14曲目
ポケットからケータイを取り出し、曲を流す。部屋中に響き渡る着メロ。まだ1分にも満たない作りかけの曲が終わると「もう1回!! 」と勢いよく俺の手からケータイを奪い、耳元に当て目を瞑りながら真剣に聴いた。計3度繰り返し聴いた後、初音はそっとケータイを俺に返し、睨みつけた。
「……ねえ、この曲、何処で見つけたの? 」
「さ、さあ何処だったかなぁ…… 」
「とぼけないで! 私はね、神Pの事なら何でも知ってるの! まだネットに出る前の曲から未発表の曲だって。でもこの曲はそのどれとも違う。だけど…… この曲調、雰囲気、リフの入れ方……神Pの作曲としか思えない。一体何処で手に入れたの? 」
「どうしてそんなに神Pの事を…… 」
「そ、それは…… 」
しばらくの沈黙の後、初音は自分の生い立ちを話し始めた。
初音がアイドルを目指すきっかけになったのはどうやら神Pのおかげらしい。小さい頃からアイドルになるのが夢だった彼女は、動画サイトで自分の歌や踊りを投稿していたが、その独特な声色からネットで叩かれ、学校でもイジメにあい、不登校になった。それでも夢を諦め切れないと動画サイトに投稿を続けていたが、再生数は伸びず、相変わらず誹謗中傷のコメントに傷つき、一度は夢を諦め掛けた。しかし、ふとネットに流れてきた神Pの曲が、彼女の世界を変えたのだ。世間では彗星の如く現れた神Pにより、ボカロへの関心が高まり、やがてボカロブームが到来する。神Pの曲に救われた彼女は、もう一度夢を追いかけようと、自分の歌を投稿しはじめた。次第に自分の声をバカにする人間はだんだん居なくなっていき、逆に神Pの使うアバターであるミクそっくりなその見た目と声色は注目を集めだし、3次元のミクとして地下アイドルとしての地位を確立した。神Pがここまでブームを起こさなければ、今の彼女はなかったであろう。
「神Pは私を救ってくれた。神Pが居なかったら今の私は居ない。神Pには本当に感謝しているの。ねえお願い!! 何か知っているなら教えて」
するとこれまで黙りを続けていたミクが小声で話しかけてきた。
「ねえマスター、もういいんじゃない? 初音さんになら全部話しても」
「……そうだな」
俺は初音を座らせ、ちゃぶ台にケータイを置いた。
「話すよりはこれを見てくれた方が早いな。ほら、挨拶しな」
「こ、こんにちわ」
画面にミクの姿が映り、初音に話しかける。
「よく出来たAIね。でもこれと神Pと何の関係があるの」
「ボクはAIじゃないよ。初めまして、初音さん」
「うそ?!喋った!?……ってこの声、まさか……」
「さすが神P信者、そのまさかだ」
俺は初音に神Pである事を打ち明け、ミクが生まれた経緯まで全てを話した。
「信じられない…… まさかあなたが神Pだったなんて。でも昨日アップされた新曲、この子が歌っていたなら納得だわ」
「でもちょっとガッカリね、まさか私の信じた神Pはこんなストーカーの陰キャ同級生だったなんて」
「陰キャは余計だ」
「あら、ストーカーは認めるのね」
「ちがっ、……て、そうじゃなくて!俺は今日初めてキミの事を知った。なのに何故キミとメールでやり取りした形跡があるんだ?そのプライベートアドレスは誰にも公開していないはずなんだ」
「あのさ、その事なんだけど実は……ボクがやり取りしてたんだ」
「『ええっ!?』」
「マスターが初音さんからのメッセージずっと無視するから見兼ねてつい……だから、初音さんの事怒らないであげて」
「道理で様子がおかしかった訳だ。全くお前って奴は」
どうやらミクは初音が神Pのアップした曲にコメントやDMを熱心に送っていた事に気付き、勝手にプライベートアドレスからメールを送ったらしい。俺はいちいちDMやコメントなんてチェックしないから全く気付かなかった。自我を持つ前からそんな事やってたとは……後で説教だな。
「ありがとうミクちゃん。私たちを引き合わせてくれて。ありがとう神P、私を救ってくれて。ずっとお礼が言いたかったの」
「俺は何もしちゃいないさ」
こうして謎が解け、結局今後も俺の曲を使う事を許可し、初音の家を後に帰路へ着いた。すっかり暗くなった帰り道でミクにたっぷりと説教をしながら。
偶然なのか運命なのか、神Pの元へ現れたミク。そのミクの容姿と声が全く同じ初音未来。
2次元と3次元の2人と出会う事で、この先の神Pとボカロの未来が大きく動き始める事になる。




