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25 衝動

 四月になりました。僕は大学二年生になりました。同じ専攻の同級生たちと仲良くなり、一緒に昼食をとることもありました。

 梓との仲は、誰にも内緒でした。僕が卒業して就職したら、本当に籍を入れようと約束しました。

 僕の人生の中で、最も充実していた時期だったと思います。友人にも恋人にも恵まれて。今振り返ると眩しいくらいの日々でした。

 ある日、梓が言いました。


「あの動画、多分まだあるんだよね。どうにかしない? そうしないと、いつまでも縛られたままの気がする」

「消してって言っても無駄だと思うよ?」

「うん。だから、勝手に消すの」


 梓の計画はこうでした。できるだけ、兄が長時間シフトに入っている日に、アルバイト先の休憩室に行き、家の鍵を盗む。それを使って家に侵入し、ノートパソコンからデータを消す。

 決行は、五月の連休でした。鍵を盗むのは僕がやりました。梓とは、兄の家の前で待ち合わせていて、一緒に部屋に入りました。

 久しぶりの兄の部屋は、特に何も変わっておらず、スッキリと片付いていました。ノートパソコンはすぐに見つかりました。

 ダイニングテーブルにノートパソコンを置き、起動させました。パスワードの入力が必要でした。

 闇雲に打ち込んでも仕方ありません。何かメモのようなものがないか、僕と梓は部屋をあさりました。

 後から知ったのですが、兄は記録を全て電子でつけていました。紙のノートなんてものは無く、僕たちは途方に暮れました。


「……パソコンごと、壊そう」


 梓がそう言いました。工具箱からハンマーを見つけ、僕が叩きました。それに夢中で、玄関の扉が開いたことに、僕たちは気付いていませんでした。

 まず、梓の頭に赤い物が振り下ろされました。消火器でした。怯んだ僕は身動きができず、そのまま同じように頭を殴られました。

 意識を取り戻すと、僕は寝室の床に、手を後ろに縛られた状態で転がされていました。梓はまだ目を瞑っていました。彼女は手だけでなく足も拘束されていました。

 兄の姿はありませんでした。僕は梓に近付き、声をかけ続けました。目を覚ました彼女は、辛そうに身をよじりました。


「おい、ガキ共」


 扉を開け、入ってきた兄は、しゃがみこんで僕たちと目線を合わせました。そして、休憩中に鍵がなくなっていたことに気付き、体調が悪いことにして早上がりしてきたのだと告げました。


「パソコン壊しただけで済むと思ってたか。バカだな。クラウドにあげてるし、編集したやつはDVDに焼いてるよ。本当にバカだな」


 僕たちは無駄な行動をしました。余計なだけでした。兄はタバコに火をつけました。


「俺、約束守ってやったよな? メスガキ」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 梓は叫びました。兄は彼女の腕にタバコを押し付けました。肉の焦げる臭いがしました。僕は目を背けました。


「もういい。瞬。お前を抱くぞ」

「えっ……?」


 僕は頬をはたかれました。ベッドに上がらされ、下だけ脱がされました。僕は声が出せませんでした。懇願していたのは、梓でした。


「やめて! あたしが消しに行こうって言ったんです! 瞬は悪くない!」

「そんなの知るかよ。ほら、瞬。股開け」


 強引にねじこまれました。メリメリと裂けたのがわかりました。僕は甲高い叫び声をあげました。梓がなおも頼み続けているのも聞こえていました。

 中に出され、僕はあまりの痛みに気を失いそうになっていました。梓の言葉は罵倒に変わっていました。


「うるせぇなぁ……」


 兄は梓の首を絞めました。僕は薄れそうな意識の中、それを見ているだけでした。何分経ったのでしょうか。彼は一度も手を緩めませんでした。

 ポトリ、と兄が梓を落としました。床に転がった彼女は、微動だにしませんでした。そこでようやく唇が動きました。


「兄さん? えっ? 梓?」

「ああ。死んだな」


 兄は僕の腕の拘束を解きました。僕は梓にすがりつきました。


「梓? ねえ、嘘でしょ?」

「まったく、お前のせいだぞ? 瞬。とうとう殺しちまった」


 まだ温かかった梓の骸を抱き締め、僕は泣きました。兄はタバコを吸いながら、スマホをいじり始めました。


「もう、泣くなって。それはもうお前の婚約者でも何でもねぇぞ。ただの死体だ」

「何も殺さなくても!」

「ついやっちまったんだ。うるさかったからさ」


 人を殺しておいて、冷静な兄を、僕は鬼畜だと思いました。それでも僕は、兄を兄として認めていました。僕の大切な人でした。だからこそ言いました。


「自首しましょう。僕も罪を償います」

「ハァ? 何言ってんだ? カーシェア取ったから。山に行くぞ」


 兄は先に買い物をしてくると言って出て行きました。僕は梓の手足に巻かれていたビニールテープをはがしました。


「ごめんなさい……梓……ごめんなさい……」


 どんなに抱き締めても、口づけても、梓が息を吹き返すことはありませんでした。兄が言った通り、ただの死体になっていました。

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