17曲目
-2023年-10月-
嵐のあったあの日からまだ2ヶ月程しか経っていないというのにすっかり秋らしい季節になった様で、半袖で外を歩くには少し肌寒い。この2ヶ月の間でちょっと色んな事が起こり過ぎたので、少し頭の中を整理しようと思う。
事の発端は、あの台風の夜だ。あの日、マンションにカミナリが落ち、部屋を直撃した事でパソコンの中にミクが生まれた。そいつは普通のAIなんかではなく、自分の意思を持っていた。俺は、意思を持ったボーカロイドが一体どんな歌を歌うのか知りたくて、今まで作ってきた曲をミクに好きな様に歌わせてみた。ミクの歌は、ボーカロイドでは決して表現出来ないとされていた『感情』の表現を完璧にこなしていた。その時俺は「コイツとなら夢を実現できる」と確信したんだ。ミクは、パソコンを人質……じゃなくて歌を歌う代わりにちゃんと学校へ行く事を条件に出され、俺は渋々学校へ行く事になった。
新学期の始まったある日、壊れたパソコンのパーツを揃える為に出掛けた先で『初音未来』と出会う。彼女の姿は見た目も声も、俺の育てたミクと瓜二つだった。初音未来は俺と同じ高校に通う同級生で、俺と同じくずっと不登校だった。彼女は俺の知らないところで神Pに救われ、今は地下アイドルとして、ミクのコスプレをして日々配信やライブ活動を行っている。その姿はファンの間では3次元のミクとまで言われる程だそうだ。当の本人はそんな事は知らずにいた訳だが、ミクは俺の知らない所で初音と繋がりがあったようだ。だがそれも俺がミクと出会い、外へ出なかったら知る事はなかっただろう。彼女と出会った事で、俺の夢は徐々に現実味を帯びて来る。
ミクと未来、二人と出会う事で、俺の夢は実現に向けて大きく動き出した。今思えば全てはミクに導かれていたのかもしれない。だが、そんな矢先にミクを原因不明の病が襲う。元々不安定な基盤の中で奇跡的に再構築されたプログラムだ、いつ消えてもおかしくない。俺は悠長に構えている場合ではないと、親父を頼る事にした。……出来れば頼りたくはなかったが。
俺の親父は大手ゲーム会社SE〇Aの社長で、俺にボカロを勧めた張本人だ。ご丁寧にマンションと機材一式、家政婦まで付けて。代わりに俺の作った楽曲は無償で親父の会社に提供している。まあ俺としても学校へ行かないでも何も言われないし、ちゃんと楽曲を提供していれば親父も特に干渉はして来なかった。放任主義なんだろうな。
いくつか親父と取引(お願い)をした後、いよいよ俺たちの夢へと向けての計画が動き出した。俺の幼なじみである『菊池悠也』。こいつは俺が神曲Pとして活動し始める前からの付き合いで、俺が神Pである事を知っている数少ない人物である。昔から悠也はパソコンが得意で、俺の作った曲へのダメ出しやアップロードのやり方を教えてくれていた。今回はその腕を見込んでライブの告知用ホームページやPVの作成を頼んだら、スゲーのを作ってくれた。
そうして完成したホームページを皆の見守る中全世界へと公開した。今まで一切の素性を晒さなかった神P初の公式HPだ。凄い勢いでアクセス数は伸びていった。これでもう後には引けない。そのHPを観た親父からの連絡を受け、俺はSE〇A本社へ出向く事になった。
-とまあ大まかな流れはこんな感じか。
俺が神Pとして活動しだして約2年、昔に比べ様々なボカロが登場し、今や誰もがPとなり曲を発信できる環境になっている。そんなブームをTVメディアも取り上げ、音楽番組のランキングなんかはリアルの歌手よりもボーカロイドの方が多いくらいだ。まさにボーカロイドのブームは今が最高潮と言えるだろう。だが、それは同時に終焉に向かっているとも言える。音楽なんてのは所詮一過性に過ぎず、ブームが過ぎればいずれ忘れ去られてしまうものだ。声の記憶、それ以外はやがて薄れ、名だけが残る。
そんなのは悲し過ぎる。俺はミクを、いやボーカロイドという存在を、人々の記憶に刻みつけたい。それでも、人間にはかなわないと言うのなら、せめて……俺の手で終わらせてやる。
これは、俺とボカロとの、終焉までを描いた物語。




