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181話 従兄弟の子

※【138話 忍び寄る恐怖】に繋がる話になります


 人物紹介


『従兄弟の子』視点:尚樹 妻あり

  祖父:鹿野政治

  祖母:悦子

  父:良治

  母:優子

  兄:芳樹 妻、息子2人

  



-------------(カオの従兄弟の息子:尚樹視点)--------------




 1階の雨戸がある窓は全て閉めた。台所は曇りガラスで外は見えない。そうだ、トイレの窓なら!

 妻が位置が高くてガラスが拭きにくいと言ってたトイレの窓、台所にあった小さな踏み台を取りトイレへ、そして閉めた窓を少しだけ開けて覗いた。


 うちの裏庭が見えた。

 昨日まで何も無かったそこに、木が生えていた。ふさふさと葉を揺らして、高さは3メートルはありそうな木だ。


 無かったよな。……いつ、そこに。




 ここは和歌山のとある山の中の村のひとつ、最近はかなり過疎地化していた。

 元は祖父母が住んでいる大きいな古い家、そこに両親、そして兄一家が住んでいた。


 うちの田舎では祖父母の家は分家で、本家はもっと大きい家と聞いて驚いたものだ。

 だが子供の頃から本家へは近づかないように祖父にきつく言われていた。祖父さんは本家を蛇蝎の如く嫌っている。



 俺は家を出て街で就職をして結婚をした。デキ婚だったが結婚して直ぐに無理が祟ったのか妻が流産してしまった。

 それと同時に妻は体調を崩し、悪い事は重なり俺が勤めていた会社が突然倒産してしまった。


 仕方なく俺たち夫婦は俺の実家で暫く世話になる事を決めた。妻の体調が戻り俺の仕事も決まったらまた街へ戻るつもりだったが、親が敷地内に新築の家を建ててしまった。


 今時の新築で5LDK、妻の身体を考えるとこの村に少し腰を据えようと夫婦で話し合った。

 仕事も村役場を紹介してもらった。


 そんな時にあの大災害が起こった。


 隕石落下に続き、地震、津波、火山噴火。

 この山間は、どの災害からも上手い具合に避けてこれた。しかし日本全土が見舞われた大災害だ。当然物流は止まる。


 だが、もとから山奥の田舎の村だ、物流が多少止まったからと言ってそう困るものではない。

 しかし、いつまで経っても復旧しない事に、村では皆焦りと恐怖を覚えた。


 そして山を越えて空から降り始めた火山灰。それだけでも手に余るのだが、突然、正体不明の何かが村を襲った。

 山の間でこだまする町内放送。遠くから聞こえる悲鳴。



 慌てて家の戸締まりをした。

 こっそりとトイレの窓から覗いた外に、見慣れない木が立っていた。うちの裏には無かったはずの木だ。


 そもそも母家の敷地にこの家を建ててもらう時に邪魔な木は皆切り倒したのだ。

 お前達の好きに庭を作れるようにと、親父達が配慮してくれたのだ。


 ガーデニングに興味の無かった妻に変わり、俺が適当に植えた木はまだ30センチにも満たなかった高さのはずだ。

 いつの間に……いや、いくらトイレの窓から外を見た事がなかったので気が付かなかったにしても、1年2年であそこまで巨大に育つわけがない。


 どう言う事だ。

 何故大木が生えた?そんな事があり得るのか?



「尚樹…」



 突然背後から声をかけられて飛び上がった。



「中々戻ってこないから心配した」


「あ、兄貴……、アレ、いつからあそこに立ってた?」


「何だ? 何が立ってるんだ?」



 トイレ窓の前の場所を兄貴に譲った。10センチほど開けた窓から外を覗いた兄貴の、窓の桟にかけた手が小さく震えていた。

 兄貴は震える左手を右手で押さえるとゆっくりと窓を閉めた。勿論、窓の鍵も。



 俺たちは足音を忍ばせて、妻達が居る居間に戻った。両親と祖父母と兄貴の子供らは2階に居る。



「兄貴、俺たちも2階に行こう。家族で一緒居た方がいい」


「そうだな、万が一入りこまれた時の事を考えて玄関と階段にバリケードを作るか」


「入りこまれるって何にだよっ、さっきの……木、か? あんなデカいのが入ってこれるかよ!」


「そ、そうだな、あれだと2階も危ない。あの木、3メートル以上あったぞ。急に伸びたのか? お前、何の木を植えたんだよ!」


「植えてねえよ!裏に植えたのは南天だよ、まだ30センチも無かったよ」


「植えた木が伸びたんじゃなけりゃ、他所から来た、っつーのかよ!どこからどうやって来たんだよ!」


「し、ししし知らんけど、裏山から歩いて?」


「生まれてから30年ここに住んでるけど山から木が(歩いて)降りて来たこたぁねえぞ」


「俺だって25年生きてるけど知らんよっ!」


「ちょっとあなた達、静かにしてっ!」


「あ、すんません、義姉さん」



 俺も兄貴も小声だが頭に血が昇って、いや、血が下がって言い合いになっていた。


 顔色を青くした妻も俺の腕を掴んでいた。



「とにかく2階行って親父達と一緒に居よう」


「尚樹、2階にもトイレと風呂はあったよな?」



 俺たちは2階に上がると親父達の部屋へ行き、今見てきた事を伝えた。

 親父から「あれは昨日俺が植えた」と言う言葉が出る事を期待していた。


 話を聞いた親父と祖父さんが2階にもあるトイレへと向かう。トイレは1階と2階が同じ位置の上下にあるのだ。

 親父はそっと窓を開き外を見た、そして祖父さんに変わった。


「ありゃあ、うちのじゃない」


「そうだな。いつ入ってきた」



 あぁ……。やはり他所の木か。

 そもそもあんな大木が移動出来るのか?いや、木って足は無いだろ?根っこで歩いて来たのか?

 そう言えば裏庭が掘り返されたように土がボコボコになっていた。



「あなた、下から食料を持って来ましょうか?」


「いや、俺と兄貴で取りに行く。義姉さんは子供らが部屋から出ないように見ていてください」


「じゃあ和室にお婆ちゃんとお義母さんと麻衣さんと子供らと居るわね」


「頼む。尚樹、親父、冷蔵庫ごと2階に上げよう」


「爺ちゃんは裏の勝手口の扉の前に棚かキッチンのテーブルを横にして塞いでくれ。俺は玄関の方を何かで塞ぐ」


「あんなデカい木が礼儀正しく玄関から入ってくるか?」


「わ、わからんけど、人んちの庭に勝手に入ってくるぐらいだから、玄関を突き破って入ってくるかも知れん」


「兄貴、爺ちゃん、あんま音を立てるなよ」


「わかってる」



 俺は冷蔵庫に入ってるもんを素早く出して、近くにあったエコバッグやらに詰めていった。

 カラになった冷蔵庫の線を抜いて……、いや、無理だ、重すぎる。親父と手分けして中身や他の食材を2階へと運んでいく。階段下の物入れからクーラーボックスを取り出した。


 どの道今は保存食が多く、冷蔵庫は物入れとして使っていたくらいだ。これを2階に運んでも意味ないな。親父がギックリ腰になるくらいだ。

 1階の他の部屋から布団やら毛布なども2階へ運んだ。



 とりあえず思いついた物を2階へと運んだ。女子供は12畳の和室に居る。

 2階は12畳の和室のほか、8畳の洋室がふた部屋ある。布団と最低限の水と食料を和室へ、残りの荷物は洋室へ入れた。


 母家から持ってきてあった荷物も、急ぎ必要な物以外は洋室へと移した。狭くても和室に家族全員が一緒に居る事にした。

 和室は押入れもあるので、そこにも布団を敷いて寝床にした。


 妻やお袋が、俺たちをチラチラと見ていた。



「外は何かおかしい。狭くて悪いがしばらくここで一緒に居よう」



 兄貴が誰にともなく言うと小声ではあったがお袋と義姉さんが同時に声をあげた。



「外に何がいるの、何があったの」

「下には行かない方がいいの? 2階で食事も?台所も危ないの?炊飯器持ってきてくれた?」



 それに釣られて妻や兄貴の子供らも口を開いた。



「さっきの悲鳴はなに? どこからなの?何が起きたの」

「ひい祖父ちゃん、アレが出たの?あの人喰い植物!隕石のせいだ!」

「じゃ、目が見えなくなるの?!やだぁ」



 下の子が泣き出したのを義姉さんが宥めていた。



「電話は通じん。消防団にも連絡が取れん」


「とにかくここで静かにして、また町内放送があるかも知れん」



 皆が黙り、外の物音に耳をすました。

 悲鳴は聞こえなくなった。が、町内放送も聞こえてこない。



「お、父さ…ん、何か、変な、声、聞こえる」



 さっきまで泣いていた甥が泣き止んだと思ったら、ボソリと呟いた。

 変な声?聞こえない……。皆がキョロキョロと顔の向きを変えて何かを聞き取ろうとしていた。



「犬、犬が吠えてる」



 上の方の甥っ子が犬の声が聞こえると言う。…………言われてみれば、犬の鳴き声のようなものが聞こえた。

 遠吠えとも違う、威嚇とも違う、裏返ったような声?鳥の鳴き声にも聞こえる。



「裏山のほうだな。犬じゃなくて……カラスか、小動物じゃないのか?タヌキとか」


「何にせよ、家からは出るな。山が騒がしい」



 祖父ちゃんがピシャリと言った。

 その時、何かが激しくトタンにぶつかるような音と甲高い唸り声、低い威嚇も聞こえた。


 裏庭の物置で動物が喧嘩…をしているような音だ。



「見に行ったりするな!」



 祖父ちゃんが言うと、腰を浮かした兄貴が、また腰をおろした。



「春が来ないといいが」



 祖父ちゃんが言う『春』は季節の春ではない。本家の春政さんの事だ。


 春政さんは祖父ちゃんの一番下の弟だ。本家を継いだのが長男の照政、祖父ちゃんは次男で政治、その下に三男四男がいて、末が春政さんだ。


 祖父ちゃんと春政さんは歳が離れた兄弟で、爺ちゃんと言うよりも親父と歳が近い。確か春政さんは親父の一個上だ。


『本家嫌い』の祖父ちゃんが、本家で唯一交流があるのが春政さんだった。

 大災害後も、春政さんは祖父ちゃんの所に何度か顔を出していた。



 本家とうちは同じ村とは言え結構離れている。春政さんはその距離を歩いてうちの様子を伺いに来てくれる。

 本家にある多少の物資を持ってきてくれるが、祖父ちゃんはアレは離れにあった春の物だろう、と言っていた。



「親父、親父…、春さんにメールしといた。今、一瞬だけ繋がった。向こうに届いていればいいが」


「そうか。こっちに来ず、篭っとけっと伝えたか?」


「ああ。離れから出るな、外は危険。と送った」



 親父の言葉に兄貴や妻達もスマホをいじり始めた。



「ダメね。私のは圏外。義姉さんのは?」


「私も圏外だわ」



 そう言いつつ、部屋の中央にあったコタツから出て、皆がスマホを片手にうろうろとし始めた。部屋の角に行ったり、スマホを上に掲げたりと何とが電波を掴もうとしていた。


 俺は一階の居間に固定電話がある事を思い出した。使っていなかったが子機もその横に置いてあったはずだ。


 この家を建てた時に親父が固定電話も設置したのだ。俺らはスマホ世代なので固定電話はほぼ居間の飾りと化していた。



「1階に、電話を取りに行ってくる」


「一緒に行く」


「気をつけて行け」



 俺の後ろから兄貴も付いて部屋から出た。階段をそろりと降りて居間の中へと入る。


 家の裏の物置からは相変わらず獣の唸り声と壁にぶつかる音がしていた。

 居間に入ると電話は扉の直ぐ横の棚に置いてあった。そこから子機を持って兄貴と急いで2階へ戻った。


 災害時はスマホより固定電話の方が復活が早いと聞いた。固定電話は使っていなかったので存在を忘れていた。

 この村は文明から少し遅れているので、高齢者の居る住まいは大概まだ固定電話がある。


 親父は俺から電話を受け取ると覚えているらしい番号をプッシュすていた。

 凄いな。親父達より上の世代は電話番号を暗記しているのか。俺はスマホに入っている電話帳の中の番号をひとつも覚えていない。



「春さんに通じた。あそこも黒電話があったからな。家から出ないように伝えた。山代さんとこは出ん。消防団は留守番がおった。団の若い者は出てから戻ってこんそうだ。とりあえず伝えた」



 また皆がコタツに集まった。とにかく音を立てずにしばらく篭ろうと、祖父さんが皆に言った。



ボォォオオオオオッ

 グワッシャッッ、ガラガラガラ……



 物凄い雄叫びと共に物置小屋が崩壊する音が聞こえた。

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