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09 宅飲み

 あの夏は本当に長かったです。二日に一度は兄に呼び出されていましたからね。一緒に食事をとることも増えました。

 段々と、兄の好みもわかってきました。兄は刺激の強い食べ物、特に辛いものが苦手で、彼に作ってもらったカレーも甘口でした。

 行為の時以外の兄は、割と優しかったんです。本当の兄弟として、ゆったりと一緒の時間を過ごしていました。

 もしも、兄が僕に情欲を抱くことなく、より自然な方法で出会うことができていれば。これだけのやり取りだけで済んだはずだと僕は思いました。

 きょうだいが欲しいと思っていたのは本当なんです。なので、兄が居たこと自体は純粋に嬉しかったんです。

 しかし、兄は会えば必ず肉体の結び付きを求めました。飽きるどころか、より貪欲に僕を欲してきました。


「なあ、瞬。たまにはお前が動けよ」


 兄はごろりと仰向けになりました。僕はぎこちなく腰を動かしました。


「あははっ、下手くそ」


 そんな嘲笑が耳を通り抜けていきました。僕は必死になりました。兄を満足させられなければ、また殴られるでしょうから。

 いつになれば終わるのだろう。僕はそればかり考えていました。秋からはまた大学が始まります。今までのように同級生たちと接することができるのか僕は不安でした。

 実際、大学が始まってから、僕はより一層人との関わりを避けました。兄には居場所を把握されていますし、寄り道もできませんでした。

 しかし、梓さんは別でした。ファミレスで嫌でも顔を合わせます。九月の下旬くらいでしたかね。アルバイト終わりに、僕と梓さんはまた、あの喫茶店に行きました。


「瞬くん、お悩みはあれからどうだい?」

「えっと……特に解決せず、ですかね」


 紫煙をくゆらせながら、梓さんは心底心配そうに眉をひそめました。


「むしろ、悪化してない?」

「かもしれないです」


 兄は相変わらずでした。僕の履修している講義も把握されていましたから、終わった瞬間に呼び出されていました。

 消耗していく僕とは違い、兄は生き生きとしていきました。アルバイトでも、彼は主戦力になっていました。


「まだ、お姉さんに言う気になれないかな?」

「はい……」


 打ち明けることができたら、楽になれるのかもしれない。そうも思いました。けれど、僕は今の関係を壊したくありませんでした。

 梓さんは、好きな女性、というだけでは無くなっていきました。僕の生を認めてくれる、聖母のような存在になっていました。

 僕は産まれてはならなかった命です。そんな僕のことを、我が子のように心配し、憂いを解こうとしてくれるのです。まさに崇拝の対象でした。僕はそのことを、言葉を変えて説明しました。


「僕にとって、梓さんは大切な人ですから。傷付けたくないんです。だから、言えないんです」

「うん。瞬くんの気持ちはよくわかった。このことについては、もう聞かないね」


 梓さんは、ふわりと僕の髪に触れました。兄とのことがあってから、僕は美容院に行っていませんでした。梓さんは言いました。


「伸びたねー。そろそろ店長に言われるだろうし、切ったら?」

「そうですね。根元の黒も出てきましたし。今予約しちゃいます」


 それから、兄に予め伝えておいて、散髪と染色をしよう。僕はスマホを取り出し、予約をした後、兄に連絡しました。既読はつきませんでした。僕と梓さんとは入れ替わりに、アルバイトのシフトに入ったはずであることを思い出しました。


「ねえ、瞬くん。今からうち来ない?」


 梓さんがさらりと言いました。兄が働いている、今しかないと思いました。


「はい、ぜひ」


 僕は梓さんに着いて、彼女の家まで行きました。彼女の部屋も、僕と同じワンルームで、インテリアは白で揃えられていました。

 白のソファに座ると、梓さんは冷蔵庫から缶チューハイを出してきました。


「宅飲みしようよ。はい」

「いや、僕お酒はまだ……」

「家だとバレないじゃん」


 でも、酔ってしまって、兄のことを口に出してしまわないか、その恐れがありました。僕は丁重に断りました。


「じゃあ、二十歳になったら飲もうね。まあ、お姉さんも結婚するまでは処女でいるって決めてるし、瞬くんも似たようなもんか」


 そういう理由ではなかったのですが、梓さんが納得してくれたのなら、その時はそれで良かったんです。梓さんはオレンジジュースを差し出しました。

 今なら、女性の家に二人っきりになることの大事さを理解することができるんですけどね。僕も幼かったんです。それに、梓さんには信仰がありました。

 梓さんは缶チューハイをごくごくと飲み干しましたが、酔ったような素振りは見せませんでした。しばらくは、アルバイト先の話をしました。

 新メニューを覚えるのが大変だとか。それもすぐに慣れるよだとか。そういう何でもないことです。

 そして、本当にそれだけの話をして、僕は梓さんの部屋を出ました。


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