172話 親の事情③
「あぁ、俺の実家は……、実家と言っていいのか分からんが、生まれたのは和歌山県だ」
俺の出生地は和歌山県だ。
異世界の10年をカウントせず、異世界転移の10歳若戻りもカウントしなければ、俺は現在49歳だ。
俺は49年前に和歌山の山の中のとある村で生まれた。
そこで高校卒業までの18年を過ごした。
それから隣町の大学に下宿しながら4年、その町の小さな企業に就職後7年、29歳で退職して身ひとつで上京した。
29歳で上京してから49歳まで、20年間全く戻らなかった。
今、実家がどうなっているのかわからん。元から実家の家族と縁が薄かったからな。
「カオるんは和歌山だったのですね。うちの実家は愛知県ですよ、近いと言えば近い……か」
そうだ、タウさんは愛知在住と言ってたな。
ゲームで出会った頃は、俺はもう東京、いや、茨城に居たからなぁ。どちらかと言うと茨城在住のカンさんと『同郷』なイメージだった。
「そっか…、西へは足を伸ばしていないからカオさんの実家へも行ってないのか」
ナラは俺のブックマーク関係で俺が実家を訪ねていないと勘違いしたようだ。
俺はナラ、と言うかそこにいる皆に言い訳するように口に出した。
「うーん、ブックマークの有る無しは関係なくてさ、俺は実家とは縁が薄いんだよ。20年前には縁を切ってるからな」
ナラは『しまった』と言う顔になった。
「……そうなんですか、まぁ人にはそれぞれ色々と事情がありますからね」
ミレさん…には確か異世界で俺の昔話をした事あった。ミレさんもどう言う顔をしていいのか分からず困った顔をしていた。
「いや、そんな大した話じゃない。仲の悪い親子なんて世の中に山ほどいるさ」
「僕は父さんと仲が良い。すっごく仲良しなんだから!」
マルクがぎゅうぎゅうと抱きついてくる。
うん、マルクが居てくれるから、俺はいつも救われている。マルクと出会えて、マルクが体全体で俺を頼ってくれて、俺を好いてくれる事で俺はどんなに救われているか。
ヘッポコな親父でカッコ悪いとこを見せても、俺を嫌わずに居てくれる。その安心感が、俺を俺に繋ぎ止めてくれている気がする。
「北海道の拠点造りに目処がついたら……」
タウさんの静かだが、しかし、しっかりとした声が割り込んだ。
「北海道拠点がある程度造りあがったら、私は愛知を訪ねたいと思っています。私は東京出身ですが、愛知は妻の実家があります。向こうには友人や親戚、仕事仲間が居ました。今、愛知がどうなっているのか全く情報が入ってきません。ですが、行ってこの目で見たいのです。無事な知り合いが居たら助けたい」
そうか、そうだよな。茨城を拠点にしているので考えもしなかったが、タウさんの地元、タウさんにとっては助けたい人達が居るはず。
なのに今までずっと『茨城』の、そして今度は『北海道』のために動いてくれている。
「タウさん、北海道の拠点造りよりも先に愛知を訪ねるべきです。今行かないと手遅れになるかも知れない」
「そうだぞ?タウさん、ゆうご達は救った。北海道の拠点造りは急がなくてもよくないか?」
カンさんもミレさんも同じ考えのようだ。
「いえ、手遅れならもっと前に……隕石落下や津波や火山噴火の時に終わっているでしょう。ただ、もしも生き抜いている知り合いが居たら助けたいのです」
「あの、さ。北海道の自衛隊駐屯地のブックマークをしてて思ったんだが、地上の自衛隊さ、結構頑張って生き残ってんだよ。うれトマや養老のアイテムを渡してさ、食糧とか水も足りないとこに渡してさ、魔植用の武器とかエントの出張とかでさ、北海道は暫く大丈夫だと思う。茨城が何か大変な時のために第三拠点はあった方がいいけど、今は仲間の身内を助けるのを優先しないか?」
俺って自分勝手だろうか。
タウさん達のように広く大きくものを考えずに、いつも自分の手が届く範囲ばかりをつい優先しちまう。
自分たちだけで生き抜ける世の中じゃないってわかってるんだけどさ……。
何か周りがシンとしてしまった。どうする、この変な沈黙。何か言わねば、と思っていたらタウさんが先に口を開いた。
「カオるん、一緒に行ってくれませんか? 愛知に」
「おう?いいぜ?」
ん?でもこれ、どんな流れ? ええと、北海道の拠点造りを延期してタウさんと俺で愛知へ行く……で、合ってる?
「カオるん、簡単に返事をしていただけましたが、西は大変ですよ?大噴火の富士山を越えて行くのですよ?」
「うん、あ、俺、地図読めないけど……」
「僕も行く!」
「私も行きます」
「俺も行きてぇが、LAF移動がまだ少し時間かかる。チッ」
「僕も行きたいですが、ミレさんと小型サーバーの作成が今山場なんです。それが片付き次第参加します!」
「そうだな、俺もLAF本部が洞窟で無事に開通したら参加するわ。そうだ、カオるん、愛知まで行くなら足を伸ばして和歌山まで行っとけ」
皆がタウさんの愛知行きに賛同した流れでミレさんがおかしな事を言い出した。
「えっ? 何で和歌山に?」
「あっちにカオるんの親戚いるだろ? 家族と仲が良くなくても、ほら、前に聞いた世話になってた親戚の叔父さんとかいるんじゃないか?無事だったら助けてこいよ」
ああ、小中高と世話になってた叔父の事か?ミレさんあの話をよく覚えていたよなぁ。
「でもさ、20年以上会ってないからな。いや、叔父さんのとこを出てからだと30年か……、向こうも忘れているさ。てか、生きてるか?俺が50って事はあっちは70歳くらいだぞ?」
「歳の近い叔父さんとかも居ただろ? 会いに行け。いたら助けた方がいい」
「向こうが俺を忘れていても?」
「忘れていたら、こんちわ久しぶり。でいいんだよ。だが絶対忘れてないぞ。俺が叔父さんならお前の事は忘れんよ。とにかく行け」
「えぇぇ………そ、うかな」
「絶対そうだ。忘れるわけがない」
何だ、ミレさんのその変な自信はどこから来るんだ。
異世界で俺が過去話をした時、タウさんやカンさんは居なかった気がする。タウとカンが不思議な顔をしてミレを見ていた。
マルクとキヨカも不安げな表情で俺とミレさんを繰り返し見ていた。
俺は深く息を吐き出した。
「……あの、もし行くなら、東京の叔母を訪ねてみたい。20年お互いに音信不通だったしずっとそこにいるかわからない。東京も、その、かなり沈んでいたから尚更だけど、出来たら……行ってみたい」




