
再びステージへ戻ったミクは皆の顔を見渡しながら自己紹介を始めた。
「皆さん。初めまして」
「……まじかよ」
「嘘でしょ」
「信じられん」
驚く一同。そのお辞儀をする身振りや仕草は、ついロボットである事を忘れてしまうほどである。
「信じられない…… 私が組んだプログラム、原形が無いくらい書き換えられてるけど、全て完全に機能してる。こんなの……ありえない!! 」
パソコンを見つめながら小春が叫ぶ。
「大丈夫だ小春、こんなの組める人間なんて居ねえよ」
「各部のモーターやセンサーのパラメータも完璧に制御されているな」
「心肺機構もうまく機能していて、本当に呼吸してるみたい」
みんながミクの周りを取り囲んでいる中、俺は藤原を引き離して部屋の隅へ連れて行き、小声で慌てて入ってきた理由を尋ねた。
「藤原さん。さっき慌てて入って来ましたが、何があったんですか」
「ん、ああ。呆気に取られて忘れていたよ。ミクちゃんの不調の原因の一旦が分かったんだ」
「ほ、本当ですか?! 」
「しかし、あくまでも原因の一つであって、他にも要因はあるのかもしれないがね」
「それで、その原因って」
藤原が原因の一つとして考えているのは、ミクのプログラムに関してだ。通常、プログラムやソフトウェアを使用する場合、許可が必要である。これはインターネット上で管理されており、ライセンスのないソフトウェアやプログラムは、不正なプログラムとして管理者によって処理されてしまう。ミクの場合、偶然の産物な為、当然ライセンスなど持っていない。それが管理者の目にとまり、処理の対象となってしまっているのだ。対処法は簡単で、ミクをインターネットから完全に隔離してしまえばいい。しかし、それではライブを行う事が出来ないのである。
二人でコソコソと話をしていると、後ろからミクが話しかけてきた。
「ミクちゃんをネットから完全に隔離し、その間にライセンスを偽装できればあるいは…… 」
「ムダだよ。管理者はそんなに甘くない」
「っ!!」
「それに、ボクの身体は……今も、崩壊を続けているんだ」
「えっ!!!」
「だから、ネットから隔離した所で、遅かれ早かれボクは消えてしまうだろうね」
「お前……知ってたのか。崩壊を止める手段は無いのか? 」
「……分からない」
しばらくの沈黙の後、続けてミクが口を開く。
「ねえ、マスター」
「なんだ」
「ボク、外の世界も見てみたい。マスター達のいる世界を、この身体で感じてみたい」
「…… 」
「それならもうすぐ昼休みだし、会社の中庭へ行こう。あそこなら部外者に見られる事もない」
「……いいんですか?! 」
「ああ」
「ちょっとまて!勝手に話を進めるな! 」
「そうですよ!そそそそ外に出すなんて…… 」
話を聞きつけた小春と隼人に、ミクが問いかける。
「えーっと、小春さん」
「は、はひっ!? 」
「あなたが保険の為この身体にインストールしている緊急停止プログラム。あれはボクにも解析できなかった、素晴らしいセキュリティです。もしボクが危険な行動を取ったら、躊躇なく作動させて下さい」
「……分かりました。貴方が少しでも怪しい行動を取ったら、直ぐに押しますからね! 」
「それで結構です」
ミクが皆を説得し、俺達は第零研究室からミクを連れ出した。中庭へ向かう途中、他の社員達が物珍しそうにこっちを見てくる。そりゃあそうだ。傍から見たら歩く棒人間のロボットに、グラサンを掛けた大人と子供の集団だ。どう見ても怪しすぎる。
「あれって噂の第零の人達じゃない? 」
「なんか変な事やってるな」
「あのロボット、凄く動きが滑らかね」
「何処いくんだろ」
中庭へ向かうドアを開けると、昼間の日差しがビルの合間から降り注いだ。ミクはその空を見上げ、手庇しをした。
「まぶしい……これが、太陽。……暖かい」
次に大きく深呼吸をした。
「風の……匂い」
そして、最初はゆっくりと踏みしめるように慎重に歩いていたが、徐々に足早になり、遂には中庭を走り出した。小春が身構えるが、藤原が肩に手を置き、首を横に振った。ミクは中庭をぐるりと一周した後、中央にある小高い丘を登ったり降りたり、両手を広げくるくると回ったり、大きく飛び跳ねてみたりした。
「すごい、凄いよ、マスター!! 」
「ボク、今、現実の世界に居る!マスターと同じ世界に! 」
「あんまりはしゃぐと転ぶぞ」
「大丈夫だよー……うわっ!! 」
「言わんこっちゃない」
派手に転んだミク。そのまま芝生に仰向けで大の字で横になり、息を切らしながら空を見上げる。
「空って本当に青いんだ。風が、心地いい」
目を閉じ、呼吸を整える。実際にはモーターやバッテリーによる発熱や抵抗のせいでそう感じているだけだが、それがより人間っぽさを出していた。
「草の匂い、大地の匂い。鼓動が早い。身体が熱い」
「これが、人間…… 」
俺はミクに駆け寄り、手を差し伸べた。立ち上がったミクは今度は小さな丘に駆け登り、歌を歌い始めた。その顔はとても楽しげな顔をしている。
(歌う事がこんなに気持ちいいなんて知らなかった)
「初音さんも一緒に! 」
テンションの上がったミクが初音の元へ駆け寄り、初音を引っ張る。
「え、ちょ、ミクちゃん?! 」
流されるまま初音はミクとデュエットを始めた。初音とミクの二人の歌は見事なハーモニーを奏で、聴く者を魅了した。気が付くと中庭には大勢の社員達が集まり、ビルの窓からも沢山の社員達が顔を出していた。
「あーー!!!思い出した!! 」
突然、小春が初音を指差して叫ぶ。
「っせーな、耳元で叫ぶな。どーしたんだよ」
「あの子、何処かで見た事があるなぁって思ってたんだけど、やっぱり間違いない!初音未来ちゃんですよ! 」
「……誰だ?そりゃ」
「 えぇ?!あの、最近有名な地下アイドルの?! 」
「さすが真希さん! そうです、コスプレ姿ではなかったから気が付かなかったけど、間違いありませんよ!!」
二人は数曲の歌を歌い終えると、周りから大きな歓声と拍手に包まれた。止まない歓声の中、藤原が俺に問いかける。
「後悔はしないかい? 」
「ええ」
「このままライブを行えば、恐らくミクちゃんは…… 」
「……それでも、俺はこの二人が何処まで行くのか見てみたい」
小春、隼人、舞、司も駆け寄り
「私たちも全力を尽くします! 」
「ああ。あんなすげー奴、管理者なんかに連れて行かせるかよ」
「あの子達の歌は、世界中に響き渡るわ」
「……(無言で頷く) 」
間もなくして館内放送で午後業務の開始アナウンスがあり、中庭に集まった人だかかりは解散していった。誰も居なくなった中庭、ミクは丘の上で目を瞑り、空を見上げ肩で大きく息をしていた。先程の歓声を思い出し、噛み締める様に……




