201話 こっちでも迫る危機⑥
「とりあえず急ぎましょう。出血が酷いと言っていました」
マップでは、敷地内には赤い点はない。しかし、このご近所には幾つか赤い点が写し出されていた。
残して来たキヨカやカセ達も気になる。急ごう。
タウさんの後ろに付いて、開いていた門を潜ると、すぐ横の木に血が付いているのに気がついた。
木の根元には大量の血痕がある、しかもまだ新しい。
さっき話に出てたタウさんの妹……の、だろうか。
木から少し離れた庭の地面に血を引きずったような跡が、家の表庭へと続いていた。
マップに赤い点は無い、身内、人間の血だろうか。庭へ引き摺って連れて行ったのか。
俺達は玄関ではなく庭の方へ回った。
「この家は、義妹の橙子、夫の大輔、晃と梓の子供ふたりで4人家族です。マップの黄色い点4つは彼らだと思います」
「庭で犬に襲われたのか」
だが、庭に出た時に、新たな脅威を目のあたりにする事になった。
そこに死体があったからだ。しかも2体。……4人家族だよな?黄色い点は四つあるよな?マップを超拡大サイズにして点の数を確認して、また地面に目を落とした。
腐った死体。腐っているが真新しい死体があった。
うん、矛盾してるのはわかる。新しい腐ったって何だよ。
と言うのは、死体は腐ってだいぶ経つように見えるが、この地面の荒れ様はつい最近っぽい。
ゾンビ犬にやられた……近所…の人か?……近所の腐った人?
「なんだ、こりゃ……」
「人の死体ですね」
ガタガタ、ガラッ
突然、近くからの音に飛び上がった。
すぐそこの窓が中から開けられた。
「創一さん!」
「大輔さん、ご無事でしたか、橙子さんは?」
「とにかく入ってくれ!」
窓から?と思った時、玄関が開く音がした。
「おじさん!おじさんっ!」
玄関から少年が出て来てタウさんに抱きついた。
「とにかく中に入りましょう」
少年に言ったのか俺たちに言ったのかわからないが、タウさんが少年を抱えるようにして玄関へと歩き出したので、俺らも後を追った。
玄関の上がり框には服や手が血だらけの憔悴した男性が立っていた。
たぶん、この人が『大輔さん』なのだろう。そしてタウさんが抱えているのが『晃君』。
怪我をしたのは『橙子さん』で残りが梓……さん?女性ふたりは見えない。
「創一さん、無事でよかった、ここ数日、なんかおかしな事が……、何がなんだか、そ、それで橙子が」
「落ち着いてください。大輔さん、まずは橙子さんのところに」
「あ、じゃあ俺は玄関の前でマップ見とくわ。赤が来たらやっとく」
「お願いします、ミレさん。カオるんとマルク君は橙子さんの回復をお願いします」
「おう」
「待った」
玄関から出て行こうとするミレさんを引き止めた。
「ブレスドアーマー!ブレスドウエポン!」
ミレさんに魔法をかけた。『ブレスド』は一種の聖魔法だ。例えば、『エンチャントアーマー』は防御力アップだが、『ブレスドアーマー』は聖なる防御力のアップ、つまり、アンデッドの攻撃を防ぐ力がアップする。
外に転がってた死体がゾンビなら、ここは絶対『ブレスド』だよな。
「サンキュ!」
ミレさんが玄関から出て行った。
俺たちはリビングに通されたが、そこに『橙子さん』は居なかった。
「橙子さんは……「おとーさん!お父さん!お父さん!お母さんが死んじゃうっ!」」
タウさんが問いかけた声に、ヒステリックな少女の叫び声が被った。
慌てるようにリビングから出る大輔に、タウさんと俺らは続いた。
寝室のベッドに寝かされた血まみれの女性、その横に血と涙でぐしゃぐしゃの少女がいた。
タウさんが振り返り俺を見て頷いた。俺はベッドへ進み出て魔法を唱えた。
「フルヒール!……清掃!」
全回復の魔法と派遣魔法の浄化のやつだ。ゾンビに噛まれたのなら念のためと思いかけた。
マルクは少女へヒールをかけていた。
橙子…さんの寝息が定期的なものになった、ように見えた?俺は医者ではないからよくわからん。
それと、身体から出た血液が魔法で戻るのかは不明だ。ゲームだと『フルヒール』は完全回復で体力は普通になるのだが、そこがリアルだとどうなるのか。俺は知らん、神様のみが知るやつだな。
あと、因みにヒールをかけても服の汚れは綺麗にならない。血まみれだったり破れたりしてるのはそのままだ。
ゲームでは元通りだったが、流石にリアルでそこまで求めるのはダメだろう。
苦しそうに唸っていた橙子さんが静かになったので死んだと思ったのか、大輔は慌てるように橙子さんに縋りついた。晃と梓もだ。
3人が横たわった塔子さんに縋りついて大号泣を始めたら、橙子さんが目を開けた。そうだよな、そんなに煩かったら目も覚める。
「橙子!橙子橙子!」
「おかあさああああん」
「母さんっ!母さ…」
タウさんは彼らが落ち着くまで待つ事にしたようだ。
『ミレさん、そっちはどうですか?』
『おう、特に問題なし。マップの赤も遠いな。視認に敵なし』
ミレさん……死人に口なしのダジャレかw(注:ミレさんにそんな気はない)
『カオるん、皆さんの所へ戻ってこちらまでテレポートで連れて来ていただけますか?』
『わかった』
俺はそう言うと廊下に出てからさっきのタウさんの自宅へテレポートをした。
タウさんの念話はキヨカ達にも伝わっていたので、玄関に集まった皆を連れて戻った。
タウさんはカセ達に庭の死体の処理を頼んでいた。とりあえず敷地の外へ出しておいてほしいと。
カセ達はミレさんと一緒に外で待機するそうだ。キヨカだけが俺に付いて中へ戻った。
俺が中へ戻ると、タウさんが廊下を歩いてくるところだった。
「橙子さん達には着替えてもらう事にしました。私達はとりあえずリビングに居ましょう」
暫くして着替えた一家がリビングに集まり、タウさんに寄って紹介された。
橙子さんはまだ少しだけ青白い顔をしていた。いや、元からなのか、それともこの世紀末で食事が取れないせいだろうか?
娘の梓?は、何故か不貞腐れた顔をしていた。晃が中3で梓が中2か、反抗期真っ盛りなのだろうか?いや、晃の方は好奇心が爆発しそうな顔でこちらを見ていた。
うちのマルクも12歳で本当なら中学生か。反抗期はこれから来るんだろうか……。
マルクに『うっせぇ!クソオヤジ』とか言われたら、パパ泣いちゃう。考えただけで涙が出てきた。
「カオさん?」
「父さん?」
マルクとキヨカが慌てて俺に寄ってきた。すまんすまん、何でもないぞ?
タウさんは、橙子さんと大輔から災害後の状況を聞き出していた。有希恵さん(タウさんの奥さんだが)のお父さんは無事だそうだ。
さっきのタウさんの家の近く、歩いて直ぐの所に居るそうだ。ブックマークはしてあるからいつでも行ける。
ちょっと混乱なんだが、さっきの場所、名古屋城の側に、タウさんち、義理の親父の家、タウさんの職場の事務所があるそうだ。
そしてこっちは熱田神宮の側で、妹(有希恵さんの妹)の橙子さんちと親父さんの会社や倉庫があるらしい。
「義父は有希恵と橙子さんの父です。私は婿なんですが、義父とは一緒には住んでいません。結婚の条件のひとつが『自分の城を建ててみろ』でしたからね」
タウさんは笑いながら言ったが、そうそう自分の『城』なんて建てられないぞ?確かにさっきのあの家は普通じゃなくオシャレだったな。どんな金持ちが住むんだって思う。
「待って、まさか本当にそのまんまの意味? 自分の手でトンカチ握ってトンカン建てたんか?」
「勿論ですよ。私の職は『大工』ですから」
なるほど、ステータスに『DIK』が出るわけだ。
「あのお義父さんと対抗出来るのは創一さんくらいですよ。僕は犬小屋だって建てられません。よく橙子と結婚を許してもらえたと思います、今でも不思議です」
「実家のあのこれでもかってくらいの和風の家の近くに、有希恵姉さんの旦那さんがこれまた洋風な家を建てちゃって、ビックリだったわ」
「有希恵の要望を取り入れたらああなりました。まぁ、それはともかく、お義父さんや皆さんが無事で良かった」
ええと名古屋城の方のタウさんちの近くの親父さんの家には、今は家政婦さんや仕事仲間も避難しているそうだ。
家政婦さん……いるんだ。凄い。元から家政婦さんは住み込みだったらしい、それ以外に親父さんの会社の社員で下宿していた者や、タウさんの事務所ビル(上はマンションらしい)に居た人らも、親父さんとこに身を寄せているらしい。
こっちの熱田神宮近くに居た橙子さん一家も、親父さんとの合流を考えていたが、火山灰が積もり移動を考えて二の足をふんでいたそうだ。
こっちにある親父さんの会社の倉庫に防災用の物資が保管されていた事も、こちらに居続けた理由のひとつだそうだ。
もっとも、近隣の団体に知られてかなり持っていかれたらしい。
「でも、祖父ちゃんの会社の分とは別なとこに、俺の倉庫を作ってくれてたから、うちの分までは持っていかれなかった。創一伯父さん、俺の計画書覚えてる? あれで保管してたやつ! まさか本当にゾンビが蔓延る世界になるなんて思ってなかった、いや思ったから計画書作ったけどビックリだよ、母さん襲ったのゾンビだったよね?ゾンビだよね?」
うん、晃が止まらなくなった、厨二病が発症か?中3だが。で、何?ゾンビが蔓延る世界に対応するための何かを作ってたのか?
まさかのタウさんも一緒に?
「タウさん、バールのような物もホムセで買ったんか?」
「何を言ってるんですか、カオるん。バールよりもシャベルですよ!」
あ、うん、そっちね。
まぁそうだよな、どんなにエリートで金持ちでも、LAFを10年続けているくらいだからな。
厨二病の甥っ子と伯父さんね。タウさんが晃の頭を撫でていた。
「ズルい! 創一伯父さんはいつも晃ばかり可愛がる! 私の方が可愛いのに!」
さっき不貞腐れていた姪っ子をタウさん苦笑いだがスルー?
あ、姪っ子、梓の目に涙が……、タウさん大丈夫か?
「あのね、嘘泣きはダメだよ? 泣いて相手の気を引くのは良くないって、真琴ちゃんが言ってた。真琴ちゃんのクラスに居たんだって。すぐ泣くけど、嘘だってわかるって。本当に悲しい時まで泣いちゃダメ。お母さんとこで泣いてたのも嘘と思われちゃうよ?」
マ、マルクくんや?その戦争に割って入るのはめちゃくちゃ勇者すぎるぞ?
「…………ごめん、なさい。……伯父さんごめんなさい」
ビックリしたぁ。あのヒステリックに泣きわめいてた子が、謝った。
「いいんですよ。梓もよく頑張りましたね。偉かったです」
そう言って梓の頭をタウさんが撫でた。
「お母さん、ごめんなさい! お父さんごめんなさい、晃…お兄ちゃんもごめんなさあい」
そう言って泣く梓を両親が抱きしめていた。
…………今度はマルクは嘘泣きと言わない、本当泣きか?
「ビックリした。梓にお兄ちゃんって言われたの何年ぶりだよ」
「さて、まずはお義父さんの所に行きましょうか? カオるんお願いします」
えっ?いきなりテレポート?説明なしで?
俺の心の声が聞こえたのか、タウさんにニッコリと頷かれた。カセ達には念話で次の便(?)で連れていく旨を伝えてから、橙子さん一家を連れてタウさんちへ飛んだ。
何か騒いでいたが無視してカセ達を迎えにテレポートした。
俺もそうだったがタウさんも『あとでゆっくり説明します』でゴリ通していた。
タウさんちに一家とカセ達を置いて、タウさん、ミレさん、俺、マルクの四人で、徒歩で親父さんちに向かった。
自分で説明しなくて良いのは気がラクだ。
親父さんちでブックマークを済ませて、洞窟へ飛んだ。直ぐにタウさんちへ戻り、橙子さん一家とカセ達を連れて洞窟へと飛んだ。




