231話 これからの方向④
「ドクター、このウイルスが人の手で作られたモノでないとはどう言う事でしょう?」
タウさんがドクターにしたこの質問、『人の手』でないとしたら、何の手だ?
傘屋もマッドサイエンティストも一応『人』だ。彼らが作ったのなら一応は『人の手』になる。
では、人でない……ものの手。
猫の手。…………可愛すぎる。出来上がったモノは最悪だが。
獣や動物……ではないだろう。
人ならざるもの、つまり『神様』?
「僕にはそれが何者の手によって作られたかは分かりません。所詮、僕は一介の人間にすぎませんから。もしかすると偶然の産物かも知れない……」
「人の手で作られたモノでないと思う理由をお聞きしても?」
「それはスキルで証明出来ました。僕や伊藤くんが持ってるウイルス除去のスキル。それからカオさんお借りしたネックレスの浄化のスキル。面白い結果がでました。院内で最近避難してきた一家がインフルエンザに羅患していました。彼らは点滅者でもありました。僕のスキルでインフルエンザのウイルスは除去できましたが、ゾンビウイルスは残りました。しかし、先にネックレスを使った患者はインフルエンザウイルスは除去出来ませんでした」
「それは……」
「ええ、つまり僕や伊藤くんのウイルス除去スキルは、地球のウイルスは除去できた。そしてネックレスの浄化は謎のゾンビウイルスのみ除去できた。ゾンビウイルスは元から地球にあったモノではない。最近どこかからやってきた、と考えました」
「それは神の領域である謎の『魔』をまとっているウイルス、地球に無かった魔素」
「隕石落下で一緒に来たのですかね、隕石にくっついて」
「そうかもしれませんね」
「でもさ、でもそれなら隕石落下直後に流行ってないか?それに落ちた場所近辺は特に……」
「カオるん、でも落ちた場所の状況は俺ら知らないし、日本よりもっとゾンビ化してるかもよ?」
「そうですね。海外の情報は入ってきませんから。確か日本も小さいのが九州あたりに落ちたって噂がありませんでした?」
「あの、でもさ、石にくっついて来たのだけだと少なくないか? 俺は……あ、これ、勝手な想像だけど、隕石で地球に眠ってた何かが起こされた。その起こされたのが『魔素』って呼んでる何かな気がする。『魔素』はゾンビウイルスとは違うんだ。『魔素』が入り込んでどう変わるかは元のモノによる。じゃないと地球は全てが悪い生き物だらけになっちまう」
「ではゾンビウイルスも元は地球の何かのウイルスだったと言う事でしょうか?」
「地球の奥底に眠っていた未知のウイルス……。なるほど大災害で地上に吹き出しそれが巻き上げられ雨となり降り注いだ…」
「俺は医者でも科学者でもないからそれは知らん。でも怖いのはさ、人間はその『魔ウイルス』で簡単にゾンビになっちまうって事。良い人も悪い奴も大人も子供もだ。自分で選べない」
「そう言う事か」
「これだったのか」
タウさんとカンさんが苦しげに絞り出したような声で同時に言った。タウさんとカンさんはお互いを見て頷いていた。
「私があちらの世界で神の信託を受けた時に見せられた世界、地球の終末のような走馬灯、街は崩れ、多くの人が亡くなり、それでも自然災害は続き溺死凍死餓死だけでない、さらには人同士が殺し合う、そしてその肉を貪り喰らう、骸骨のように痩せた大人が子供を齧っていた、最早人と言えないそんな世界を観せられてそれでも戻るのかと問われた」
「はい、僕も同じモノを見ました。人間が魑魅魍魎のような世界、けどそれでも翔太と最後を迎えたいと僕は帰還を選んだ」
「隕石落下、地震、津波、火山噴火、自然災害はまだまだ続くのでしょう。そして人間として生き残れるかの戦い。この先もっと悲惨になっていくのでしょうね」
「でも帰還を選んだのは自分だもの、私は私の生きたいように生きてから死ぬわ。勿論すぐには死なないけどね」
そうか、神様の神託にもある通り、もう昔の平和な地球には戻れないんだな。
でも日本に戦争が無かったのはこの百年未満だろ?飽食の時代もここ数十年だろ?
当たり前に物が手に入り、行きたい場所へ行けて、ネットが楽しめて。それが当たり前だったからちょっと勘違いした。
そんな夢のような時代を生きれただけでもラッキーだ。それを糧に今後を頑張ればいいじゃないか。
俺たちにはそれが出来る力がある。
「あのさ、『魔ウイルス』は人間に容赦ないかもしれないが、『魔素』は地球上の生物には公平だよな?『魔素』を受けて『魔人』とか『魔物』になるなら大変だけどさ、悪者でないなら『魔素』は怖がらなくていいんじゃないか? 警戒が必要なのは『魔物化したウイルス』だ。それで、今はそれに対抗できる魔法やアクセサリーがある、ドクターも居る、きっとワクチンを作ってくれる」
「そうよ、カオるんの言う通り。日本人全員を救おうとするから、魔ウイルスの脅威にビビるのよ。この大災害で既に全員どころか半分以下も残ってないんじゃない?日本人。残りの日本人を救ったからって感謝してくれるのはほんのひと握りよ?札幌の拠点周りなんてみんな勝手に生きてるわ。」
「アネさん……」
「そうなんだ、札幌……」
「そうよ、札幌の街はみんな逞しいわよ。怯えて隠れていない。自衛隊が時計塔広場にパソコンを設置したから、『エント登録』に毎日行列が出来てるわ。広場にはゾンビウイルスの注意喚起も行ってる。御遺体は古漬けになるから火葬場もフル稼働ね」
「街中に火葬場があるんですか?」
「作ったの、自衛隊が。彼ら頑張るわねぇ。頑張るとちょっとは応援したくなるわ。カオるん、バナナ余ってない? あったら頂戴?隊員には力をつけてもらわないとね」
「あるけど、バナナって別に何の付与も無かったよな?」
「スーパーのバナナじゃなくてダンジョンのよ?」
「うん、あるけど…ただのバナナだよな?」
そう言いつつ俺はダンジョンバナナを一房取り出した。
うん、立派だが普通のバナナだ。
「ふふ、これよ。付与とか関係ないの。美味しいは正義なんだから!」
そう言ってアネは俺の正面に立ってトレード画面を開いた。アネは自分の画面に魔石を置いた。
あ、うん。魔石とバナナの交換ね? いつもは俺がバナナを貰う方だったが、あげる方になるとは新鮮だ。
とりあえず、ボックスにあったダンジョンバナナの半分をトレード画面に乗せた。
「あら、こんなにいいの? 全部くれなくていいのよ? マルク君達だって食べたいでしょう?」
「あ、大丈夫。まだある」
「どんだけ持ってるのよ! 流石カオるんね」
ん〜?最後のひと言が誉めてるのか貶してるのかわからん。
「おふたりには敵いませんね」
見るとさっきまで悲痛な顔をしていたタウさんらに笑顔が戻っていた。
笑っていても危機が去ったわけではない。
「川とか海も汚染されてるんだろうなぁ……。マグロもイカもかぁ。こうやってクラーケン伝説が出来て行くんだな」
「クラーケンが居るかどうかはわかりませんが、ゾンビウイルスとは別に降り注いだ魔素で魔物化した生物は今後出てくるでしょうね」
「うへぇ、リアルモノハンかぁ」
「モノハン?」
「モンスターのハンター。略して『モノハン』。結構流行ったゲームだけどカオるんやった事ない?」
「無かったなぁ。俺、LAFやめてからはたまーにパソコンの麻雀とかソリティアやるくらいだった」
「僕はモノハンより断然LAF派ですね。LAFが先細りで終了する話が出た時、絶対『LAF2』が出る!と信じてそっちへの移行を考えてました。2へ行く前に異世界へ行っちゃいましたが」
「あはは、それなぁ」
「リアルLAFでしたねw」
「いいなぁ、僕もそっちのゲームをやっていれば良かった。まぁ、ウイルスが水に居る事が判明しましたし、この先はウイルスが水の中でどのくらい生きれるのか調べようと思います」
「そうですね。是非お願いします。地球が、日本が平常時ならあちこちの水質を調べるべきでしょうが、今の状態でそれは無理でしょう。ならば、そのウイルス共存して私達が優位に立てば良いのです。ドクター、よろしくお願いします」
ドクターが部屋から出て行った。
俺らは大雪山の本部へと場所を変えた。




