20曲目
39(ミク)計画が動き出し、俺は度々研究室へ通う様になった。帰りも遅くなる事が多くなり、家に帰ると寂しかったのか、ミクがパソコンの画面いっぱいに顔を近づける。
「ただいま、ミク」
「おかえりー!!マスター最近遅くまで大変だねぇ」
「まあな。でもな、もうすぐお前に最高のプレゼントを用意してやるからな」
「ありがと。でも、頑張り過ぎて体壊さないでよ」
「俺は大丈夫さ。それより、お前の方はどうだ」
「うん、大丈夫…… 」
「そっか。お前のプログラムも早く解析しないとな」
「そう……だね」
何か釈然としないミクの反応だったが、あえて深く追求する事はしなかった。
それから暫く俺は研究室でAIの制作に集中した。幾つかの試作品は完成したが、納得の行くものではなく、俺は何度もダメ出しをしていた。するとある日、痺れを切らした隼人が物凄い剣幕で俺の胸ぐらを掴んで怒鳴り出す。
「テメェいい加減にしろよ!! 」
「ちょっと隼人くん!! 」
小春に白衣を引っ張られながら話を続ける隼人。
「こう何遍もダメ出し食らうと流石に腹が立つぜ」
「確かに、悠麻君の要求はちょっとやり過ぎな気もするけれど…… 」
「そうだぜ!視覚センサーと聴覚センサーはまだ分かる。だがな、味覚、嗅覚、触角センサー、その他諸々必要ない物が多すぎるんだよ。それにボイスの発声方法も人間と同じ声帯システムに、実際の呼吸法を取り入れるだと?お前、人造人間でも作ろうってのか!?」
「人造人間…… そうかもしれませんね」
「でもでも、仮に本体が出来上がったとしても、それを実際に人間の様に動かすプログラムなんて…… とてもじゃないけど無理だよ」
「お前、一体何を企んでやがる」
「僕は…… 」
「はーいそこまで!ここで喋ってても埒が明かないぞ。リーダーは彼だ、俺たちはベストを尽すだけだろ。ほら、作業に戻れ」
藤原が間に入ってその場を収めた。
「ありがとうございます。藤原さん」
「いいって事よ、あの子の為だ」
「すみません。……それで、解析の方は? 」
「まだまだ掛かりそうだ」
「そうですか…… 引き続き、よろしくお願いします」
「ああ」
実は俺はこのプロジェクトを持ち込んだ時に、ミクの不調の原因が分かるかも知れないと、一度ミクを藤原さんに会わせていた。原因不明の不調の一端でも分かればと思ったが、どうにも芳しくはないようだ。
-12月某日-第零研究室-
いつも通り学校帰りに研究室へ寄る。扉を開け中に入ると、隼人が自慢げに腕を組んで立っていた。
「やっと来やがったか」
「???」
「見ろ!こいつが俺たちの最高傑作だ!! 」
そう言ってステージを指すと、そこには一台のロボットが立っていた。見た目はただの棒人間の様な骨組みだけのロボットだが。
「これが…… 」
「ああ、アンタの注文通り、各部位にはセンサーを取り付け、人間と同じ様な感覚を表現できるようになってる。胸部には実際の肺のように伸縮する素材を使い、排出する空気で声帯を振動させる事で発声するシステムだ。マジで苦労したぜ全く」
隼人が説明しているとロボットの裏から小春が顔を出した。
「バッテリーの問題は、床からの電力供給にする事で最小限の重さに抑え、これにより、ミクちゃんの実際の身長と体重に合わせる事が出来ました。但し、床全体を非接触充電パネルにする必要があり、それには相当なコストが掛かると思います」
小春の説明を聞いているとドアが開き、藤原と共に真希が入ってきた。その後ろから司がダンボールを肩に担いで入ってくる。
「おっ、来てたか」
「悠麻君待ってたよー」
「ほら、コイツで仕上げだ」
司の持ってきたダンボールの中には沢山のゴーグルが入っていた。使い方の説明を真希が始める。
「まず、会場に来たお客さんにはコレを着用してもらうの。神城君も掛けてみて」
言われるがままゴーグルを着ける。軽くて着け心地はとてもよく、全く気にならない。
「じゃあ小春ちゃん、おねがーい」
「はーい、いきまーす」
ステージ脇のパソコンをいじる小春。すると、先程までただの棒人間だったロボットにミクの姿が映し出され、予めプログラミングされた動きをしだした。その姿は立体映像なんて比べ物にならない程鮮明で、まるでそこにミクが居ると錯覚するかの様な存在感である。
「すごい…… 」
「最新のAR投影技術を使ったVRゴーグルよ。このゴーグルなら寸分のラグもなくミクちゃんの姿を映し出せるわ」
「まあ、コイツも会場の客全員に配らにゃならんから相当のコストにはなるがな」
「皆さん、本当にありがとうございます」
「まだ礼を言われるには早いぜ。俺達はコイツを完成させた。次はお前にコイツを動かして貰う。さあ、見せてくれ」
「……分かりました。準備が有りますので、明日もう一度お集まり下さい」
そう言ってその日は研究所を後にした。家に帰り、ミクと話をする。
「ただいま、ミク」
「お帰り、マスター。…どうかした? 」
少し考え、俯いた俺を覗き込むように見るミク。
「……なあミク、もしお前が俺たちの世界に来れたら何がしたい? 」
「マスター達の世界? 」
「そうだ」
「そうだねぇ……。まずはマスターにギュッてしたいかな」
「ハハッ、なんだそりゃ」
「いいじゃんかーマスターの事大好きなんだもん」
「ありがとな、ミク」
「??変なの」
「じゃあまた明日な、おやすみ、ミク」
「うん、おやすみ、マスター」
そして次の日、いよいよ起動実験を迎える。




