2話
学校が終わるとすでに荷物がなくなっていた。
トイレで着替えるとウイッグをかぶる。
まさか女装する日が来るとは思いもよらなかった。
「はぁ〜、全く何で俺がこんな…」
ため息を漏らすと爽は地図に書かれた家へと向かった。
そこには大きな豪邸があって、明らかに場違いな気がする。
奥から掃除をしていたメイドさんが近づいてくると門の前で話しか
けてくる。
「草薙さんですか?草薙彩さま?」
「あっ…はい、彩はお…私です」
「こちらへどうぞ。旦那様からことづかっております」
「はい…」
門が勝手に開くと案内された。
中に入るともっと場違いに思えてくる。
なぜなら、玄関には赤い絨毯が引かれており、どこで靴を脱ぐのか分
からないのだ。
戸惑うようにドアを入ったところで立ち止まると、前に見知らぬ若い
男が立っていた。
「君が彩さん?」
「は…はい」
「そう、ここには僕と、お手伝いさんしかいないから好きにしていい
から、ただし僕の邪魔をしないでくれ。あと、僕の部屋には絶対に
入らない事。守れないならすぐに出て行ってもらう…」
「えっ…っと、どこなのかわからないんですが…」
「それは、その人に聞けばいいだろ?僕はもう寝るから騒がないでく
れ…」
なんだか言い方が冷たい気がする。
顔は悪くない…絶対にモテるだろうと思えるが、性格がアレでは彼女
はできないだろう。
「こちらにどうぞ。離れの方は物置きになっていまして、今は使われ
ておりません。一階は書斎と食堂、お風呂場などになっております。
そして2階ですが…」
「ちょっと待ってください。一階にも部屋はありますよね?これって」
「そちらはお客様用でございます。未来の奥方様には狭いのでこちらへ」
そう言われるとむず痒い気がする。
二階へと上がるとそこには何部屋もあって、どれも同じドアで区切られ
ていて、見分けがつかなかった。
「こちらにございます。」
開けられたドアの向こうはアパートで家族4人で暮らしていた部屋より
も広く、天井も高めだった。
「こんな広い部屋……」
「こちらは彩さまの部屋となります。そして、あそこの突き当たりが
慎司坊ちゃんの部屋になります。」
奥の突き当たりはなぜか他の部屋に比べるとドアも豪華に装飾が施さ
れていた。
「分かった…わ、ありがとう…」
「はい、夕飯の準備はできておりますが食べるのでしたら…」
「食べますっ!」
いち早く答えてしまった。
学校が終わってから何も食べていないのだ。
今日はバイトを休みにしたせいで賄いもない。
着替えて一階に降りると一人分の食事が所狭しと大きな机に並べられ
ていた。
「あのっ…これって多くないですか?」
「いえ、食べれない分は残して貰っても構いません」
ここでは食べれない分は廃棄すればいいらしい。
爽にとっては贅沢過ぎて腹が立つ。
食べたくても食べれない人もいるのに…
自分がそうだっただけに、イラつきを覚えた。
「あの〜悪いんですが、食べれる量だけ並べてもらえますか?残した
分は捨てるんでしょ?もったいなので、やめてください。もしくは
あなたも一緒に食べませんか?」
「いえ、そのような事は旦那様に知られたら…」
「今はいないのでしょ?それに…ここにはあの人しか居ないんですか?」
名前を呼ばずあえてあの人呼ばわりしてみる。
それでも出来た人らしく、訂正しながらも教えてくれた。
「はい、ここは慎司坊ちゃんの家ですので。奥様と旦那様は別の家に
住んでおいでです」
「子供にこんな大きな家を与えて放置って事ですか?いつからここに
住んでるんですか?」
「かれこれ、慎司坊ちゃんが5歳の誕生日に買い与えられたので…」
「はぁ?」
「どうかなさいましたか?」
「こほんっ…なんでもないわ。」
食事を終えると半分ほど残してしまった。
これからは作り過ぎないようにと言っておいただけにとどめた。
風呂場も浴槽は大きく、プールかと思うほどだ。
マナーなどわからないので、その辺にあったボトルで髪と身体を洗う。
「豪華過ぎんだろ…これ…俺の事バレたらヤバいんじゃねーか…」
こんなに豪華な家に住んでいるのだからお金持ちだと言うのは分かる。
5歳のガキに与えるもんじゃないと考えながらさっさと風呂を済ますと
備え付けの洗濯機で服を洗いながら乾燥までかける。
家に乾燥機まであるとは、まるで小さなコインランドリーが入ってい
るかのようだった。
冷蔵庫にはいくつかの食材も入っており、自炊で生きていける気がした。