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182話 実家①

 時間は少し遡る。


-------------(カオ視点)--------------


「香くん、もしも、和歌山へ行く事があったら、春政を訪ねてあげてほしいの。香くんの無事な姿を見せてあげて。春政はずっと待ってるから」




 俺はブンブンと頭を縦に振った。



 少し前の俺なら、雪姉さんと会う前の俺なら、首を横に振っていた。疎遠になった春ちゃんが俺に会いたいはずがない。だから俺はわざわざ会いに行ったりしない。頑なにそう思ってしまっていただろう。


 だが真実は、もしかすると俺が思ってたのと違うのかも知れない。俺がずっと蓋をしてきた『真実』は、俺の想像と違うのかも知れない。俺は、蓋を開けたくなっていた。


 本当に欲しい『真実』が、実はあるんじゃないか。本当に欲しい真実が何かもわからないが、そう思いたい自分を止められなくなっていた。



 誰にも欲しがられない自分。

 本家、両親にとってただの働き手でしかない自分。

 世話になってた叔父さんちでも本当は厄介者だっただろう自分。


 子供の頃の自分の世話をしてくれた雪姉さんにとっても俺は本当は邪魔な存在だった、だから東京に行った途端に音信不通になった。

 物心付いた時からそばに居た春ちゃんも名古屋に行った途端に音信不通になったのは、村では仕方なく一緒に居ただけだからだ。



 俺はそれらの思いを心の奥に押し込めて蓋をしていた。


 だが、今回八王子で雪姉さんに会い、雪姉さんの蓋の下にあった真実を知った。

 そして雪姉さんから聞いた春ちゃんの話。


 俺は『春ちゃんの蓋』も開けたい。本当の兄弟のように子供時代を一緒に過ごした春ちゃんが、上辺だけでなかったと知りたいんだ。



 俺はタウさんを見た。

 タウさんは俺をしっかり見つめたまま頷いた。



「勿論です。和歌山へ行きましょう」



 何でだろう?俺はまだ口に出していないのに、タウさんに伝わった。和歌山へ、春ちゃんを訪ねたい俺の気持ち。



「愛知よりも先に和歌山へ行こうと思います」



 タウさんはそう言ってテーブルに地図を広げた。キヨカやカセ達も覗き込む。



「西へ向かうのに内陸を移動するのはかなり難しいでしょう。現在活発化している富士山が真ん中にありますから。となると、船での移動になるのですが、噴火の被害を避けて進むとなると列島から離れてこう周ります」



 タウさんが地図を指でススっと示している。それを聞いた河島達船コンビも地図を覗き込んだ。



「海から愛知に上がるにはこの湾に入るしかありません。現在そこがどうなっているか不明です。が、和歌山ならここら辺りで上陸出来そうな場所を見つけやすいです」


「なるほど、そうですね。伊勢湾が今どうなってるか……。災害後の東京湾の荒れ方を見ましたが、伊勢湾も似た感じでしょうね。そうなるとこの出っぱった辺りの方が断然上陸しやすいですね。それで、カオさんの実家はどの辺りなんですか?」



 河島が俺を見た。そこに居た皆も続いて俺を見た。隣でキヨカとマルクも俺の顔を見た。


 えっ、どの辺ってどの辺???

 実家が和歌山県なのは、覚えているが、和歌山のどこ、と言われるとどこなんだ?



「雪美さん、和歌山の実家のご住所を教えていただけますか?」



 いち早くタウさんが俺から雪姉さんに視線を移して住所を聞いていた。



「ふふ、そうよねぇ。香くんが子供の頃に自分の住所が必要な事とか無かったわよね?」


「え、年賀状とかに書くよね?」


「俺、年賀状出した事ない。町に出て何度か雪姉さんとこに出したけどあれは下宿の住所だったし、それ下宿の住所も見ながら書いたから覚えてない」


「町で暮らすようになってから政治おじさんの所にはださなかったの?」


「あ、うん。あの頃は正月は叔父さんちに顔を出してたので直接挨拶してた」



 皆が何とも言えない顔になったが、別に年賀状を沢山書いた者が勝ちとか、そんな競争は無かったよな?友達いないと思われたか?

 いや、あの村に居た時は村内でお互い年賀状なんてやり取りはしてなかった。……よな?俺だけ?俺だけ貰えなかった?



「しょうがないのよ。祥子達の学校と違って村の学校は生徒数も凄く少なかったから、友達同士の年賀状のやり取りとか無い時代よ」



「それにしても……かなりの山奥ですね。実際に行ってみないとわかりませんが、上陸は新宮…辺りをめざしましょうか」



 地図を見ながら河島が寄港地を決めたようだ。しかしカセが頭を抱えている。



「これ……は、ここからどう上がって行くか。川は津波の影響を受けていそうですね。この川沿いは厳しいかもしれない」


「となると、新宮でなく串本町からにしますか。こっちの方が川は狭い。津波の逆流被害も少ないかも知れない」



 あーでもない、こーでもないと、地図が読めるメンバーが話を進めている。

 手持ち無沙汰になった俺に、雪姉さんが近寄ってきた。



「香くん、これ、私と夫の連絡先。こっちが祥子と圭人。今はスマホが繋がりにくいけど、一応連絡先を香くんのスマホに入れておいて。それと香くんの番号も教えてちょうだい?」



 俺が貰ったメモをスマホのどこにどうしたらいいのか、モタモタとしていると、キヨカが気がつき寄ってきて俺のスマホの番号やLAINEのIDを雪姉さんに伝えていた。そして俺のスマホにささっとメモの内容を入れていた。



「すまん」



 ありがとう、助かった。今は電波が繋がらないのを理由に出来るが、この先電波が復活したらスマホの使い方をちゃんと覚えないといけないな。

 洞窟に『初心者向けスマホ教室』はあっただろうか?


 そうだ、雪姉さん一家も洞窟に来ないだろうかと、ふと思い浮かんだ。

 俺は部屋を見回す。この部屋は八王子シェルターの面会室と聞いた。扉の前に置かれた机と椅子には警備員なのか、男性がふたり。


 面会に来た者はシェルター内には入れないのだろうか?



「あの……雪姉さん、このシェルターって中は見れるのかな?雪姉さん達はどんなとこに居るんだ?」


「ああ、どうだろうな。シェルター内へ無理に入りこもうとする事件が立て続けに起こって、それでこの面会室が作られたんだ」



 雪姉さんの横から福士さんが説明をしてくれた。



「今はシェルターも予定より多くの避難民を受け入れて飽和状態なんだ。それでも家族や知人が訪ねてくると招き入れたくなる心情もわかる。それで今は地上に避難所を設置してそちらへ誘導していると聞いたな」


「見学とかもダメなんですか?」


「ああ、事件前は大丈夫だったんだが、前回の事件で死傷者が出ちゃったからね……。その、香くん達を追い返すわけにはいかない。僕らも上の避難所に移動しようか」



 福士さんは、俺たちがシェルターに入りたがっていると誤解をしたようだった。

 テーブルで地図を囲んでいた面々もこちらに集まってきた。



「お父さん、私もシェルターを出るのに賛成。今は三段ベッドが向かい合う狭い部屋に2家族で10人でしょう。災害時だからとわかっているけど長期は厳しいわ」


「あなた……」


「そうだな。避難所ならまだ空きがあると聞いたし、皆でそっちに移るか」



「カオるん、茨城の避難所ならまだ部屋はありますよ。そちらにお誘いしてみては?」


「カオさん、空室を確認しました。カオさんの部屋からは少し離れますが3LDKがあります。300メートル先を右に曲がった並びの個室です。押さえました」



 キヨカが彩さん経由で洞窟不動産からの情報で部屋を押さえてくれた。



「雪姉さん、福士さん、俺は今茨城の避難所に居るんだが、皆さんもこっちに来ませんか? 俺がいるとこはまだプライバシーも確保出来る空間があります」


「まぁ、でも、八王子から茨城なんてどうやって…」


「香くん達もここまで来るのに大変だったろう」



『説明より連れて行った方が早いですね』



 タウさんが念話で話しかけてきた。



『ああ、でも荷物とか……』


『上の避難所へと誘って荷物を取ってきてもらい、外に出た所でテレポートをしましょう』



 なるほど、と思い、雪姉さんに地上で待つと伝えて俺らは部屋を出た。

 30分ほどして雪姉さん一家が小さな荷物を抱えてやってきた。



「ごめん。説明は後でする」



 俺がそう言うと、雪姉さん達はポカンとした、その瞬間エリアテレポートで洞窟内へ飛んだ。


 雪姉さん達4人は景色が突然変わった事に衝撃を受けていた。



「まぁまぁまぁまぁ」

「何だ、いったいどうなってるんだ」

「ちょっと待って何で洞窟?えっ洞窟?だから何で?」

「寝てたのか?俺、気を失ってたのか、父さん母さん、どうなってる」



 あー……。落ち着くまで時間がかかりそうだ。

 キヨカが彩さんを呼んでくれて、彩さんが4人を部屋へと案内して行った。


 雪姉さん達には申し訳ないが俺らは次へと進む事にした。後で必ず説明する、と彩さんに伝言を頼んだ。

 雪姉さん達ともっと話したい、聞きたい事は沢山あったが、今は一刻も早く春ちゃんを訪ねたかった。






 予定通り、フェリーで日本の太平洋側を南西へと進む。

 海から見た日本の陸地……、上空は厚い雲に覆われている。



「あっち、あの辺りが富士山か……」



 ナラが指差した方向を見たがどんよりとしていて富士山は見えなかった。噴火は止まったのか、それともここからは見えないだけなのか。

 俺たちはフェリーの甲板に並び、陸地があるであろう方向を見ていた。



「この天候では見えませんね」


「何も見えないねー」


「カオさん、船酔いは大丈夫ですか?」


「ああ、平気だ。ありがとう」



 実は精霊にスイーっと進むようお願いをした。フェリーごとジャンプとか絶対やめてくれとも言ってある。

 河島の話だと燃料は十分あったそうだ。



 そう言えば、車のガソリンはガソリンスタンドで入れるが、船はどうするんだ?海上にガソリンスタンドとかあるんか?


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