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10 誇り

 梓さんの部屋に行った翌日。僕は美容院に行った後、兄に呼ばれました。彼は開口一番、彼女の名前を出しました。


「梓ちゃんの家に行ってたろ」


 僕は見られる側だったのでわかっていなかったのですが、入れられていたアプリは移動の履歴も残るようでした。僕は正直に話しました。


「行きました。でも、ジュースを飲んで、話しただけです」

「本当に?」

「はい。梓さん、カトリックなので……」


 僕は、梓さんがやましい意図が無く、僕を部屋に呼んだのだと、切に訴えました。兄は納得したようでした。

 それから、兄はニヤニヤと笑いを浮かべました。


「本当は梓ちゃんとヤリてぇんだろ?」

「えっと……」

「おいコラ、ちゃんと答えろよ」

「今はしたく、ないです」


 僕は望みを捨ててはいませんでした。もし、梓さんと結婚することができたなら。こんなに汚れてしまった僕でも、彼女なら包み込んでくれるかもしれないと僕は思い込んでいました。

 けれど、梓さんの信仰も傷付けたくありません。仮に付き合うことができたなら、結婚までは待とうと考えていました。


「まあ、瞬には無理だろうけどな。実の兄で童貞捨てたような奴だもんな」

「はい……」


 そうです。僕は結局、兄が飽きるまで、玩具になるしかないのです。また、寝室に行きました。僕は兄の指示で、一人でベッドに上がりました。


「瞬。自分でやれ。梓ちゃんの名前呼びながらな。どうせいつもそうしてるんだろ?」


 僕は固まりました。もちろんカメラは回っています。行為を写されることにはもはや慣れてしまった僕ですが、一人でさせられることには羞恥を覚えました。

 そして、誓って言いますが、僕は梓さんを対象にして自慰をしたことがありませんでした。彼女は神聖なる存在です。想像の中ですら、犯してはならないものでした。


「それだけは許してください。彼女は聖母なんです。汚しちゃいけないんです」


 僕は泣きながら兄に頭を下げました。彼はため息をつきながら、僕に近寄ってズボンのファスナーをおろしました。


「やっぱり手伝ってもらわないとイケねぇってか? 甘ったれた奴だな」

「そうじゃない、そうじゃないんです」


 兄に梓さんがどれだけ崇高な存在か、尊敬しているのか、僕はそんなことをベラベラと喋り始めました。それが気に食わなかったんでしょう。頬をはたかれました。


「あーもう今日はいいよ」


 すっかりその気をなくしてくれたようでした。それは僕にとっては好都合でした。服を全て脱がされなかった代わりに、僕は長い間蹴られました。そちらの方がマシでした。

 最終的に僕はベッドで吐きました。さすがに可哀想だと思ってくれたんでしょう。吐瀉物の処理は兄がしてくれました。そしてお決まりの言葉です。


「ごめんな、瞬。痛かったろ? でも、素直に従わなかったからいけないんだぞ。今度からは素直になろうな?」

「はい」


 僕は、自分の尊厳よりも、梓さんを守れたことに誇りを覚えました。これからも、彼女のことだけは抗ってみせる。そう決意を固めました。

 一度シーツを替えるからと、僕はリビングのソファに寝かされました。口の中が気持ち悪かったので、ミネラルウォーターを飲んで誤魔化しました。

 しばらくして、兄が呼びに来ました。


「終わったから、一緒に寝よう」


 後ろから僕は抱きすくめられる形になりました。それがいつものやり方でした。そうして身体をくっつけていると、生き物としての温かさを感じ、落ち着く自分がいました。

 相手は兄です。もし幼少期に出会っていれば、兄が弟にすることとして、自然に身体を寄せられることもあったかもしれません。

 僕はこんな関係になってなお、兄が兄で良かったと思っていました。血を分けた存在がこの世界に一人でも居ることは、とても心強かったんです。


「好きだよ、瞬」


 そう耳元で囁かれました。身体を交わしていなかったせいか、僕は素直な気持ちで伝えることができました。


「僕も好きです、兄さん」


 そう言うと、兄は僕の耳を唇でくすぐってきました。


「もう、やめてくださいよ、兄さん」


 僕が笑うと、兄も笑いました。普通の兄弟のようにじゃれ合えたようで、僕は彼との関わりの中で初めて嬉しくなりました。

 先に眠ってしまったのは、兄の方でした。僕はのっそりと起き上がり、月明かりに照らされた彼の寝顔をじっと見ました。

 僕と兄は、本当に似ていないとその時思いました。血が繋がっているというのは何かの間違いではないか。そうも思いました。

 しかし、あの戸籍がありました。僕はこっそり引き出しを開け、確認しました。何度読んでも、坂口伊織と福原瞬は兄弟でした。

 僕は兄の元へ戻り、身体をぴったりとつけました。安息が訪れました。今日のように、性的なことが無くても、ただ触れ合えればいいのに。そう思いながら眠りました。


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