184話 実家③
タウさんの念話の指示の直後、車がグンっとスピードを上げた。
『タウさん、さっきマップを見た時さ、赤い点が近くにあった。目玉の落ちたパンダが居た。多分それだ。けど他にも虎やライオンが居てもマップに赤い点はなかった』
『ええ、恐らく魔物化していない動物は赤い点では表示されない』
『じゃあ人間と一緒で黄色い点か?』
『いえ、黄色い点は人間のみでしょう。野良の動物はこちらを敵と見做して襲ってこない限りマップには映りません』
『それはまずいな』
何がまずいんだ?敵じゃないって事だよな?
『不味いですね。マップに映らないとカオるんが踏んでしまう』
そっちかよ!
『まぁ踏む前にこちらへの敵愾心でマップに映るかも知れませんが、近接戦になりかねない』
近接戦は苦手なんだよなぁ。臨機応変とか苦手でパニックになりやすい。だから俺はゲームでも後衛を選んでた。
ミレさんやカンさんが居ない事がこんなに不安に感じるとは。
俺がマルクとキヨカを守らないといけないのに。
「大丈夫。僕が父さんを守るからね」
「私はカオさんの前衛ですから!」
運転席と助手席から吹き出す音が聞こえた。
「いや、大丈夫だ。俺がふたりを守るからな!」
うん、大丈夫大丈夫大丈夫だ!やる時はやる男だ!出来るかどうかは別だが……。
アイテムボックスからポーションを取り出した。
「守るが、もしもの時はコレを使ってくれ。守るぞ? でもMP切れになる事もあるからな」
そう言ってマルクとキヨカに上級ポーションを渡した。助手席のナラには2本、クマとナラの分を渡した。
タウさんからの指示で精霊に道の灰を飛ばしてもらう。赤い点が魔植だけでないのがわかった。恐らく森の中にはゾンビ犬や他のゾンビ獣も居るだろう。
精霊には道に沿って細く軽めに火山灰を除去してもらう。あまりに大きく飛ばすと赤い点が、山から降りて町を襲うかもしれないからだ。
『もしかしたら……既に街は……』
タウさんの独り言のような念話に皆が沈黙した。クマはさらにスピードを上げた。
カーブが激しくなる、キヨカが酔い止めドロップをくれた。俺は噛み砕く。
途中、広い道に出た。閉まっては居たが道の駅があり、そこで一旦車を止めて全員下車した。トイレ休憩とブックマークだ。
マップで確認するが、近くに赤い点は居ない。しかし人も見当たらなかった。単に建物に篭っているのかも知れない。いや、それだったら黄色い点が映るはずだ。
出発して直ぐにまた細い道になる。マップにも赤い点が見える。
『魔物が山に篭るのは理由があるんですかね?』
あっちの車のカセからのパーティ念話だ。
『どうでしょうね。単に餌の問題……なのか』
『餌……、つまり、街に餌はない、と?』
『人が避難済みで居ない、もしくは建物に篭っていて出てこない。そう言う意味であってほしいですね』
『山にはまだ獣がいるって事か。って事は奴らは肉食って事か?』
『魔植が山から降りて来ないのは街はコンクリートやアスファルトで移動がしづらいってとこでしょうか?』
『そうですね。後は苦手とするエントの存在ですが、今のところエントを見かけてはいない』
『地面に潜ってるだけかも知れないよ?』
『そうですね』
『水やライトで地上に誘き出すか?エントが居れば魔植も寄ってこないだろ?』
『ですが、この地域の人がエルフでないと逆にエントに襲われます』
『そうだ、それがあったかぁ。エントはエルフ以外には容赦がないからなぁ』
『今はゆっくりとミサンガを配り歩く時間はないです。和歌山の状況を見るとカオるんの実家へも急いだ方がいい』
『うん、そうだな。あそこは山の中だ……あ、今がどうなってるかは知らんが』
『いやぁ、カオさんの叔母上に聞いた住所だと、結構過疎ってそうですよ』
俺ら一向はまた無言になり、俺の実家へ向けてスピードあげた。
「だいぶ近づいたはずです」
助手席からナラが振り返った。俺は窓の外を見るが全く記憶がない。
30年前、高校卒業と同時に出た村。あの頃は村の隣のそれほど大きくもない町の高校に自転車で通っていた。
その道が今もあるのか、どこも同じ景色で特徴の無い風景。
山道やトンネルをいくつか抜けた先にある小さな村。そこに至るまでに目印など全くない。
いつも決まった一本道を自転車で突っ走っていただけ。
道の途中に寂れた家を見かけるようになった。住んでいるのか放置されているのかわからない、昔ながらの古い家。
そこから少し行った所で車が停まった。
着いた……のか。
周りを見回してみたが全く記憶にない。
「この先は通行止めですね。トンネルが完全に山崩れで埋まっちまってる」
前の車から降りてきたカセがこちらに近づいてきた、タウさんらも車から降りたのを見て俺たちも降りる。
車のボンネットに地図を広げた。
「もう、この山の先だと思うんです。どうします? ここらに迂回路があるとは思えません」
「ありがちだ。一箇所山崩れると村が孤立する地域か」
「出入り口がこのトンネルだけでしょう」
「とりあえず皆さん、ここもブックマークをお願いします。カオ村トンネル前で」
タウさん、そのネーミング……。
「この程度の高さなら足で越えられそうですね」
「行けます」
「大丈夫だ」
「僕らも行きます」
「私も行きます」
タウさんはマップを確認していた。
「赤い点が多少ありますが、大丈夫でしょう。カオるん、カスパーを出してください。精霊とカスパーには、こちらを攻撃するのものは反撃の指示をお願いします」
「タウさんの精霊は?」
「私は火エルフですから。山火事を懸念すると迂闊に精霊を出せません。精霊の攻撃魔法はほぼ火魔法ですから」
そうなのか。冬の雪山とかなら良かったかもしれないか、雪のように見えても火山灰だからな。
どう言う体勢で行くのだろうか。
前衛はタウさんひとり。キヨカが前衛のナイトと言ってもリアルステータスにはまだスキルは出ていない。
後衛ウィズである俺とマルクはステータスにスキルがある。カセ、ナラ、クマもリアルステータスが出たばかりだ。川コンビはステータスさえもまだない。
「カオるん、ウィズは本来後衛ですが、今回は前衛寄りの中衛をお願いしたい」
「おう、わかった」
「私が先頭、その後ろにカオるんとマルク君。加瀬さん、奈良さん、球磨さんは河島さんと烏川さんを囲む様に三角の配置でカオるん達の直ぐ後ろを。キヨカさんはしんがりをお願い出来ますか?」
タウさんの指示でゲームの装備にチェンジした。防御力が段違いにアップするからだ。
キヨカは前から貸してあるドラゴンナイト装備だ。カセ達や川コンビは普通の皮シリーズを着せた。
俺たちはタウさんを先頭に山を登って行った。カスパーは俺の側をウロチョロしつつ、たまに俺に手を貸してくれる。
道の無い山を登ったり下ったりしながら進んで行く。俺やマルクが息切れしないのはゲーム補正があるのだろうか。時々カセ達にヒールをしながら進んだ。
カスパーと精霊が一緒に居るせいか、赤い点に襲われる事は無かった。獣もこちらの足音で逃げて行くようだ。
「変なのが居る」
マルクの声で周りを見ると、一本の枝に丸顔で毛がフサッとした獣がぶら下がっていた。
「ありゃあ、ナマケモノだな。あれも動物園から抜け出した奴だな」
「怠け者なの?」
「ああ、いつも木にぶら下がってるからそんな名前がついた」
「へぇ。でも可愛い顔だね」
「バナナあげてみるか」
マップを見ても直ぐ近くに赤い点は無かったのであれは魔物ではないな。アイテムボックスからバナナを出して掲げると、ナマケモノはゆっくりとこちらへ方向転換をしていた。
ゆっくりすぎるので木の根元にバナナを置いた。待っていられん。
それにしても白い(火山灰)森の中で獣、魔物、エント、精霊、俺のサモン……。まるでゲームの世界に居るようだ。
隕石落下の大災害で地球に終末が訪れると思った。だが世界はただの終末でなく思ってもなかった方向へ進んでいるみたいだ。
いや、俺たちがゲームスキルを持って戻った事自体、もう地球が別の方向へ進んでいると言ってもおかしくないか。
そんな事をぼんやりと考えながら山の下りが増えてきた時、ふと景色に見覚えがある、気がした。
いや、山の中の景色なんてどれも変わり映えがしないのだが、何故かデジャブを感じる。
あ。
『かおるのいえ』
木の板を削って書いた文字…、かおるのいえ。香の家。俺の家だ。
皆が足を止めた。
「カオさん、これ」
「ああ……。そうだ。昔、いくつだったか、ああ、8歳か9歳だったか。家を出て森に住もうと思ったんだ」
小学校に上がって本家の兄(政一)が絡んでくる事が増えて、家に帰るのが嫌になった頃だ。
ここに自分の秘密の家を建てて住もうと、あの頃は本気で思ってたな。
すぐに春ちゃんに見つかって、ふたりで秘密基地ごっことかしたな。結局それから祖父さんとの事件があって俺は政治叔父さんちに引き取られたんだ。
それでも秘密基地に、宝物を隠したりして遊んでいたな。
大木の祠の横に立てた看板、『かおるのいえ』、祠の中は今は火山灰が積もり、それをかき分けると落ち葉混ざりの土、手が汚れるのも気にせずに掘って行くと指先が何かぶつかった。
取り出すと出てきた缶は錆びてボロボロだった。中に土も入ってしまっている。四角い30センチ四方で深さが15センチ程の缶、錆びてしまって何の缶だったかはわからない。
中の土に塗れて平っぺったい石が幾つか見えた。
春ちゃんと集めた石だ。浅い川原で石拾いをやった。紙は原型も無くグズグスになっていた。
瓶が大小ひとつずつ。小さい瓶には小銭が入っていた。
そうだ、子供の頃叔父さんに貰ったお駄賃を、政一に盗られないように隠したんだ。
大きい瓶には、ビー玉とハンカチが入っていた。ビー玉は春ちゃんに貰ったやつだ。凄く綺麗な黄色のビー玉。青や赤は沢山あったがおれはこの黄色が気になった。春ちゃんはそのビー玉を何も言わずに俺の宝の瓶に入れてくれた。
『いいの?』
『うん、かおるにあげる』
『いいの?だってこれ、一番綺麗だよ?』
『うん、だからかおるにあげるね』
……俺はあの時、ちゃんとお礼が言えただろうか?嬉しいと気持ちを言えただろうか?
瓶に入ってたハンカチ、これは雪姉さんのハンカチだ。俺が政一と喧嘩をして唇を切った時、雪姉さんが拭いてくれた。
あれは、たぶん5〜6歳の時だ。まだ小学校に行ってなかった。ただ本家の家の中でいつも俺を叩いたり蹴ったりするヤツがいて、あの頃はそれが兄、政一だとは知らなかったがとにかく出会いたくない奴だった。
いつもはアザくらいだったのだが、あの時は政一の手が俺の口に当たり俺は歯が抜けた。今考えると乳歯だからグラついていたんだな。
俺の乳歯が抜けた出血は大した事がなかったが、俺を殴った政一の手が歯に当たったらしくて政一も手を若干切った。
それを知った祖父さんから張り手を貰った時に、抜けたばかりの口から結構出血したんだ。
それを拭いてくれたのが雪姉さんで、ハンカチを汚してしまって後で洗って返したら、香が持っていなさいとそのハンカチをくれたんだ。
何だろう、覚えていないと思ってた記憶がどんどんと芋づる式に蘇ってくる。
俺は雪姉さんから貰ったハンカチを宝物として瓶にしまったんだ。
「カオるん……」
タウさんの声で我に返った。皆はなんとも言えないような顔で俺を見ていた。
俺は慌ててその宝物を袋に入れてアイテムボックスにしまった。
「あ、いや、別にここが俺の家だったわけじゃないぞ?子供にありがちの秘密基地だ」
キヨカもマルクも何故涙ぐんでいるんだ。ナラは鼻をすすってる。
「あのな、俺、本当にこの穴に住んでいたわけじゃないからな、ええと政治叔父さんちは、ここを下って直ぐのはずだ。まだ住んでるなら、だけどな」




