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2024年-3月9日-武道館-
それは歌と言うにはあまりにも激しく、攻撃的で、だが何処か儚げであり、感情をむき出しにした、まるで彼女の心の叫びの様だった。
「もういい! やめてくれ……それ以上歌ったら本体が持たない! 」
ステージ上の彼女はそれでも歌い続ける。
恐らく分かっているのだろう、自分にはもう時間が残されていない事を。
ステージに上がろうとする俺を必死にくい止める初音の目には涙が溢れていた。
「……聞いてあげよう、あの子の最後の歌を」
彼女の体にはノイズが走り、音声も乱れ、ARも正常に表示されなくなる。
侵食する崩壊を止める術も持たず、ただステージの袖で見ている事しか出来ない自分を、これ程までに情けないと思った事は無い。
先程まで熱気に溢れていた会場も、嘘のように静まり返っている。
(ああ……もっと歌っていたいな……もっと……マスターと一緒に居たかったな……ありがとうマスター……ボクを……こんなに素敵なステージに立たせてくれて)
(でも……もう……時間が無いみたい……ごめんね……)
「ありがとう……そして……さようなら……」
彼女はステージ袖の俺の方へ顔を向け、涙を浮かべながらもニコリと笑いながらそう言った。
彼女の体が足元から徐々に消えていく。
「悠麻くんっ!!」
その瞬間、俺は初音の制止を振り切り、ステージへ駆け上がった。
一瞬ザワつく会場に脇目も振らず
「待ってくれ!!行くな!!まだ、俺達の夢は叶っていないだろ!俺を…俺を置いて行かないでくれ!」
俺の伸ばした手を彼女は優しく握り、涙を流しながらもニコリを笑顔を作り、マイクを外しこう言った。
「ありがとうマスター……ボク、幸せだった」
足元から胴体、そして顔、最後に握りしめていた手が光の粉となり消失した時、会場全体にエラーを示すメッセージが流れる。
――深刻なエラーが発生しました――
――深刻なエラーが発生しました――
ステージ上には機械をむき出しにしたロボットがまるで役目を終えたかのように佇んでいた。
皮肉にもこの日、俺達の夢は叶う事になる。
余りにも大き過ぎる代償を払って……




