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189話 見えなかった真実③

 政子が俺を執拗に虐めてたのは理由があった。でもそれは政子の理由であって、俺には無関係だ。

 俺には知る権利があり、知った。

 許す義務はないので、許さなかった。俺は政子を哀れとも許そうとも思えなかった。


 喧嘩をして許せるのは、喧嘩をした相手との間に何らかの『愛』があるからだ。

 俺と政子の間には何も無い。



「政治叔父さん、俺は政子を許す事はしない。俺はそう決めた」


「香が決めたのならそれでええ」


「政治叔父さんが知ってる以上に香は色々やられたんだ、あの家で……。俺は何も出来んかったが」



 春ちゃんは充分助けてくれた。俺と一歳違いの春ちゃん、俺が子供だった時は春ちゃんだって子供だ。

 けれど春ちゃんには沢山助けてもらった。



「春ちゃんが居たから俺、我慢出来たし頑張れた。俺、春ちゃんが名古屋に行くって聞いて、俺を置いていくんだってずっと……ごめん、雪姉さんに聞くまで春ちゃんは俺の事、お荷物だったんだって、思ってた」


「バカだなぁ、香は。あんなに一緒に居たのに荷物のわけないだろ。俺が香の荷物になりたくなくて嘘をついたんだ」


「うん、うん、知ってる。雪姉さんに聞いた。俺、逃げてごめん。知らせずに行方不明になってごめん」


「俺もちゃんと話せば良かった。今だから、この歳だから言えるけど、あの頃はお互い子供だったし金も力もなかったからな」



 マルクが俺の脇から顔を出した。



「で、この子は?」


「あ、俺の息子マルクだ。養子なんだ。政治叔父さん達にもまだ紹介してなかった。ここに着いて直ぐに春ちゃんの危機があったから」


「春叔父さん、こんにちは。父さんの息子のマルクです」


「こんにちは。春政です。うん、それにその格好の事とか、色々聞きたいなぁ」


「お互い積もる話がありすぎだな」



 政治叔父さんが俺の顔を覗き込んでクシャリと笑った。



「うん、来た時よりいい顔になったな」


「香は聞きたくないかも知れないが本家の話、俺が離れで過ごした間の話だ。政治叔父さんも知らない話もある。香は両親に会うつもりはないだろう?香にとっての両親は政治兄さんと悦子おばさんだ」


「うん、そうだ。叔父さんとおばさんが俺にとっての両親だ」



 俺がそう言った時、政治叔父さんはクシャリと顔を顰めて嬉しそうに笑った。俺の好きな顔だ。



「その事実は変わらない。本家の話を聞いても香を育ててくれた人は変わらない。でも、知っておいた方がいい。香は自己肯定が低い。『親兄弟に愛されなかった自分』が香を低くしている」


「でも、今更何を聞いても……」


「うん、今更何を聞いても、香にとってマイナスじゃない。政治叔父さん達も雪姉さん達も俺も、香が大好きなのは変わらない」


「僕も!僕も父さん大好き!」


「うんうん、そうだよね。香を好きな人がもっと増えても香は変わらない。だから聞いて?


 祖父さん、香にとっての祖父さんと、兄の政一、ふたりはあの家に取り込まれた『長男教』の教祖のように馬鹿げたしきたりにがんじがらめの人生だった。抜けようと思えば抜けられたのに本人がそうしなかった。誰にもとめられない。


 けれど照政兄さんと綾さんは香を何とか逃そうとしていた。祖父さん達は正直頭がおかしいんじゃないかと思ってた。政一の事は諦めたと言ってた。だが親として最後までそばにいると。けれど香は外へ逃したい。


 頭のおかしな祖父さんがあの事件を起こしてくれて、香は本家を出る事が出来た。完全に切れてはいないけど、本家に居るよりはずっと良かったと思う。


 照政兄さんらはしばらく子供を作らなかった。あの本家で『香の後釜』を作りたくなかったんだ。

 けど、時代が変わり、祖父さんの憑き物が取れたようになった。そして香の妹弟である弘子と健人が生まれた。


 でもまだ政子が居た。だから香を呼び戻せなかった。政子の攻撃の先は完全に香になったままだったからな。


 政一が亡くなったのは、政治叔父さんらも知らんだろう?」



 春ちゃんの言葉に政治叔父さん達が驚いていた。

 こんな狭い村で、誰かが亡くなったのに知らない事なんてなるんだろうか?



「……いつ、だ?」



 政治叔父さんが静かに聞いた。



「もう、四年になるかなぁ」



 春ちゃんの話だと、政一は四年前に亡くなった。誰にも見送られず、火葬場で祖父だけが立ち会ったらしい。

 春ちゃんはもとより、両親さえも知らされてなかったらしい。


 政一は大学進学に失敗した。三浪して町の私大に入ったらしいが、結局卒業出来ずに数年留年した後に、中退した。

 勿論就職もせず、本家の跡取りとして家に居たが仕事はしていなかった。


 時々ぶらっと旅に出ては暫く留守にする事もあったので、亡くなった時も本家で見かけなくてもそれだと思っていたようだ。


 祖父はよくもそこまで隠しおおせた。本家に遊びに来ていた弘子(妹)の子供が裏山に遊びに行き、新しい墓を発見した事で発覚した。



「三年以上居なくても気が付かれないなんて、な。何となく照政兄さんも綾さんも、政一はどこかで亡くなっているのではと思ってたそうだ。まさか、実家で亡くなり隠されているとは思わなかったがな」



 祖父さんは必死だったそうだ。『長男』の政一が子供を作らずに亡くなった。その頃には次男の俺も行方知れずだ。

 三男の健人は、街でヒモのような生活だ。


 祖父さんはようやく『鹿野』は終わりだと気がついたんじゃないかな。

 祖父さんも政子も部屋から出て来なくなったそうだ。



「じゃあ、今本家には誰が居るんだ?」


「照政兄さんと綾さん、弘子一家が街から戻ってきた。この災害で街も物資が足りないらしい。健人もぶらりと戻ってきた」


「うちも弘子一家や健人とは全く付き合いがないからな。村に来ても挨拶もない」


「それと祖父さんと政子か、香、本家には行かんでいい。行くな」



「それがなぁ…………。祖父さんは死んだ」


「えっ」


「あの災害の直後か、心臓発作か脳梗塞かわからん、医者もおらんからな。


 政子も亡くなった。

 親父…祖父さんが亡くなって政子の部屋へ呼びに行った時には……。

 いつ死んだのか、政子が部屋から出てこないのはいつもの事だから誰も気が付かなかったらしい。


 本家は無駄に広い上に風通しがいいからな。政子の部屋のある一画は皆避けて近寄らんかったから余計に発見が遅れたんだろう」



 俺にとっては諸悪の根源だった政子と祖父さんの死。何も心に響かない。

 しかし政治叔父さんや春ちゃんにとっては父親であり姉か。


 ふたりの顔を見るが、表情からは気持ちが伺えない。

 俺が見ている事に気がついた春ちゃんは苦笑いになった。



「香、俺にとってもあの人達はほとんど他人だ。俺にとっての身内は香と一緒で、政治兄さんや雪姉さん、それと香、お前だ」



 そっか、そうだよな。『血が繋がっている』は関係ないんだ。マルクとは血は繋がっていないが、俺の大事な息子だ。

 春ちゃんも雪姉さんも政治叔父さんも、血が繋がっているから大事なのではない。


 ちゃんとそう言う関係があったから、大事なのだ。

 タウさんもカンさんもミレさんも、だから大事なんだ。


 俺はずっと自分を卑下して生きてきた。『血の繋がった両親兄弟』に愛されなかった人間として、どこか欠けているのだろうと。

 でも大事なのはそこではなかった。


 異世界でも大事な関係は沢山あった。

 地球に戻ってきた今更気がついても仕方がないが、この『帰還』は俺にとっては必要だったんだと思う。



 マルクの顔を見る。春ちゃんを見る、タウさんを見る、キヨカを見る、政治叔父さんを、良治……ひとりずつの顔を見る。


 皆が俺と目が合うと頷いてくれた。



 うん。




「カオるん、本家はどうしますか?顔を出しますか?」




「ああ、顔を出す。そして両親に別れを告げる。ちゃんと本家へ『さよなら』を告げるぞ」


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