13曲目
-放課後-
︎︎ 学生証に記載されている住所を頼りにバスに乗る事約1時間、街から少し離れた閑静な住宅街へとやって来た。しかし、正確な場所が分からなかったので、ケータイのMAPアプリを使わせてくれとミクに頼むが……
「この辺のはずなんだけどさ、MAP見せてくれ」
「……マスター、ホントに行くの? 」
「当たり前だ、俺は怒っている。それに生徒手帳も返さないと初音も困ってるだろ」
「で、でもさ…… 」
「お前、何か隠してないか? この間の反応も何か怪しかったし。早く見せろ」
「ちちちちがうよぉ…… はい、MAP 」
「えーっと、結構近いな」
暫く周辺を歩いていると、遠くの方から微かに音楽が聞こえてきた。音のする方へと歩いて行くと小さなアパートが見えてきたが、言っちゃあ悪いが外観はさほど良くなく、とてもアイドルが住んでるとは思えない。だが確かにこのアパートの2階の一室から音楽は流れている。そして何よりの証拠はこの曲だ。アレンジはされているが、俺の曲に間違いない。
ゆっくりと2階へ上がり3つあるドアの1番奥、音楽はこの部屋のドアの奥から聞こえてくる。曲が終わるまでドアの前で待ち、終わったタイミングですかさずインターホンを鳴らすが、反応がない。ゆっくりとドアノブに手を掛けると鍵は掛かっておらず、ドアが開いたのでそっと中を覗く。間取りは台所から部屋へと続くよくあるワンルームのアパートだ。玄関の靴は乱雑に脱ぎ捨てられ、台所横のゴミ箱には沢山のペットボトル飲料の空が捨てられていた。部屋への扉も開いており、奥の部屋ではヘッドホンをしてコスプレをした初音の姿があった。どうやらライブ配信中の様だ。それにしてもこの声、目を閉じて聞いていると本当にミクと間違う程にそっくりである。玄関へ入り、配信が途切れるのを待っていた時だった。
「ちょっと喉乾いちゃったから飲み物取ってくるね」と言って初音が台所へとやって来た。だが全く俺に気付く様子もなく冷蔵庫を漁っている。少し呆れながらコンコンと玄関横の壁を手の甲でノックすると、チラリとこちらを見るがなんの反応も無くまた冷蔵庫漁りを続けた。だがすぐにピタリと手が止まり、体を震わせながらもう一度恐る恐るこちらに振り向いた。
「ふふふ不審者!! けけけ警察を呼びますよ!! 」
「落ち着け! 怪しい者じゃない!よく見ろ、キミとは一度会っている 」
「……あっ!!電気屋さんの時の……だとしても!勝手に家に上がり込むなんて犯罪です!! 」
「インターホン何度も鳴らしたさ。けど気付かなかっただろ。それに玄関に鍵も掛かってなかった。仮にもアイドルなんだろ、不用心過ぎやしないか」
「そ、それは……って私の事知ってるの?? 」
「一応、な」
「……で、なんの用」
「生徒手帳を返そうと思ってな」
「あっ!それあたしの生徒手帳! 」
勢いよく俺の方へと駆け寄り生徒手帳を奪い取ろうとするが、俺はひょいと腕をあげた。
「返してよ! 」
「どうしようかな、不審者呼ばわりされたしな」
「お願い! 」
「じゃあ俺の質問に答えてくれたら返してやる」
「……分かった。ちょっと待ってて」
そう言って初音は部屋へ戻り強く扉を閉めた。
-30分後-
部屋の扉が開き、初音が顔を見せる。先程までのコスプレ姿とはうってかわり、眼鏡を掛けウイッグを外して髪を下ろし、ジャージ姿になっていた。
「立ち話も何でしょ、入っていいわよ。その代わり、変な事したらすぐに警察を呼ぶからね!! 」
「はいはい。配信はもういいのか? 」
「邪魔が入りましたから!! 」
「……」
招かれるまま部屋に入る。10畳ほどの広さのその部屋には、配信用のセットとパソコン、ベッドとテレビ、真ん中には小さなちゃぶ台1つと、女の子の部屋としては少し物足りない簡素な部屋だった。
「あんまりジロジロ見ないで、早く座りなさいよ」
ちゃぶ台に着き、その上に生徒手帳を置く。初音がすかさず手を伸ばすが、スっと躱す。
「ちっ。てかさっきは気が付かなかったけどその制服、うちの高校じゃん!しかもそのネクタイの色、同級生」
「ああ、そうだ。キミがちゃんと登校していればわざわざここまで届けに来る必要もなかったんだがな」
「さっきの配信見てたでしょ?私に学校なんて行ってる暇ある訳ないじゃない」
「ごもっとも。で、詳しい奴に少しキミの事を教えて貰ったって訳」
「なるほどね。それで、質問って何? 」
「配信とかライブでキミが使ってる楽曲や、その容姿だが、原曲は神Pの曲とアバターだよな」
「そうだけど、それがどうかしたの」
「……本人に許可は取ってるのか? 」
「当たり前でしょ! 勝手に使ったらダメな事くらい分かってるわよ。証拠だってあるんだから」
「嘘だな、俺は許可なんてした覚えはない」
「なんでアンタの許可がいるのよ。アンタには関係ないでしょ」
「あ、いや、そっそれは…… 」
(しまった、初音は俺が神Pだという事を知らないんだった)
少し考え込んでいた隙を突いて初音がちゃぶ台に置いてあった生徒手帳を奪い取った。
「あっこら! まだ話は終わってないぞ! 」
「質問には応えました、コレは返してもらいます。拾ってくれた事には感謝してるわ。勝手に家に上がり込んだ事もこれでチャラにしてあげる」
「証拠って何だよ」
「教える義理はありませーん!ほら、話は終わり!早く帰りなさい」
そう言って初音は俺の背中を押し部屋から追い出そうとしたがその時だった。俺のケータイの着メロが鳴り出した。慌てた俺はすかさずケータイを取り出して音を消した。悠也からの着信だったが、どーせ初音の事についてだろう、無視無視。証拠の事は気になるが、ミクはさっきから黙りだし、一旦帰って体勢を立て直すしかないか。
「分かった分かった、今日の所は帰るさ」
そう言って部屋を出ようとしたが、今度は初音が俺のブレザーを引っ張って引き止めた。
「ちょっと待って!! 」
「なんだよ」
「今の着メロ、もう一度聞かせて」
「なんでだよ」
「いいから」
「聞いたって何も面白くは……あっ…… 」
別にきかれた所でなんの問題も無いだろうと、ケータイを取り出して聞かせようとしたが、この着メロは今制作中の新曲だった事に気付き踏みとどまった。
「今の曲、凄く神Pっぽかったんだけど、初めて聞く曲なのよ」
「ねえ、お願いだからもう一度聞かせて」
「……分かった。じゃあ証拠を見せてくれたら聞かせてやるよ」
「分かった! 見せてあげるからこっちきて」
再び部屋の中へと戻り、パソコンを触わる初音の隣に座る。メールボックスを開き、俺とやり取りしたメールを見せてきた。そこには紛れもなく俺のパソコンのプライベートメールアドレスが表示されており、数通やり取りした内容もバッチリと記載されていた。
「(バカな……どうゆう事だ……ありえない。このアドレスは俺がボカロPになる前に使ってたやつだぞ。ボカロPになってからは一度も使った事はないはずなのに、なんで…… )」
「ね、これで分かったでしょ!ほら、次はアナタの番よ」
仕方なくケータイを開いて、まあこの位なら大丈夫だろうと高を括り、曲を聞かせることにした。だが、どうやら俺は初音の事を甘く見すぎていたようだ……




