1曲目
2023年-8月-天気-雨-
-PM7:00-
普通の奴なら夕食を食べ、風呂に入ったりまったりと寝る準備をしているであろう時間だが、俺の生活はこの時間から始まる。
「しまった、また寝過ぎた」
ゆっくりとベッドから降り、ボサボサの頭を掻きながら、机のPCの電源を点ける。暫くして立ち上がったPCのデスクトップの壁紙には、緑色のツインテールの少女が写っていた。
「おはよう、ミク」
「……」
当然返事などあるわけも無い。だが、これが俺の毎日のルーティンだ。欠伸をしながらリビングへ行き、部屋の明かりを付けテレビの電源を入れる。テーブルの上にはラップをされた食事に書置きがされていた。
「今日は早めに帰ります。ご飯は炊飯器に保温してます。おかずは温めて食べて下さいね。それと、今日は台風が来ていますのでしっかり戸締りをして絶対に外に出ちゃダメですよ!雷にも気を付けて下さいね!! 小夜子」
外では強い雨と風が吹いている。どうやら今年1番の台風が接近しているらしい。だから小夜子さんも今日は早めに帰宅をしたのだろう。テーブルに置かれた食事を電子レンジで温めている間、炊飯器から白飯をよそい、冷蔵庫から飲み物を取り出しテーブルに並べる。両手を合わせ、親指と人差し指の間に箸を持ち「頂きます」と一言いい食べ始めた。
「うまいっ!」
小夜子さんの作ってくれる飯はいつも美味い。
ちなみに小夜子さんは、親父が俺のお目付け役にと雇っている家政婦である。
「続いては今週のミュージックランキングです」
「おっ、始まった」
食事を進めているとお目当ての番組が始まった。まあ結果は観なくても分かりきっているが、一応確認の為毎週欠かさずに観るようにしている。
「今週の第一位は……神曲Pさんで『ワールドインザマイン』、再生回数は200万再生でした」
まあ当然の結果だ。彼女の歌が一位以外なんて有り得ない。
「今日は神曲P特集として、ボーカロイドに詳しい方にお越し頂きました。よろしくお願い致します」
「さて、今回は突如としてネットに現れて以来神曲を連発してる神曲Pこと通称『神P』について考察をして行こうと思います」
「まず神Pの素性ですが、年齢、性別、国籍などは一切不明。分かっていることは週に1度必ず曲をアップロードする事、初めて投稿された日は半年ほど前の3月9日という事位なのですが………」
テレビの向こうでは、専門家や研究者などを囲んで様々な議論をしていたようだが、結局正体は日本人だろうということ以外謎のまま、番組も終盤に差し掛かった時、突然緊急速報に切り替わった。
「番組の途中ですが、ここで台風情報をお伝えします。現在、太平洋沖を勢力を増しながら接近している台風○号ですが、今夜半から明日未明にかけて上陸します。特に○○市、○市、○○○市…周辺にお住まいの方は不要不急の外出はしないよう心掛けて下さい。繰り返します……」
ちなみに俺の住んでるマンションは○○市。どうやら直撃は免れないらしい。だが、この40階建ての新築タワマンの最上階に住んでいる俺には無縁の話だ。台風くらいじゃビクともしないだろうし、落雷だって避雷針があるから大丈夫だろう。それよりも週一でアップロードしている新曲の制作の方が大事だ。
俺はさっさと食事を終わらせ、汚れたままの食器を流し台に置き、戸棚からポテチと、冷蔵庫から500mlの炭酸飲料を持ち出し、リビングの明かりを消して自分の部屋へと戻った。PCのスクリーンセーバーを解きヘッドフォンを装着し、PCに向かって話し始めた。もちろん独り言である。
「さあ、今日も俺の為に歌ってくれ、ミク」
ブツブツと呟きながら新曲の制作に取り組んでいく。外では雷が鳴り、強い風により窓がガタガタと音を立て始めた。いよいよ台風が近づいて来たのだ。だが俺はヘッドフォンをし、曲作りに集中している為、そんな事には全く気が付かない。雷の音が徐々に強く、大きくなる。そして、遮光カーテンですら突き抜ける程の稲光が部屋を照らした次の瞬間、部屋中を地震の様な強い衝撃が襲い、パソコンを通じて流れた電流を受けた俺はデスクから吹っ飛び、そのまま気を失った。