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47 堕落

 ここからも、記憶が段々曖昧になっていきます。僕はキッチンに立てなくなり、ベッドに横になって暮らしていました。

 兄はアルバイトを辞めました。その必要が無いくらい、収入がありましたからね。兄の祖母の土地は買い手がついたらしく、その手続きにも追われていました。

 外の世界にもう興味はありませんでした。僕の世界は僕と兄だけで完結していました。

 兄と肉体を交わすことで、僕は生を保っていました。他のことは何もできなくなっていたのに、それだけは貪欲に求めました。


「あー、やっぱり瞬はいいわ。最高」


 腰を動かしながら、兄が荒い息を吐きました。彼が達してしまってから、僕は尋ねました。


「過去の男より僕がいい?」

「もちろんだよ。瞬はすっかり俺好みの身体になってくれたからな」

「僕……兄さんにとっても初めての男でいたかった。ねえ、初めてはどんなのだったの?」


 兄の初体験は、劇団員時代。ゲイバーで出会った年上の男性だったそうです。彼から何もかもを教えられ、兄は両方いける身体になったのだとか。

 僕はその彼に嫉妬しました。もう連絡先も残っていないとのことでしたが、今からでも兄の過去を消して上書きしたい気分でした。

 もちろんそんなことはできませんが、僕は過ぎたことをくよくよ悩み始めました。そして、妄想しました。兄の初めてを奪うことを。

 少年の頃の兄を、僕はその中で犯しました。逃げ惑い、泣き叫び、嫌がる彼を殴り、屈服させました。

 その妄想は何度も行いました。兄が買い物などで出ていっている間。先に寝てしまった間。少年の頃の兄は、何度犯しても無垢でした。


「兄さん、今日は縛っていい?」

「いいけどよ」

「伊織って呼んでいい?」

「やってる間だけな」


 ルリちゃんの残していった縄で兄を縛り、僕はたっぷりと焦らしました。兄も僕がどうしたいのか察したようでした。文句を言わず、ただ耐えていました。


「可愛いね、伊織。ずっと僕のものだからね」


 僕は兄の頭を撫で、写真を撮りました。


「やめろよ……」

「伊織、大人しく言うことを聞いて。何をして欲しいのか、きちんと言葉に出して言って」


 兄は恥ずかしがりましたが、何度も責めるうち、とうとう全て言い切りました。


「よくできたね、伊織。ちゃんとその通りにしてあげる」


 僕は荒々しく兄を抱きました。兄は何度も僕の名前を叫びました。きちんと素直に伝えてくれました。狂おしいほど愛おしい。僕も快感に悶えました。

 僕たちはこんなことばかりしていました。社会の人々が、勉学や仕事に勤しんでいる頃に。堕落の一途を辿っていました。それが、僕たちにとっての幸福でした。

 兄はたまに、吉野さんのところに顔を出していたようでした。ただの交番のお巡りさんです。梓の事件についての情報は、特に得られなかったようです。

 人が一人、殺された。それは、近しい者にとっては人生を変えるほど大きなことでしたが、この社会にはありふれていました。

 社会では、もっと他の凄惨な事件が起こっていました。女子大生が埋められていたことくらいでは、ワイドショーはかきたてなかったのです。

 それはもちろん、僕たちにとって好都合でした。しかし、梓がしつこく僕に言い寄ってきました。


「いつかきっと、あなたたちのやったことは暴かれる。その前に自首しようとは思わないの?」

「僕は、兄さんと一緒に居たい。今の生活を送りたい」

「セックスするだけの生活を?」

「そう。早く消えてよ。お願いだよ」


 今ごろ、捜査はどこまで進んでいるのだろうか。それを考えるとすくみあがりました。絶対に捕まりたくないと思いました。

 兄の誕生日がきました。僕はとても外出できる状況ではなかったので、兄の家でささやかにケーキを食べました。

 その年は兄も荒れることもなく、僕を優しく抱き締めながら、生まれてきて良かったと言いました。

 僕たちは父を恨んでいましたが、母に対しては複雑な思いでした。彼女らが僕たちを宿し、生み、母乳を与え、食事を用意してくれたことにより、この肉体ができあがったのですから。兄は言いました。


「世界で一番憎い存在が、世界で一番大切な存在になるなんて、思ってもみなかった」

「今でもやっぱり僕が憎い?」

「うん。その気持ちは消えない。俺は一生、二つの気持ちを抱えて瞬と生きていくんだと思う」


 僕たちはまた、激しく交わりました。兄は僕の肌に爪をたてて、ひっかきました。幾筋もの赤い線が浮きました。

 自分の肉体をどう使おうが、もう自分の自由です。僕は兄の衝動を全身で受け止めました。

 兄の愛情も、憎しみも、等しく大きなものでした。それが僕一人の身に注がれているということに、僕は優越感がありました。

 僕には兄しか居ないように、兄にも僕しか居ない。閉じた世界で過ごす中で、互いの存在は唯一の光でした。


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