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プロローグ 第二節

住宅街に面した道を春幸はとぼとぼ歩いていると、落ちかけの西日がとても眩しく目を細めた。



時々通る車の機械的な走行音が耳を抜け、より一層の肌寒さと寂しさを感じさせる。



冬になると外出する人が少なくなる印象があるが、どうやらそのようで今も殆ど人の気配が無く貸しきり状態であった。



結局あのいざこざの元である不良達はふらふらと逃走し、少年は霧散しどこかへ雲隠れして事は終結した。



物理的にも流れ的にも一人取り残された春幸は少女の後を追うように、しかし確実にタイミングをずらして出口に向かい、最終的にいつもの帰路で帰ることに帰結した。




(無駄に時間と体力を浪費したなぁ……それにしてもあそこにいたメンバー全員同じ深岬学園か……面倒だな、学校いきたくねぇ)




これからのことに頭を抱えながら嘆息し、信号待ちの横断歩道に向かうとそこには、噂をして影がさしたのか見忘れることがない──まぁあれだけの事をしでかしたのに記憶から除外されてでもいたら、若年性健忘症か精神的な一時的記憶喪失を疑うが──人影を見つけた。



先程の少女が一人ぽつんと佇み信号待ちをしていた。



向こうはどうやら春幸に気づいていないようだ。



気づいていたとしても先の態度からして無視されるだろうと踏んだ春幸は、黙して少女のやや後方で待つことに。



当然ながらカップルはもういなく、春幸と少女の二人きりだった。



ここ渡るんだ、とかどうでも良いことを考えながら春幸はその横顔を盗み見る。



激情を孕む様な表情はもう微塵も無く、今は唯一人の普通な少女として映っていた。



普通というよりは憂いが滲んでいる様な気もするだろうが、冬の魔法というやつだろう。



夏だと元気なイメージがあるように、冬だともの悲しげなイメージを連想してしまうアレだ。



深紅のマフラーで口元は隠れているが端整な目つき……少々きつめかもしれないが、それでいて艶やかなセミロングの黒髪が少女を一般人よりも際たたせていた。



黙っていれば映える容姿とは良く言うものだ。




(あれ?)




いつの間にか少女……というよりはもう一回り小さい童女が少女の横、春幸の目前に佇んでいた。



後姿しか確認できないが、少女よりも長く腰程まで伸びた髪は、夕日を反射させることなくそこに吸い込ませていく漆黒の様相で、それにも増して肌寒そうな衣服、薄手の一枚布の桜色のローブを素肌の上から身に纏う姿はとても目立った。



寒くないのかな?と、これまたどうでもいい事を考えながら信号が変わるのを待つ。




(どこかで見たことあるような服だな……どこだっけ……ん!)




今日一番と言えるような一段と強い木枯らしが吹きすさぶと、ゴミが目に入ったのか思わず目を擦る。

その時目の前の人影、少女が動く、動くこと自体はおかしくないのだが、交通道路法では今は動くところではない。



左右後ろに動くのならわかるが、明らかにそれは直線的な前進。異変。異常。



はっと、痛む目を抉じ開ける。



まるで誘われるように前進する少女を先導していたのはあの不思議な童女だった。



目前には車が既に迫っている。



スピードはさして速くないが脅威に変わりはない。



その現実が迫っているというのに少女は戻ろうとはしない。



夢現の足取りでゆっくりと歩み続けていた。



春幸の体が勝手に動く。反射的に咄嗟に手が出る。




(今度は近い間に合う!間に合えよ!)




唯その一念で、冷たい手を掴み少女をこちら側に、死の狭間から現世へとぐいっと引き戻す。




「おいっ!」




大音量のクラクションが寒空に響き、車から野次が飛び、春幸は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。



少女のセミロングの髪が鼻先を擽ると鼻腔に女性特有のシャンプーの香りが入り込み、胸には予想以上に暖かく柔らかいモノが収まっている。



全身から流れ出た冷や汗が外気に触れ冬場の体をより冷やす。




「あえ……なんであたし……え?」




胸の中にいる少女は夢から覚めるように目を擦っていた。




「大じょう──ぶわぁ!?」




「ナニしてんのよ!この変態!」




気配りからでた一言が強烈な平手打ちと共に葬られる。胸にあった暖かい感触は冬の寒風と入れ替わるように無くなった。




「何してるはこっちのセリフだろ!?なんで赤なのに進もうとしてるんだよ!皆で渡っても怖くないとかそんなレベルじゃねぇぞ!」




理不尽過ぎて、冬場のビンタはとても痛く、しかもあれだけの身体能力を有している少女からのものという、三段段落としで少し涙が滲んでいた。




「はぁ?何言ってんの、あたしはずっとそこに居たじゃない?赤なのに渡るなんて自殺志願者でもないんだからするわけないじゃない。むしろ生きなきゃいけないと思ってるぐらいよ。最近のセクハラは手が込んでるのね……というかあんたさっきの」




少女が春幸の存在を明確に認識すると、改めて不愉快そうに眉根を顰める。




「でも、今現に君は赤信号なのに渡ろうとしたんだよ!クラクションだって鳴っただろ!?」




「ん、そう言われれば鳴った気が……しないわね」




「しないのかよ!?」




「うるさいなぁ、大声出さないでよ、だって本当のことだもの」




どういうことだ?



疑問が沸々と沸き起こり周りを見ても助けをくれそうな人はいなく、そもそも人が居なかった。



なにか説得できる証拠が──あった。



思い出す。




「女の子だよ!女の子が君の手を引いてたんだよ!それで赤信号なのに前に進んで行ったんだって!」




しかし周りを見渡してみると、車が行きかう目の前の通りと閑静なビル郡しかない。




童女なんていなかったように世界は平然と動いていた。




「ちょうど今病院に行くんだけど……一緒に行くのは嫌だけど、勝手について来るぐらいなら許してあげるわ。そこ総合病院だし色々あると思うから……疲れてると幻聴とか幻視とかあるらしいからね、それとも今直ぐここで寝るのもいいんじゃない?」




嫌われながらも気遣われてるこの感覚、少女の可愛そうな人を見る目がとても辛く感じた。



決して思春期特有の精神的病ではないはず。



確かにこの目で見た筈だ。



もしかしたら本当に可愛そうな人なのか?



そんな疑念すら浮かんできている。




「そんなことはないはず……」




「ついに独り言まで……待って、これは新手の話術で言葉巧みにあたしを絡み取ろうとしてる?」




頭は現状の理解に追い付いていかなく、少女の物騒な思慮すらももうどうでもよかった。



信号が青に変わったが、歩道を行きかう人などいなく、少女と春幸の二人だけ──




「いた!」




春幸の口から咄嗟に言葉が出る。




歩道の向こう側には、冷涼な佇まいで漆黒の髪を寒風に棚引かせがら路地に入ろうとしている童女の後姿を目視したのだ。




「ほら、あそこにいる!いつの間に向こう側に行ったんだ」




急いで指で指し示すが、少女が視界に捕らえる前に路地に溶け込むように童女は姿を消していった。




「……で、どこにもいないじゃない、やっぱり病院を──って、いない?」




少女の抗議の声明を聞く前に、童女の消えた路地に向かって春幸は歩道を駆け出していた。



自分が精神を病んでいないという証明をしたいのは勿論のこと、あのような事態を引き起こしたであろう手掛かりになる童女をこのまま見過ごす程善人には出来ていなかった。



面倒事を背負い込むのは嫌だが、目前で起こってしまった面倒事には目を瞑れなく逃げ遅れたりする。

つくづく自分の中途半端な性分に飽きれてしまう。







力の限り腕を振りながら全速力で路地に入るとしばらく一本道が続いたが、直ぐに三本の分かれ道が現れ、見渡すも童女の姿は見当たらなかった。



ここで手詰まり。



絶望的な状況だ。




(右か?左か?それとも直進か?)




しばしの思考は、急速に動かした体の骨休めを兼ねていた。



直進か右に曲がればそこは繁華街の大通りに面し人込みに紛れ探すのは困難だ。左ならば確か──




「そうだね、あの子なら竹間山ちくまやまの方に行ったよ。おじちゃん」




背後から不意に小生意気な声を掛けられる。



振り向くと灰色のフードを深く被った見覚えのある少年が、壁に背を向けてもたれかかっていた。



いつの間に背後に居たのか、いや、どうやら急いでて周りを見ていなかったようだ。



それ程急いでいたのか、ぶつからなくて良かった、等と自問自答しながら荒い息を整えて声を掛けた。




「さっきの?」




「さっきのはひどいな。まぁ今はそんなことしてる場合じゃないんじゃない?誰か追いかけてるんでしょ。推測するに今しがたここを通った人物だろうけどね」




確かに今は時間が惜しく、見失ってからそう時間は経っていないも、経てば経つほど今にも夜の帳に落ちそうな日が暮れ、探すのが困難になるのは言うまでもない。




「ありがとう」




「一応助けてもらったお礼だよ。それにしても、ははっ、疑わないんだね。もしかしたら嘘かもよ?」




少年は愉快にニヤニヤと口を歪めてみせた。




「あぁそう言われると確かに……まぁ助けたのは俺じゃないし、どうせ見失ってからは一か八かだから今は嘘でも縋りたいぐらいだってことで」




「……ふぅん」




期待した反応じゃなかったのか、それとも期待通りだったのか、少年は少し考える素振りをして相槌をうつ。




「それとおじさんと呼ばれる年齢じゃない。お兄さんと言えとは言わないが、この学生服を見てくれとは思うな」




ついっと学生服の胸元を引っ張った。




「コスプレじゃないの?」




灰色のフードから零れた金色の前髪を片手で弄くりながら、少年は悪びれもなく平然と言いのけた。




「時間があったら小一時間説教したいところだ」




「あや、残念だね。今は時間が惜しい、だよね?」




小憎たらしく微笑むその姿はまさに小悪魔だ。




「そうだよ、じゃぁな!」




「いってらっしゃ~い」




ひらひらと手を振る少年の、気が抜けたような挨拶を後押しにして走り出す。



少年との予想外の邂逅による休憩を取ったことで、体はまだ全速力に近い速さを出せた。



山間部、竹間山に行ったとなると人気が少なく見つけるのは多少は楽になるだろう……山に入ってしまったら難しいが。



それに今では強烈だった西日も弱まり、闇の帳を落とそうとしている所を見ると本格的に時間がないようで、夜になれば捜索が困難極まるのは必然の理、その前に決着をつけたいところである。



そんな心配事をしていると突然視界が開け、住宅路地を抜けたことをいち早く視覚が伝えた。

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