10曲目
-9月1日-am8:00-晴れ-
「遅いな、あいつ……ミク、今何時だ」
「ちょうど8時だね。あっバスが来た」
「いいか、バスの中では絶対に喋るなよ」
「分かってるよ」
いつもの場所と言われてすぐに思い付いたのはこのバス停だったが、いつまで経っても姿を表さない悠也に、もしかして俺の思い違いかと不安になっていると、遠くの方からバスが来るのが見えた。ついでにバスの少し後ろから猛ダッシュしてくる悠也の姿もあり、取り敢えずは肩をなで下ろした。
「うおおおぉぉぉ」
他人のフリをして一足先にバス停に着いたバスに乗り込む。すると閉まりかけるドアに手がかかり、息を切らしながら悠也が乗ってきた。
「よ、よう、相棒」
「……朝から元気だな」
悠也と顔を合わせるのは随分と久しぶりにはなるのだが、俺達は結構な頻度で連絡を取りあっていた為、特に思い出話をすることも無く、バスに揺られること20分、バスを降りてから10分ほど歩くと、俺達の通う高校へ着いた。高校へ来るのは入学式の時以来だ。中学の時のトラウマが蘇り、俺は足が止まった。それに気付いた悠也は玄関で立ち止まってる俺に「大丈夫、心配すんな」と言う表情で背中をポンと叩いた。コイツが居なかったら俺はここで引き返していたかもしれない。
「ありがとな」
「当然」
予鈴が鳴り、俺達は靴を靴箱へ入れ、駆け足でクラスへと向かった。そして教室のドアの前で再び立ち止まる俺の首を腕で掴み勢いよくドアを開けた。
「おはよう!! 」
部屋中に届く程の大声で挨拶をして教室の中へと俺を引っ張りながら入っていく悠也。クラス中の視線が一斉にこちらへと向く。
「おはよー」
「おはよっ悠也くん」
「おいっすー」
「久しぶりー」
「今日は一段と元気だな悠也」
「おはよっすーてかそいつ、誰」
「え、誰々??転校生? 」
クラスの皆から挨拶が返ってくる。悠也はクラスでは人気者のようだ。悠也は皆に手を振り笑顔を返しながら教壇へ向かい、俺を立たせた。
「ほら、お前も挨拶しろよ、第一声が肝心だぜ。みんな、ちょっといいか」
周りの視線が俺に集まる。
「……お、……おはよう」
クラス中がザワつく。当然だ、俺はこのクラスの面子は悠也以外初対面なんだからな。
「もしかして、神城くん? 」
誰かが言った一言を皮切りにクラス中が騒がしくなる。
「まじ? 神城!? 」
「えーウソ!? 」
「え?神城君ってよく悠也君が話してたあの? 」
「マジかよ悠也、そいつがお前の親友の神城? 」
どうやら悠也は俺の事をよくクラスの話題に出してたらしい。後から聞いた話だが、悠也はずっと不登校だった俺の話をクラス中にしていたようだ。いつか俺が登校して来た時に戸惑わないように。
「おはよう!神城君」
「おはよー」
「おいっすー」
「やっと来てくれたな神城」
「待ってたよー」
「これでやっとクラス全員揃ったね」
「ありがとう神城くん」
クラスの皆は暖かく俺を迎えてくれ、俺は泣きそうになるのを必死に堪えながら席についた。暫く俺の席の周りに人集りができザワついていたが、ドアが開き担任が入って来ると皆バタバタと席に戻った。
「お前らなに騒いでんだ! ほら、出席取るぞー」
担任は出席簿を乱雑に教壇に開き出席を取り始めた。
「……大塚ー(はいっ)……神城……は休みっと。菊池ー」
俺の名前を飛ばそうとした時悠也が割って入った。
「せんせー、出席ん時くらい生徒の顔ちゃんと見たらどーすか」
「ん、どうした……え?! 」
顔を上げ悠也の方を見る担任。そして俺が座っている事に気付く。
「お、お前、神城か!? す、すまん」
「えーコホン、じゃあもう一度いくぞ、神城」
「っはい!! 」
「よく来てくれたな」
「せんせーみんなの顔見て無さすぎー」
クスクスと笑うクラス、担任は顔を赤らめる。出席を取り終わり、そのままHRが始まったがその時事件は起こった。
-着信音-♩
「……誰だ今ケータイ鳴らしたやつ」
皆一斉に音源の方へ顔を向ける。そう、俺の方だ。
「神城、後で職員室に来なさい」
「さっそくやらかしたなー神城」
「さすが悠也の親友」
「ドンマイ神城くん」
マナーモードにするの完全に忘れてた。てかミクの奴、その辺は空気読んでくれよと心の中で思い、机の下でこっそり携帯画面を睨むと、ミクは焦り顔で「ごめん」とジェスチャーしながら口をパクパクさせていた。
そんなこんなで、休み時間の度に俺の机の周りには人が溢れ、質問攻めに会いながらも何とか昼休みを迎え、悠也と人気のない屋上で昼食を摂ることにした。
「クラスの奴ら、みんな良い奴だろ」
「そうだな、ありがとな悠也」
「……じゃあそろそろ教えてくれ、お前が学校へ行こうなんて思った本当の理由を」
さすが親友、何でもお見通しって訳だ。俺は何も言わずポケットからケータイ取り出して地面に置いた。
「ほら、挨拶しな」
ケータイ画面を悠也に見せる。
「おっそれってお前のボカロのミクじゃん、よく出来てんな」
画面の中のミクの姿を眺める悠也。
「は、初めまして、ミクです」
「うわ、喋った!」
「びっくりした、喋るのかこいつ」
「で、これがお前が学校へ来る事になった理由か? 」
俺はミクを交えて事の経緯を全て話した。
「……なるほどな、つまりミクちゃんは自我を持っていて、自分の意思で喋ってるって訳か」
「そうゆう事。で、コイツに俺のケータイとパソコンが人質に取られたって訳」
「人質だなんて人聞き悪いなぁ!! 」
「まあミクちゃんの言う事は間違っちゃいないな」
「それで、お前は神Pとしての活動はどうすんだ」
「勿論再開するさ、コイツとならなんかすげー事が出来る気がするんだ」
「そっか、俺は応援するぜ」
「ありがとな」
ミクの正体を悠也に明かし、昼食を済ませて教室へ戻る。そして授業も全て終わり、職員室でこってり絞られ、あっという間に放課後になった。
「じゃあ俺は先に帰るからな、帰りくらい一人で大丈夫だよな」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあまた明日な」
「またな」
「ミクちゃんもまたね」
「バイバイ、悠也くん」
悠也と別れミクと二人帰路に着く。イヤフォンを付けて会話をすれば周りには電話をしてる様に見えるだろう。
「正直学校なんて行かなくてもいいって思ってた。でも人と関わるのがこんなに楽しいなんてな。すっかり忘れてたよ。ありがとな、ミク」
「ボクはただ、マスターにキッカケを与えただけだよ。マスターの人柄と、親友のおかげだね」
「ああ、ホントにな。アイツには頭が上がらないや」
「お礼に次の日曜、新しい機材揃えに行くか」
「やったー!! 」
こうして俺は再び学生生活を送る事になった。ミクと一緒に。




