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11 弔い

 十月の中旬のことでした。僕は兄に、その日の日曜日はアルバイトのシフトを入れないように言われていました。

 当日の午前中、僕は兄に連れられて、レンタカーの店に行きました。どこへ行くのかは知らされないまま、僕は助手席で揺られていました。

 その日の兄はとても言葉少なでした。こちらから話しかけることもはばかられ、僕も押し黙ったまま窓の外を眺めました。

 高速に入ると、車はどんどん速度を出しました。そのうちに、眠くなってきてしまい、僕は意識を手放しました。


「瞬。起きろ。着いたぞ」


 そこは大きな霊園でした。深い山の中にあり、虫の声がしていました。カーナビで時計を見ると、丁度正午でした。

 兄はまだ黙っていました。しかし、ここに連れてこられたということは、ある程度察しがついていました。

 坂口家代々之墓の前に僕たちはたどり着きました。既に供え物がされていました。


「婆さんだな。掃除もしてくれてる」


 兄は缶ビールを一つ、墓の前に置きました。


「わかってると思うけど、俺の母親の墓だ。今日、命日」


 兄が手を合わせたので、僕もそうしました。心の中で、何度も何度も彼女に詫びました。産まれてきてごめんなさい。兄を狂わせてごめんなさい。全部僕のせいなんです。

 しばらくして、兄は缶ビールを放って僕によこしました。


「それ、お前が飲め」

「えっ、でも……」

「俺は運転しないといけないだろ。次のサービスエリアまでに飲み切れ」


 僕は車の中で、初めての飲酒をしました。脅されて飲むビールはとてもキツかったです。そのせいか、今でも嫌いです。

 何とかサービスエリアまでに飲み干し、僕は兄と昼食をとりました。次はどうするんだろうと僕は不安になっていました。僕はレンタカーの店で、車は夜まで借りていることを聞いていました。

 墓参りを済ませてしまったためか、兄の口数はまた元に戻っていました。


「自殺なんかしたら天国行けねぇって言うけどな。俺は天国も地獄もありゃしねぇって思ってるんだ」

「じゃあ、人は死んだらどうなるんです?」

「肉体が朽ち果てるだけだよ。魂なんてものは無い。死んだらはい、終わり」


 その考え方に賛同できるような気が当時していました。魂の存在がなければ、生まれ変わることもないでしょう。それは、兄にとっての慰めだったのかもしれません。

 サービスエリアの喫煙所で、僕は外に出て待っていようと思ったのですが、兄に肩を掴まれました。


「お前も吸え」


 逆らうことなんて当然できません。僕はタバコを口にくわえました。


「息吸って」


 火は兄がつけてくれました。浅く吸い込み、僕はむせました。そんな僕を冷ややかに見た兄は、続けざまに言いました。


「ふかすなよ。きちんと息して、肺に入れろ」


 言う通りにして、細く長い息を僕は吐き出しました。煙で涙が出てきました。僕は袖でそれをぬぐいながら、何とか一本吸い終わりました。

 それから向かったのは、インターチェンジの近くのラブホテルでした。後から知ったのですが、男同士だと入れないところも多いそうですね。そこへ行ったということは、兄がわかっていたということでした。

 そして、僕はやっぱりそういうことから逃れられないのだと絶望しました。わざわざお金を払って入るのです。ただ話をして終わるはずはありません。


「ずっと家だから、たまには新鮮でいいだろ?」


 そんな理由でした。初めて入ったラブホテルの内装は、よく覚えていません。兄は喫煙可のパネルを押し、番号の部屋に向かいました。僕はどうか誰にもすれ違わないようにと祈りながら、彼の後を着いていきました。

 幸い、誰とも出くわすことなく部屋に着きました。入ってまず、兄はタバコを取り出しました。そして、さも当然かのように、僕にも一本差し出しました。

 今度は自分でライターをつけました。二回目の喫煙は、むせることは無かったですが、苦しいものには変わりありませんでした。

 広いベッドに兄は横になりました。そして手招きをしました。僕も彼の側に寄りました。


「瞬。服、脱がせ合おう」


 僕は兄のベルトを外しました。こういったことにも、もう慣れていました。僕は兄を抱き、シャワーを一緒に浴びました。

 いつもと違う空間は、とても落ち着かなくて、僕は自分からタバコをせがみました。兄はそれが嬉しかったのでしょう。にこやかに手渡してくれました。

 もう、三回目。しかも望んでです。僕が煙を吐き出すと、兄はこんなことを言いました。


「それ、元は爺さんのタバコ。もう死んだけどな。母親が死んでから、爺さんのくすねて、吸うようになったんだよ」


 それ以上聞くことも、兄が話すこともありませんでした。そして、タバコを吸うことは、兄の母の弔いになるのではと僕は考えました。ただの自己満足と言われればそれまでですが、僕はそう信じていました。


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